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徒然46.ビリーズ・ブートキャンプ
 私は、ディスカバリー・チャネルで科学番組を楽しむのが好きで、しばしば見ているのだが、そうすると番組の合間にテレビ通販の宣伝が入る。そんなものは、あまり真面目に見ないのが普通であるが、あるとき「ビリーズ・ブートキャンプ」というのを目にして、その意外さにびっくりした。

 どういうことかというと、画面一面にエアロビクスのような運動をしている一団が写り、その真ん中には禿頭で米軍の軍服ズボンを穿いた黒人のおじさんが、右に左に、また斜めにと、縦横無人にリズミカルに体を動かしていた。つまりは、インストラクターである。それだけだと、なーんだ、普通のエアロビクスではないかと思うし、実際そうなのであるが、この軍人風のおじさんのキャリアを知ってびっくりした。

 何と彼は、海兵隊の新兵の訓練をする専門の軍曹だったらしいのである。そんな新兵の訓練のごとき技術というか技量など、世間でいったい何の役に立つのかと思うのが常識というものである。ところがなんと、このおじさんは、それをダイエット用のエクササイズとして体系化し、「7日間ダイエット」と銘打ってビデオを作成したらしい。そのワンセット三巻を、14,700円で売り出した。その宣伝文句を信じれば、これをアメリカで何千万本も売り上げたというのである。この元軍人の懐には、何億円ものお金が転がり込んだものと見込まれる。

 へえーっというか、はあーっというか、声も出ないが、さすがアメリカ、何でもお金儲けの種としてしまうのはさすがである。それにしても、このビデオに出てくる生徒さんというか、飛んだり跳ねたりしている皆さんは、男性はもちろん、女性もそのお腹までもが筋肉隆々で、誠に羨ましい限りである。私もせめてメタボリックな体とならないよう、何とか努めたいと思っている。もちろん、こんなビデオは使わずに、もっぱら歩くことで解決したいと思っている。でも、あの胴回り85センチという基準、ちと厳しすぎやしないかと思うが、いかがであろうか……。



(2007年5月20日記)




【後日談】 ビリー隊長のその後

 上に述べたように、私がビリーズ・ブートキャンプなるエアロビクスのテレビ通販の宣伝を見て、「これは面白い、ダイエット・ブームだから流行るぞ」と思ったのはわずか二年前の5月20日である。それからすぐに世界的な爆発的流行をみせ、ビリー隊長がピョンピョン跳ねまわっているビデオは、一説によると全世界で累計で1000万セット以上を販売したといわれている。他人の財布の中身を言い当てるようで誠に恐縮であるが、1セットの印税がを少なく見積もって500円としても、ビリー・ブランクス隊長には、ざっと50億円もの大金が転げこんだのではないかという皮算用だと、誰かに聞いたことがある。ほんの数年で、一介のアメリカ海兵隊の軍曹から、大金持ちになったというわけである。

 私は、たいへん良いことだと思う。だいたい、新兵訓練のように、一般社会ではほとんど評価されないような仕事を黙々とこなしていて、ああ、これはダイエットに使えると気付きビデオを作って売りだしたところ、大当たりしたというわけだ。もしこれがなかったとしたら、おそらく貧しい家に生まれたであろうこのビリー・ブランクス隊長は、平凡な海兵隊勤務を終え、市井の片隅で、ひっそりと生きていたことだろうと容易に想像できるところである。そういう人が、これを「スター」というのが適当かどうかはよくわからないが、たった1本のビデオで一躍有名人となり、大金も稼げたというわけであるから、世の中、なかなか面白いものである。

 2009年5月24日付けの朝日新聞には、ビリー・ブランクス隊長(53歳)へのインタビュー記事が載っていた。ビリー隊長は、「自分は15人兄弟の5番目で、ペンシルバニア州のダウンタウンに生まれた。酔っ払いが家に押し入ってきたり、銃を持った人物が走っていたりという治安の悪い地区だった。父は工場勤務、ごみ広い、車の修理という三つの仕事を掛け持ちして家族を養ってくれたが、ともかく貧乏だった。父はヘラクレスのような力持ちで、しつけも厳しかった。父は23年前に脳梗塞で急死したが、葬式には400人もの参列者があって、教会からあふれたほどだった」という。

 はあ、やはり苦労したのだろうという気がしたが、その後に書いてあったことには、びっくりした。今年1月に大阪の日本人女性と再婚し、日本に永住権を申請中で、近く大阪でスタジオを開くというのである。つまりこれまでの彼の人生を整理してみると、貧乏な生まれ → 海兵隊軍曹 → ダイエット・インストラクター → 大金持ち → 日本人と再婚 → 大阪でスタジオ経営というわけである。これこそ、数奇な人生そのものではないだろうか。2年前、彼の姿をテレビで見かけたときには、考えもつかなかった変わりようである。いやはや、心底驚いたのであるが、人生なかなか捨てたものではないし、世界は意外と狭いという気持ちにもなった。

(参考データ)

  ビリー隊長の体型 → 身長183センチ、体重85キロ、体脂肪4%台



(2008年5月25日記)




【後日談】 ビリー隊長の結婚披露宴

 またまたビリー隊長の後日談であるが、2009年6月20日、ビリー隊長(53歳)と妻の知子さん(40歳)の結婚式と披露宴が、ザ・リッツ・カールトン大阪で開かれたそうだ。産経新聞によると、妻の知子さんは大阪府茨木市の通訳で、ビリー隊長が渡米した知子さんから日本語を教えてもらったのが交際のきっかけだという。「子供のころから日本に来るのが夢だった。家族の一員として受け入れてくれてありがとう」と挨拶したとのこと。


(2009年6月20日記)

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