肥後細川庭園・松聲閣

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 文京区は、その名の通り、文化的な方面に力を入れている。肥後細川庭園(平成29年春より前は、新江戸川公園)もその一つで、江戸時代は細川家の下屋敷であった庭園の跡地を、そのまま公園にした池泉回遊式庭園である。この辺りは、目白台台地が神田川に落ち込む斜面だそうで、地形の起伏を活かしていることから、まるで深山幽谷にいるかのように感じる。裏手から園内に入ると、細い道の先に池が広がっており、その湖面に空の青、紅葉の赤が映えて、実に美しい。歩いて行くと、石蕗(つわぶき)の花があり、黄色く色づいた銀杏の木がありと、変化に富んでいる。また、園内の松に、雪吊りが施されており、リズミカルな円錐を形作っているその姿も、湖面に映って、とても綺麗だ。あれあれ、石蕗の花に蝶がとまって一心に蜜を吸っている。驚かさないように、写真を撮ってと・・・うまく写っていた。

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 正門脇には、もと細川家の学問所だった建物を修復した「松聲閣(しょうせいかく)」がある。玄関には肥後六花(今月は、黄色い花火のような肥後菊)、1階には集会室(菊、朝顔、花菖蒲、芍薬)と喫茶(椿)、2階には回遊式庭園を一望することができる展望室(山茶花)がある。私たちが行ったときには、集会室でお茶会が行われていた。2階の展望室山茶花に上がってみると、確かに、庭園が見渡せて、特に雪吊りで円錐形になっている松が、とても可愛く感じる。室内に目を転ずると、「山鹿金灯籠」が置いてあった。一見、金属製のようにも見えるが、実はこれ、全部、紙でできている。つまり、精巧を極めた紙細工なのである。毎年8月には、よへほ節の調べの下、頭の上にこの灯籠を載せた女性たちが優雅に舞う「千人灯籠踊り」が有名で、私もぜひ行ってみたいと思っている。

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 私たちは喫茶室の椿に降りて行き、そこで抹茶をいただいた。お茶菓子は、加勢以多(かせいた)というマルメロをジャムにした固めた細川家の献上菓子を復元したもの。説明によると、これはポルトガル語の「Caixa de Marmelada」(マルメロ・ジャムの箱)がその由来とのこと。要は、かつて細川家が幕府に献上したお菓子を再現したもののようだ。食べてみると、柑橘類のほのかな甘酸っぱさを感じる(問合せ先:古今伝授の間、096-381-8008)。その他、この部屋には、伝統工芸品のおもちゃ(おばけの金太、きじ、肥後まり)が置いてあった。

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 松聲閣を出て、庭園の崖を登って、隣の永青文庫に向かう。ここは、細川家の屋敷跡に建てられた美術館で、HPの説明によると、「その名称は藤孝の養家の始祖細川頼有以後8代の菩提寺である京都建仁寺塔頭永源庵の『永』と藤孝の居城青龍寺城の『青』の二字をとって護立公が名付けたものです。」とある。入館して、その展示品を鑑賞した。説明には、「ここには欧州貴族にも優る七百年余の細川家の伝統が静かに息づいています。 」とある。なかなか、興味を惹かれる展示であった。

永青文庫


関口芭蕉庵


 そこを出て、胸突坂を神田川の方へ下っていく途中、左手には関口芭蕉庵がある。松尾芭蕉が、一時この辺りに住んで、水道工事の監督をしていたそうだ。更にその向かいには、水神社(すいじんじゃ)がある。文京区のHPによると、「日本最古の神田上水は徳川家康の命により大久保藤五郎によって開かれた。井の頭池を水源とし、神社の前を流し、すぐ下流の大滝橋あたりに堰を築き、水位を上げて上水を水戸屋敷に入れ、樋で地下を神田や日本橋方面に流した。」という。








 肥後細川庭園・松聲閣(写 真)



(2016年11月23日記)




房総半島の秋

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 京都の紅葉を見に行くはずが、ツアーが成立しなくて、中止になってしまった。羽田から伊丹空港に飛んで11ヶ所の紅葉を見に行くという効率的なツアーだったが、途中で急に値下げするという案内が来て、それでもお客が集まらなかったようだ。秋も深まったから、どこかへ紅葉を撮りに行きたいと思っていたので、これは当てが外れてしまった。今から京都近辺でホテルを予約するのは難しい。そこで、何か適当なツアーはないかと探したが、関西方面特に京都と奈良は、ほとんど行ったことがある所ばかりだ。では、関東方面はどうだろうと思って探したら、日帰りツアーしかない。それでも行かないよりはましだと思って申し込んだ。

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 当日、朝9時に新宿西口に集合して出発した。東京湾アクアラインを経由して行ったから、途中で海ほたるに立ち寄った。すると、川崎方面に風の塔(東京湾アクアライン換気塔)があり、更にはるか遠くには富士山が見え、それが意外と大きかったので感激した。上を見上げれば、全日空機や日航機が羽田空港に向かって降りていく。そこからバスは更に走り、金谷港近くのレストラン波留菜亭に着いたのが、午前11時である。新宿から木更津までわずか2時間とは思わなかった。お昼には少し早いが、そこで小一時間、海の幸をいただいた。これが結構、豪華で新鮮で、しかも美味しかった。目の前に並んだのは、アワビの踊り食い、伊勢エビの姿寿司、刺身、イクラ、ウニ、カニ肉、お魚の小鍋、椎茸ご飯などである。

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 それからバスが向かったのは、濃溝の滝(のうみぞのたき)で、小櫃川の最上流に位置する。ついこの間まで、誰も知らない所だったが、インターネットで写真が紹介されるや、まるでジブリの森のようだと一躍有名になった。奥深い森の中の岩壁に開けられた穴(亀岩の洞窟)に小さな滝が流れ、その穴を通して向こう側が見えて、そこを通る光で千変万化の風景が現出する。春分と秋分の日前後には、斜めに光が射し込んで川面に反射するから、横向きのハート形が現れる。元々は、350年前の江戸時代に、田に水を引くために穿たれた穴にすぎないが、まさか将来こんなことになるとは、工事をした昔の人々は、思い付きもしなかっただろう。

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 次に向かったのは、亀山湖で、湖面を進むボートに乗った。これは2つの川の合流点に作った人工のダム湖で、主に水道用水と季節になると農業用水に使われているそうだ。確かに、深い渓谷に水が溜められており、入り組んだ湖面をボートが進む。真っ赤に色付いた紅葉が晴れ上がった青い空の色に映えて、実に美しい。ただ、まだ季節が若干早くて、紅葉は全面的には広がってはいない。それでも、房総半島の秋を十分に楽しめた。ボートから亀山湖の紅葉をよく見ると、個々の葉がとっても小さい。こういうのは、あまり見たことがない。そうした湖面の上に、赤い鉄橋が見え、車が走っている。これだけ入り組んだ湖なので、鉄橋が21もあるそうだ。

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亀山湖を出て更にバスは走り、養老渓谷の粟又の滝(あわまたのたき)に向かった。駐車場に停めたバスから、滝を見に行くのには川面まで下らなければならない。そのコースが2つあり、一方は下りに掛かる時間は短いが、傾斜がきついコース、他方は、時間は少しかかるが、さほど傾斜はきつくないコースだと聞いて、まず下りるならきつい方がよいと、前者をとった。ところが、コースのほとんどが相当の傾斜がある坂で、しかも雨上がりときているから、普通の靴ではスリップしやすい。滑らないよう小刻みに走るように降り、最後に急な階段を転げるように下って、ようやく河原に降り立った。そこから、川の中にある通称ピョンピョン橋を通って対岸に着き、その正面にある粟又の滝と対面する。カシャカシャと写真を撮っていたら、女性2人組に滝をバックにシャッターを押してほしいと頼まれ、気安く引き受けた。すると、それを見ていた人達からも頼まれ、結局、3組のカメラマンとなってしまった。自分のカメラでも写真を十分に撮ったので、さあ引き上げようかと思い、傾斜の緩いコースの方に向かった。ところが、道というか、階段がとても狭いのである。行き交うことはできない。そこをようやく上がると、ひと休みできる四阿がある。なるほど、元々はこれが本コースだったろだろう。そこから川に向けて反対方向に下るルートがあり、そうすると川の上流から、滝を見られるようだが、面倒になって、行かなかった。紅葉がもう少しあれば、その気になったのだが、季節がいささか早すぎたようだ。

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 ということで、一日中、房総半島の各地を行ったり来たりして、色んなものを見たせいか、夕方、新宿西口に着いたときには、しばらくは、紅葉や滝はもう結構という気がした。本日、何が一番良かったかといえば、やはり金谷港での海鮮料理である。これは、人に勧めてもいいかなと思っている。




 房総半島の秋(写 真)





(2016年11月22日記)




東北六魂祭パレード 2016年

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 東北六魂祭は、2011年の東日本大震災で壊滅的な打撃を受けた東北六県の6市が、「鎮魂と復興の狼煙をあげる」ため、各市が誇る伝統の祭を持ち寄って始まったという。各市順番に開催され、11年は仙台市、12年は盛岡市、13年は福島市、14年は山形市、15年は秋田市、16年は青森市と、6市を一巡した。その後、16年11月20日に、東京は新橋の虎ノ門の地で、これを披露することとなった。この地区には、最近新築された虎ノ門ヒルズが建つほか、東京都がその整備に力を入れる新虎通りのお披露目という意味もあるのかもしれない。

 ある日たまたま、このパレードを指定エリアにおいて見物する観客を、インターネットで募集しているのを知ったので、応募したところ、2人分の入場を認める葉書が送られてきた。それには、「厳正な抽選の結果、当選されました」とある。実は私は、これまで懸賞の当選などというものには、およそ縁遠かった人間なので、大袈裟かもしれないが、まるで人生に春が巡ってきたような気分になった。もっとも、2万人が当たったそうだから、倍率はかなり低かったのかもしれない。

 当日、新虎通りでは、道の両側にAからD、EからHの観客席の椅子が並べられ、午後1時と3時の2回に分けて行われる。私たちが見るのはB席で、午後3時開演の部だ。1時半から入場可というので、2時15分頃に家内とともに指定された所に行った。すると、まだ45分も前だというのに、もう席はほぼ満席だった。それでも空席がないかと探したところ、最後列に、何とか2人分の席があった。観客の出足が、とても早かったようだ。3時になった。どこか遠い所で出発式のセレモニーが行われているらしく、何か聞こえてくる。そこから、パレードが出発して、 秋田の竿燈祭り→盛岡のさんさ踊り→山形の花笠祭り→仙台のすずめ踊り→福島のわらじ祭り→青森のねぶた祭り→戻り囃子の順でやってくる。一度通り過ぎた後、またこの順で、帰ってくるそうだ。そして、各観客席の前で「定点エリア」つまり、そこに留まって演舞する地点を設け、新虎通りの真ん中のBCFGで囲まれた区域を「回転エリア」として、そこで青森ねぶたと福島わらじが回転演舞をするという。次に、何が来るというアナウンスは分かりやすく、日本語に次いで同じ人が英語で喋るから、外国人にも理解できる。総じてこの催しは、細かいところまで計画がよく練られていて、かゆいところまでよく目が届いているので、感心した。


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 最初の秋田竿燈は、「病魔や邪鬼を祓う『ねぶり流し』行事」として長い歴史があるそうで、本日の竿燈は重さ50kg、長さ12mのいわゆる大若を操るという。まずは、横倒しの状態で運び、4ヶ所で位置についた。さて、差し手の演技が始まった。どっこいしょーの掛け声とともに竿燈が立ち上がり、1mほどの支柱になる竹が次々に継がれて、空へ空へと伸びる。それを1人の男性が支える。支える所も、手のひら、肩、額、腰など様々だ。それだけの重さが人体のその1ヶ所に集まっているかと思うと、これはまるで神技だ。よく見ると、常にゆらゆらとしていて、いつもバランスをとっている。そのせいか、まるで手のひらがこちらを向いたり、それが横を向いたりと、まるで生き物のようだ。ああっ、傾く・・・おっと、持ち直した。ハラハラするが、そこがいい。そうやって見物していると、横を向いてこちらから眺めたときに縦に緩やかに曲がった曲線に見える場面があった。すると、あれよあれよという間に、竿燈が目の前で反り返るように傾いてきた。それを立て直すべく、差し手が頑張る。頑張れ、頑張れと誰かが叫ぶ。その叫びも虚しく竿燈はどんどん曲がっていく。ついに竿燈がUの字を横にしたような形になったかと思うと、「ボキッ」と音がして本当に折れて倒れてしまったので、驚いた。しばらくしてその竿燈は、再び支柱の竹が継がれていって復活し、見物人の拍手を浴びていた。

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 盛岡さんさ踊りの賑やかな太鼓の音が聞こえてきた。この踊りは、藩政時代より受け継がれてきたもので、「昔、南部藩盛岡に鬼が現れてさんざん悪さをすることから、村人たちが困って三ツ石神社の神様にその退治を祈願した。 そこで神様がこの鬼を捕まえてもう悪行をしないように誓わせ、その証として神社境内の大きな三ツ石に、鬼の手形を押させた。これを喜んだ里人たちは、三ツ石のまわりを『さんささんさ』と踊ったのが始まり」とのこと(HP参照)。この踊りは、ミスさんさの手首をキレよく使うキビキビした踊りと、太鼓の力強さとが重なって、誠に素晴らしい。加えて、特に太鼓のお嬢さん方の奇抜な衣装とその格好での群舞は、非常に迫力がある。

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 山形花笠音頭の一行が近づいてきた。これは「めでためでたの若松様よ/枝も栄えて葉も繁る・・・」と歌ってやってきて、なかなか華やかで優雅な踊りだった。ただ、盛岡さんさ踊りのときもそうだったのだけど、私たちの席は後ろの方だから、前の人たちが邪魔になって、カメラのファインダーを覗いても写真が撮れない。ときどき、人々の顔の切れ間で、踊り手さんたちの顔や花笠が見えるくらいだ。これでは写真にならない。そこで、カメラのチルト機構、つまり可動式になっている液晶モニターを下に傾けることができる仕組みを利用して、両手を伸ばしてカメラを構え、その液晶モニターを見ながら適当にシャッターを押した。それも1秒間で7枚の連写だ。これでは焦点すら合わせられないのではと思ったが、奇跡的に使える写真があったので驚いた。たとえば花笠音頭では、ミス花笠の女性が写っていた。実は、肉眼では見られなかったものである。

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 4番目に登場したのは、仙台の七夕祭りと雀踊りである。さすがに七夕祭では六魂祭の演し物にはならないので、実際にやって来たのは、雀踊りだけであるが、これがまた、踊り手は両手に扇子を持ち、あたかも阿波踊りを思い出すような軽やかな乗りの踊りで、誠に面白かった。この踊りは、慶長8年に、仙台城の新築移転の儀式の宴席で、泉州・堺から釆ていた石工たちが、即興で披露した踊りにはじまる。そのはねて踊る姿が餌をついばむ雀の姿に似ていたことから雀踊りと名付けられ、たまたま伊達家の家紋が「竹に雀」であったこともあって、長く伝えられることになったそうだ(HP参照)。しかし、現在の仙台の人達としては、七夕の方を推したいようだ。この辺りの微妙なニュアンスは、門外漢には、よく分からない。

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 5番目に来た福島わらじは、羽黒神社に奉納する大わらじに由来するもので、「日本一の大わらじの伝統を守り、郷土意識の高揚と東北のみじかい夏を楽しみ、市民の憩いの場を提供する」祭りとのこと(HP参照)。大わらじは、長さ12m、重さ2tという。それを、皆で楽しく担いでいると思ったら、回転演舞の場所で、本当にぐるぐると回ったから、びっくりした。それが終わると、観客席の方に傾けてくれて、わらじの上を見せてくれた。

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 最後にやって来たのは、青森ねぶたで、前を行く跳人たちが元気に飛び跳ねて演じている。ねぶたは1台だけではあったが、迫力のある図柄で、素晴らしい。それが、あちこちでお礼をするように愛想を振りまいていた。実は私は青森ねぶた・弘前ねぷたが大好きなのだが、今年の夏、実際にこれらを見に行ったので、詳しい解説は、そのエッセイに譲りたい。秋田竿燈にしても、この青森ねぶたにしても、夜間に灯が入っているときが素敵なのだが、それを東京のこのパレードに期待するのは、無理というものかもしれない。しかし、このパレードは良かった。主催者に感謝したい。併せて、今回の東日本大震災で犠牲になった皆さまのご冥福をお祈りしたい。






 東北六魂祭パレード(写 真)


(2016年11月20日記)




ダイエット再び

国立劇場の桜(神代曙)


1.どこもかしこも桜が満開で、実に華やかな季節を迎えた。それは良いのだが、実は私の身体にも、激変が起こった。

 そもそもの始まりは、去年晩秋の健康診断で、体重が78.8kg、BMIが25.3で限界の25を超え、また腹囲は90cmと、これも基準の85cmをはるかに超えているから、完全なメタボリック・シンドロームだと言われてしまったことだ。しかも、血液中の肝臓の働きを示す指標であるGOTとGPTが、若干だけれども、それぞれ少しばかり基準値を超えている。中性脂肪と善玉コレステロールは範囲内だが、悪玉コレステロールが基準より少し高いし、悪玉を善玉コレステロールで割った値が基準値の2.5に対して3を超えている。血圧は上は良いが、下の方がやや高い。これは運動不足を意味するそうだ。しかも肝臓が脂肪に覆われているらしく、超音波検査(エコー)ではっきり見えない。このまま放置していると、脂肪肝からNASH(非アルコール性脂肪肝炎)になるおそれがあるとのこと。ちなみに、最近の肝がんの30%は、これからくるそうだ。

 ということで、「メタボ健診」の「動機付け支援レベル」に相当するので、食事管理や運動療法をしなさいということになり、では具体的に何をするべきかを栄養士さんに聞きにいった。すると、要は、「食事量を減らせ、甘い物は摂るな、運動をせよ。」ということだった。

 そこで、去年12月始めから、本腰を入れてダイエットに取り組むことにした。実は、12年ほど前に、体重が79.5kgにもなってしまったので、あわてて74.5kgへと3ヶ月で落としたことがある。その時にならえばよいと思った。ただその時は、咽喉元が過ぎて直ぐに熱さを忘れてしまい、1年もしないうちにリバウンドしてしまった。今回は、その轍を踏まないようにしないといけない。


2.ではどうするかと考えて、次のような方法で、ダイエットすることにした。なお、前回のダイエットが長続きしなかったのは、たとえば昼食は、食事内容にかかわらず、量を半分にするとか、白飯は食べないとか、極端過ぎたことだ。その失敗を繰り返してはいけない。その反省の下に、次のようにすることにした。

【1】1日3食をそれぞれ600kcal以内とする。

 朝食と夕食は、家内に頼んで、白飯を140gとし、栄養素が偏らない食事にしてもらったから、これは大丈夫だ。問題は昼食である。私が好きでよく食べているもの、例えば、天麩羅、牛肉ステーキ、トンカツ、うなぎ、スパゲッティなどは、軒並み1,000kcalを超すではないか・・・ああ、なるほど、だから太ってしまったのかと納得した。

 ただこの600kcalという基準も、目の前の食事を見ても、初めは何が何だかわからなかった。だから、その度にiPhoneでカロリーを調べていたが、これは結構、面倒で時間がかかる。そこで、自分で計算する代わりに、デニーズ、ジョナサン、大戸屋のようなチェーンのレストランに行った。そうすると、メニューにカロリーが書いてある。それで徐々に覚えていって、次第に慣れてきた。今では、料理を一見しただけで、およそのカロリーがわかるようになった。

 しかし、時には、上に挙げた1000kcalを超す天麩羅以下の料理を食べたくなる。そういう場合は、まずご飯の量を減らす。例えば半分にしただけでも150kcalやそこらは、直ぐに減る。でもそれだけでは足りない。仕方がないので、天麩羅の衣を外して食べると、600kcalに収まる。牛肉ステーキも、脂身の少ない赤身の肉を食べてパンやご飯を控える。たったこれだけの工夫でよい。これを毎食続けていくと、摂取するカロリーは大きく変わる。チリも積もれば山となるというわけだ。

 でも、たまにはそういうチマチマしたことが面倒になって、まともにしっかりと食べたくなる。そういうときには、好きなだけ食べる。でも、その代わりに夕食をその分減らしたり、あるいは翌日にその「負債」を調整する。場合によっては、1週間単位で調整してもよいと思う。そういう涙ぐましい努力をここ数ヶ月、続けていった。

 その他、朝食にはオーツ(燕麦)が良いと聞き、早速朝のメニューに取り入れた。これはビフィズス菌など、消化吸収を助けてくれる腸内細菌の「エサ」にもなるそうだ。まず乾燥オーツを20g、豆乳を120cc、ミネラル摂取のためにナッツ類を少々、それらに、オーストラリアで買ってきた蜂蜜を若干混ぜる。まとめて250kcalくらいだと思うが、これを電子レンジで温めて、毎朝食べることにした。だから、白飯を半分にして70gとした。もうこうなると、お茶碗にほんのちょっとしかない。でも、納豆や小魚と一緒に食べるときには、やはり白飯は必要だ。なお、パンはバターやジャムを塗ったりするとカロリーが高くなるので、原則として、食べないことにしている。

 それでも、さすがにテニスのときはエネルギーを消費するので、200kcalほど余計にカロリーを摂ることにした。特にテニスが終わってからの30分は、ゴールデンタイムといって筋肉が再生される時だから、良質のタンパク質を摂ることが望ましいそうだ。そこで、ゆで卵、チーズ、牛乳、ヨーグルトのいずれかを摂るようにした。なお、ジュースやスポーツドリンクの類は糖分が多いので、原則として飲まず、カフェインのないお茶を飲んでいる。そうするとミネラル類が不足しがちなので、ナッツ類を意識して摂ろうとしている。

【2】フルーツは半分以下、甘い物は原則禁止

 また、これまでの食生活を振り返ってみると、フルーツは体によいからと、量を気にしないで結構食べていた。特に昨年の夏は、昼食後にコンビニに立ち寄ってフルーツミックスなどをパクパク食べていた。フルーツは必ず食べる必要があるが、果糖を含むから、そんなに食べてはいけないらしい。例えばリンゴやバナナは、1日に摂る量をせいぜい1個の半分にすべきだという。

 さらに、甘い物もさほど気にせず食べていたが、これも糖分が脂肪に転化するので、原則として止めるべきだとも言われた。ただ、糖尿病患者ではないので、たまには気分転換に食べることもある。たとえば、桜の季節となり、半蔵門の甘いもの処「おかめ」に行くと、名物の「桜のおはぎ」がある。こういうものは、眼にしただけで食べずに帰るというのは、かえってよろしくないという勝手な理屈で、食べてしまっている。もっとも、これは昼食代わりなので、一緒におでんを少々食べた。カロリー上は600kcalに収まっていると思う。現に、その後、お腹が空いた。


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【3】テニスを週2回する

 私は、中年になってテニスの面白さに目覚め、青山の明治神宮テニスクラブに入るなどして、かれこれ20年ほどプレーしてきた。ところが、4年ほど前に試合中に右太腿の肉離れを経験したことから、いったんテニスを止めていた。ところが、栄養相談に行くと、何か運動をした方が良いという。ジョギングや強めの散歩、あるいは水泳という運動があると言われたが、どちらもゲーム性がないので、私にはあまり面白いものではない。その点、テニスなら、ゴルフのように遠くへ出掛ける必要もないし、手軽である。

 では、またテニスを始めようと思った。前のように明治神宮テニスクラブを考えたが、当時のテニス仲間にはもう止めてしまった人が多いし、東京オリンピックを控えて、テニスクラブの存続が問題になっているらしい。それに、こちらの室内コートには冷暖房がないので、特に夏は、コート内の気温が36度くらいに上がることがあり、熱中症になるおそれもあるから、かえって健康に悪い。どこか別の場所がないかと思って探したところ、錦糸町に室内スクールがあった。そこで取り敢えず、このテニス・スクールで昔の勘を取り戻すことにして、入ってみた。

 最初は、何をやっても当たらなかったが、1クール2ヶ月間やっていると勘を取り戻し、初級クラスから、初中級クラスへと昇格した。あと半年ほどやれば、中級に戻ることができるのではないかと皮算用している。ただ、昔に比べて、サーブが弱くなった。筋肉が弱くなっている。上手な若い男性とやると、簡単に反撃されてリターン・エースを取られることがある。これを何とかしないと、中級どころではない。コーナーを丹念につくか、もっとスピードを上げるか、練習が必要だ。そういう課題があるものの、パンパン打ち合った後の爽快感は、何にも増して素晴らしい。ただ、これを週2回やると、結構疲れる。しかしそれも、最近では若干の筋肉痛を感じるくらいで済むようになった。身体が次第に順応してきているようだ。

【4】毎日平均で8000歩、うち30分は早足

 無目的に歩くのはあまり趣味ではないが、それでも、昼食時と朝晩を合わせて、月曜日から金曜日までのウィークディには1日7000歩、週末の土曜日と日曜日には1日1万2000歩を歩くことにした。実は、これはこの10年ほどやってきたもので、私にとっては別に目標というものでもない。それに加えて、1日で少なくとも30分は、かなりキツめに走るように散歩することにした。最初はかなり大変だったが、テニスと同じで、身体が次第に慣れてきた。

【5】ガゼリ菌ヨーグルトにビフィズス菌

 ここからは、いささか信ぴょう性に欠けるところがあるが、森永メグミルクの「ガゼリ菌ヨーグルト」という製品があって、脂肪肝の改善に効果があるらしい。実際にそういう効能があるかどうかはよくわからないが、気休めでも良いから、毎朝、食べてみることにした。

 加えて、ハウス食品の「ウコンの力」というドリンクは、肝臓の働きを助けてくれるというので、3ヶ月ほど続けて毎日飲んでいた。ところが、そのうちこれは鉄分を含んでいるので、飲み会がある日はともかくとして、普段から毎日飲むのはよくないかもしれないと思い直して、止めた。それに替えて、腸内でビフィズス菌のような善玉細菌を増やすと、痩せる効果があるというので、ビフィコンというカプセル入りのビフィズス菌などを飲み始めた。

【6】キシリトール・ガム

 最近、いつも通り、歯科に定期的な歯の検査と清掃に行ったところ、歯科衛生士さんが新しい人に代わっていた。そして、その人から毎食後にキシリトール・ガムを噛んで口腔内の酸性環境を中和するようにとのアドバイスを受けた。そんなものかなと思って、コンビニでキシリトール入りのガムを買ったところ、これが甘くて甘くて、口の中がおかしくなりそうだった。これはひどいと思って成分をよくよく見たところ、甘味料としてキシリトール(白樺からの抽出物で自然のもの)以外に、アスパルテームだの、L−フェニルアラニン化合物だのアセスルファムKなどという合成甘味料のオンパレードだった。もちろん、糖分はゼロなのだが、こんなに甘く感じると、身体も糖分と勘違いして高血糖の場合と同じような反応を起こすことは間違いない。

 そこで、甘味料はキシリトール100%のものに限ると思ってネットで探すと、アマゾンでそういうガムが見つかった。歯科専用というので、ますます都合がよい。これを注文して試したところ、甘味は頼りなくて、しかも口に入れてから1〜2分で消滅するが、それで良いのだと思って毎食後に口にしている。すると、副産物として、お腹が空いているときに、その空腹感を紛らわすのにちょうど良いことがわかった。もっとも、余りたくさん食べると、下痢とまではいかないが、お腹がゆるくなるそうだから、1日に全部で5粒以内にしている。でも、今のところ、これといった問題は生じていない。


3.さて、ダイエットを始めてから、かれこれ6ヶ月が経った。開始したときには、78.8kgだった体重は、71.0kgと、約8kgも減ってしまった。全く、信じられないほどだ。毎食600kcalに抑えたことか、それともテニスか、どちらがより効果があったのかはわからないが、いずれにせよ、この二つが効いたことは確かだろう。

 2015年11月27日 78.8kg (−−−−−−)
 2015年12月02日 78.5kg (▲0.3kg)
 2015年12月09日 77.1kg (▲1.4kg)
 2015年12月16日 76.8kg (▲0.3kg)
 2015年12月23日 76.6kg (▲0.2kg)
 2016年01月06日 75.2kg (▲1.4kg)
 2016年01月13日 75.0kg (▲0.2kg)
 2016年01月20日 74.5kg (▲0.5kg)
 2016年02月03日 74.0kg (▲0.5kg)
 2016年02月10日 73.7kg (▲0.3kg)
 2016年02月17日 72.7kg (▲1.0kg)
 2016年02月24日 72.6kg (▲0.1kg)
 2016年03月02日 72.7kg (+0.1kg)
 2016年03月09日 72.4kg (▲0.3kg)
 2016年03月16日 72.4kg (+0.0kg)
 2016年03月23日 72.7kg (+0.3kg)
 2016年03月30日 71.6kg (▲1.1kg)
 2016年04月06日 71.8kg (+0.2kg)
 2016年04月13日 71.3kg (▲0.5kg)
 2016年04月20日 70.9kg (▲0.4kg)
 2016年04月27日 71.3kg (+0.4kg)
 2016年05月11日 71.4kg (+0.1kg)
 2016年05月17日 70.8kg (▲0.6kg)
 2016年05月25日 71.0kg (+0.2kg)
 2016年06月01日 70.3kg (▲0.7kg)
 2016年06月08日 71.0kg (+0.7kg)
【後日談1を参照】

 2016年06月15日 70.3kg (▲0.7kg)
 2016年06月22日 70.7kg (+0.4kg)
 2016年06月29日 70.7kg (+0.7kg)
 2016年07月06日 71.4kg (+0.3kg)
 2016年07月13日 70.6kg (▲0.8kg)
 2016年07月20日 70.4kg (▲0.2kg)
 2016年07月27日 70.2kg (▲0.2kg)
 2016年08月03日 70.1kg (▲0.1kg)
 2016年08月17日 70.6kg (+0.5kg)
 2016年09月07日 70.7kg (+0.1kg)
 2016年09月14日 71.0kg (+0.3kg)
 2016年09月21日 70.6kg (▲0.4kg)
 2016年09月28日 71.0kg (+0.4kg)
 2016年10月05日 70.6kg (▲0.4kg)
 2016年10月12日 71.4kg (+0.8kg)
 2016年10月19日 70.4kg (▲1.0kg)
 2016年10月26日 70.7kg (+0.3kg)
 2016年11月02日 70.0kg (▲0.7kg)
 2016年11月09日 70.6kg (+0.6kg)
 2016年11月16日 70.9kg (+0.3kg)
 2016年11月23日 70.0kg (▲0.9kg)
【後日談2を参照】




4.この減量の結果、何か身体に変化があったかというと、答えはイエスだ。まず、ズボンがゆるゆるになった。腹囲は90cmあったのに、83cmへと激減した。感覚的だが、体重が1kg減るごとに、腹まわりが1cm分、少なくなるようだ。そのせいで、ベルトが緩くなってきたから、その度に短くして、合計で6cm以上は切ったと思う。それとともに、腕時計が緩くなって、腕のまわりで文字盤がグルグル回る始末だ。身体が軽くなったので、階段を駆け上がる意欲が湧いてきて、実際にそうしている。これまでは常時、体重8kgの子供を抱えて歩いていたようなものだから、それに比べれば、歩く際の負担が減ったのだから、当然の結果だ。

 これらが、いわば良い効果だとすると、実は副作用のようなものが一つだけある。それは、朝起きて体を起こした瞬間と、夜寝るつもりで布団に横たわった瞬間、軽い目眩(めまい)が起こることだ。もっとも、2〜3秒くらい目を閉じていると、症状は消える。体重が大きく減った2月によく起こったが、72kgの半ばで安定した3月には、ほとんど起こらなくなった。ただ、3月の終わりに1週間で1kg以上も減りだしたときに、また起こり出した。もしかすると、三半規管の中も脂肪が減少して、それが平衡感覚に影響を与えているのかもしれない。体重が安定すると起こらないと思うので、心配はしていない。逆にこれが起こりだしたときには、また体重が目に見えて減っている兆候だと思い始めている。


5.それより問題は、体重が減った身体に合わせて、服を約める(つづめる)べきかどうかである。何しろ今は、ズボンを履くと、お腹とズボンの間に握りこぶしが一つ入るようになった。紳士服の既製服の基準でいえば、AB体だったのがA体になってしまった。これではベルトなしでは、ズボンが容易にずり落ちてしまう。ただ、将来再びリバウンドしても困る。そういうわけで、これは、体重が安定して一定期間経ってから決めようと思っている。それにしても、この調子で体重がどこまで減るのかが問題だ。まさかとは思うが、60kg台になったりして・・・というのは夢の見過ぎか? でも、私の身長では、68kgが標準だそうだ。もっとも、そんなに痩せてしまっては、いざ大病にでもなったときに果たして大丈夫かという気がしないでもない。だから、70〜71kgくらいを当面の目標にしようかと思っている。

 昨日、2ヵ月間ほど会わなかった人から、「後姿をお見かけしたら、別の人かと思いました。」と、真顔で言われた。それだけ、目に見えて痩せてしまったのかもしれない。そういうこともあって、そろそろダイエットは打ち止めして、この減った体重を維持する程度に続けていくことにしよう。それにしても、人間の身体というものは、好きなだけ食べていればそれなりに太るし、それをセーブすればセーブしただけ痩せる。まるで化学の器械のようなものだと思った。

 このダイエットも終わりかけの4月中旬に、いつもの散髪屋さんに行った。するとそこのおかみさんが「すごく痩せたわね。でも、顔色はいいし、顔に剃刀を当てるとすべりがいいから、健康的な痩せ方よ。」と言われたので、ダイエットの方向としては、これで良しと思っている。自分でも、全体の摂取カロリー量で調整しているから、ご飯などを絶対に食べないとか、そういう極端なことはしていないので、栄養バランスはとれていると思う。

 ただ、問題は、悪玉を善玉コレステロールで割った値が基準値の2.5に対して3を超えている点だ。これは、運動量を増やすか、摂取するタンパク質の内容を変えるかのどちらしかない。前者はこれ以上は無理だから、後者にしよう。振り返ってみると、今まで「肉を5、魚を1」くらいの割合だったが、これからは逆に「肉を1、魚を2」くらいにしようかと思っている。5月中旬が次の健康診断なので、それまでに改善させるつもりだ。



【後日談1】さて、その5月中旬の健康診断の日がやってきた。血液検査の結果を見ると、どの数値も劇的に改善していた。まずGOTとGPTについては、それぞれの基準値が13〜33、8〜42であるところ、いずれも17と、基準内に収まっている。ほかの数値も問題ないが、ただ、悪玉を善玉コレステロールで割った値だけは、基準値の2.5に対して、2.8と、まだ超えている。悪玉コレステロールが高いのだ。これは、対策に取り組んだ時期が遅かったので、この健康診断に間に合わなかったのだと思う。この点は、食事内容の改善を通じて、取り組んでいきたい。具体的には、\諜を食べる。▲淵奪弔鮨べる。L邵據豆、芋などの水溶性食物繊維を食べる。い修弌⇔价磧大豆、ウコンを摂る。そして、有酸素運動に取り組むことが大切だそうだ。

(2016年4月8日記、13日と20日、6月8日に追加)

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孫娘3歳、直系5ヶ月

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1.孫娘ちゃんの七五三

 孫娘ちゃんがついこの間生まれたばかりと思っていたのに、早いもので、もう3歳となり、七五三を迎えた。お祝いの日、この子は、赤坂日枝神社に早朝に行って頭髪を綺麗に結ってもらった。晴れ着の赤い和服を着て、同じく赤い色の巾着袋を下げたその姿は実に大人びていて、とても3歳とは思えない。息子夫婦も忙しそうなので、今年6月に生まれた赤ちゃん(直系くん)とこの孫娘を家内とともに一時預かった。代わり番こに1人が直系くんを抱き、もう1人が孫娘と遊ぶ。笑ったり、お話ししたり、巾着袋の紐で遊んだりと、まあ、その可愛いことといったらない。


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 そうこうしているうちに、午前10時の約束の時間になり、お嫁さんのご両親、私たち夫婦、息子夫婦、生後5ヶ月の赤ちゃん(直系くん)と、家族全員が揃った。そこで、写真室に向かう。まず、息子一家の4人で写真を撮る。大人とともに4人全員をカメラの方に向かせるのが、結構大変だ。3歳の孫娘はともかく、赤ちゃんはどうするのだろうと思っていたら、カメラマンの2人の助手が、声を掛けたり、ガラガラを使ったりして、一所懸命やって、何とかカメラに向いてくれた。次に、我々も入って、8人で撮影だ。また同じようにバタバタして、何とか終わった。やれやれというところだ。

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 いよいよ、七五三祈願に行く時間となった。今日の主役の孫娘が、その晴れ着の姿で息子に手を引かれて、本殿に向かう。私は、赤ちゃんの直系くんを預かり、両手にしっかりと抱きながら、一緒に行った。直系くんはとってもご機嫌さんでいてくれたので、それは良かったのだが、その代わり、彼のよだれで、私の背広がベトベトになった。しかし、それもご愛嬌だ。この子の笑顔を見ていると、こちらも思わず、にこにこ顔になる。

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 本殿に着き、まずは皆で参拝した。次に、そのまま全員で本殿脇の山王夢御殿に入り、祈願の順番を待つ。同時に、かなりの数の七五三の家族が部屋に入る。全員が入り、座った。神楽が流れる中、まずは神主さんが、対象の子供さんと、父母の名前を読み上げる。あの祝詞の口調で孫娘の名前を読み上げられると、いささか妙な感じがするが、他の子供さんの名前を含めて全員の読み上げが終わる頃には、不思議なことに、慣れてきた。次いで、お祓いがあり、神主さんが榊を振る間、全員が頭を下げる。そして、巫女さんが鈴を鳴らして邪気を祓う舞を踊ってくれた。これで祈願は終わり、孫娘ちゃんは、巫女装束のリカちゃん人形をもらって、大いに喜んでいた。再び、本殿前に行くと、「祝七五三詣 開運碁盤」というものが3台置いてあり、七五三の子が乗っている。だから、孫娘ちゃんにも乗ってもらって、その写真を撮った。

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 それから、山王茶寮で、七五三料理なるものを皆でいただいた。和気藹々の、楽しい食事である。もう終わりかけの頃、孫娘ちゃんの前に「祝 七五三」というプレートが付いた苺の丸いケーキが置かれると、もう大喜びする。それを切り分けた苺のショートケーキに、かぶりついて、口の周りが白いクリームだらけとなり、本人も皆も大笑い。あれほど大きかったケーキなのに、その半分近くをほとんど平らげてしまった。私も、ダイエット中のゆえ、どうしようかと思ったものの、やっぱり食べてしまった。帰って体重を測ると、1kgも増えている。これはいけないと、2日間かけて、体重を戻した。

 ともあれ、孫娘ちゃんは、優しいお父さんとお母さんに見守られ、この調子で7歳の七五三、さらに20歳の成人式を無事に迎えてほしいものだ。それまで、我々夫婦も是非、元気でいて、それを見届けたいと心から願うものである。


2.直系くんは5ヶ月

 直系くんは、残念ながら本日は脇役だったが、ちゃんと蝶ネクタイとポケットチーフを模した飾りのあるロンパースを着ていたから、笑ってしまう。体重はもう、7kgを超えているから、抱かせてもらうと、ずっしりと重い。ふくよかな顔をして、にこにこと笑みを絶やさない。こちらがニッコリしながら顔を近ずけると、直系くんも、 にこにこと笑みを返してくれる。大変、愛想のよい子だ。泣いたり、ぐずったりすることは、ほとんどない。


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 見るもの聞くもの、色々なものに興味があるようで、我々大人が話していると、それを見上げながら、「何を喋っているのだろう」というような表情を見せる。また。山王茶寮で皆が七五三料理に舌鼓を打っているときなど、あたかも「僕も食べてみたいなあ」という顔をする。皆がテーブルに座っているときに、1人だけ赤ちゃん用のベッドに寝かされたときには、「僕も皆と一緒にいたい」とばかりに手足を動かすので、起こして膝の上の立ててあげると、満面の笑みを浮かべる。お姉さんの写真を撮るためにカメラを持った大人が何人か立ちあがってテーブルがざわつき始めると、自分も動きたいとばかりに大人を見上げる。そこで、抱きながら立ちあがり、少し歩き回ってあげると、位置も高くなるのでテーブル上の他の人を見比べて、嬉しそうな表情を見せる。ついでに、柱の壁に貼ってある鏡に写っている自分の顔を見て、ククッとばかりに笑った。面白い子だ。

 直系くんは、朝7時前からお昼の食事時まで、この調子で起きていたので、皆が食事を終わる頃にはウトウトし始めた。孫娘ちゃんのお世話にお母さんが忙殺されているので、代わってお父さんが、直系くんにミルクをあげた。すると、100ccも飲まない間に哺乳瓶を離して 寝入ってしまった。手のかからない子である。さて、この子も将来どうなるか、家内とともに、実に楽しみにしている。初孫くん、孫娘ちゃんとともに、孫3人とも心身いずれも健やかに育ってもらいたい。


【七五三料理】

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(2016年11月12日記)




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