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徒然81.超ひも理論をスパコンが検証
超弦理論の予測するブラックホールの内部構造を表す概念図(弦の凝縮状態)。高エネルギー加速器研究機構 提供



 2008年1月16日、「ブラックホール蒸発、ホーキング理論をスパコンが検証」という題名の新聞記事が載った。各紙を読み比べてみたところ、それらの中でも朝日新聞が比較的詳しくて、次のとおりである。

 重力がとても強くて光さえ抜け出せないブラックホールは、物質を飲み込む一方で熱を出し、いずれ「蒸発」する――。『車いすの科学者』として知られる英国のスティーブン・ホーキング博士が74年に提唱したこんな理論のうち、ブラックホール内部に熱源があるように見える理由が、モデル計算で確かめられた。理論の正しさが検証されたことになり、遠い未来にブラックホールが消えてしまうという予測が現実味を帯びてきた。 高エネルギー加速器研究機構(茨城県つくば市)の西村淳准教授らのチームが、スーパーコンピューターで計算した。

 宇宙の成り立ちを説明する究極の素粒子理論『超弦(ちょうげん)理論』をもとに、ブラックホールの中心部のモデルをスパコン内に構築。同理論ですべての粒子の本体とされる極小の『弦』が無数に生成・消滅し、合体・分裂をしながらさまざまに振動する様子を計算した。すると、こうした弦の反応の様子がホーキング博士の理論とよく一致した。

 弦の反応は複雑で計算量が膨大になるため、これまで厳密なモデルはなかった。チームは弦の4つの基本振動パターンをうまく組み合わせ、無駄な計算を省いた。成果は米科学誌フィジカル・レビュー・レターズ電子版に15日、掲載される。

 西村さんは「さらに計算能力を上げ、ブラックホールが蒸発する様子や、『宇宙は実は9次元空間だ』という超弦理論が求める宇宙構造などを検証したい」と話す。


 というわけである。同日の日経新聞によれば、これは高エネルギー加速器研究機構と理化学研究所との共同の発表で、研究成果は1月15日付の米科学誌フィジカル・レビュー・レターズの電子版に掲載され、また西村淳・高エネ研准教授らは、約1カ月かけてブラックホールの温度とエネルギーの関係を計算し検証したとのこと。

 この記事の題名「ブラックホール蒸発、ホーキング理論をスパコンが検証」とは裏腹に、これはスーパーコンピューターのシミュレーションで、『超弦理論』つまり超ひも理論の現実的可能性が立証しうることを示している。この記者にちょっと知識があれば、「超ひも理論をスパコンが検証」とでもすべきであったかもしれない。


 超ひも理論は、一般相対性理論と量子論を統合する究極の理論、宇宙の四つの力を統合できる大統一理論の候補と言われ続けながら、何しろ超微細な振動する「ひも」をその理論の基礎とすることから、それを観察することもできず、絵に描いた餅と言われ続けていたが、こんな検証の仕方があるとは思いもしなかった。とりわけブラックホールは、従来の理論ではその内部は取り扱えない特異な領域であり、それを研究したのは最近ではホーキング博士ぐらいで、しかもブラックホールは将来は蒸発するという結論だったものだから、誰もがそんなことあるものかと半信半疑だった。それを超ひも理論で検証したとは、本当に着眼点がよい。

 今年から欧州で稼働開始されるLHC(高エネルギー物理実験のためCERNがジュネーブ郊外に建設した世界最大の衝突型円型加速器)は、超ひも理論あるいは少なくとも余剰次元の存在を示唆する成果を挙げるのではないかと思われていた。しかし、今やその成果を待つまでもなく、シミュレーションではあるものの、これを契機にさまざまな分野において超ひも理論が信頼に足る理論であることの検証が広がっていくことが予想される。いわば、超ひも理論シミュレーション学というものが誕生した瞬間であり、しかもそれが日本の科学者によって日本の得意とするスーパーコンピューターを使って行われ始めたことが、誠にすばらしいことだと思う。


(2008年1月16日記)




【後 日 談】

 高エネルギー加速器研究機構のホームページで、一般向けに「
ブラックホールの内部を探る 2008.1.17」と題して今回の超弦理論でシミュレーションの説明書きが載っていたので、以下に転記しておきたい。

「ブラックホール」というと、タイムマシンと並んでSFの世界だけの話と思われる方もいるかもしれませんが、実はそうではありません。映画に出てくるようなタイムマシンの実現可能性はありませんが、ブラックホールの場合はありふれた天体として広大な宇宙空間の中に多数存在すると考えられています(図1)。宇宙空間にぽっかり開いた穴のようなもので、近づくと強力な重力で引き込まれ、一度中に入ると二度と外に出られない。そんなブラックホールの中身が、最新の素粒子理論によって明らかになった、というのが今回のテーマです。

図1 いろいろな銀河の中心付近には、巨大なブラックホールが存在すると考えられており、周囲の物質が吸い込まれる際に高エネルギーのX線やガンマ線を放出している。ケンタウルスAという天体をNASAのチャンドラ衛星が撮影した画像では、X線を放出する「ジェット」と呼ばれる領域が1万3千光年にわたって伸びている。


一般相対性理論が予言する謎の天体

私たちが最も身近に感じている力の一つに重力があります。質量を持つすべての物体の間に働く「万有引力」として、ニュートンが17世紀後半に発見しました。一方、アインシュタインは1915年から1916年にかけて、「一般相対性理論」と呼ばれる新しい重力の理論を発表しました。この理論によると、質量があると時空が歪み、その歪みが小さい範囲内では、ニュートンの万有引力の法則が適用できます。この理論の正しさを裏づける現象として、水星の近日点移動(図2)や重力レンズ効果などが知られています。大きな質量が極端に狭い領域に押し込められた状況では、まわりの時空が著しく歪み、いわゆるブラックホールが形成されることが一般相対性理論から導かれます。


図2 太陽の周りを回る水星の軌道(近日点)が少しずつずれていく現象

上の現象は、アインシュタインが提唱した一般相対性理論によって「太陽の重力によって 時間と空間が歪む結果として説明することができる。


ただの「黒い穴」ではない?!

20世紀初頭には、「一般相対性理論」と並ぶ理論物理学の柱として、「量子力学」が完成しました。量子力学では、何も存在しないと思われる真空中でも、粒子と反粒子が対になって生成しては消滅するという過程が絶えず起こっていると考えます。英国の物理学者ホーキングは、1974年このような効果をブラックホールのまわりで考えました。

その結果、ブラックホールは単なる「黒い穴」ではなく、光などを放出しながら少しずつ小さくなることが理論的に示されました。この現象は「ホーキング輻射」と呼ばれています。

ブラックホールの中には何がある?

理論的に導かれた「ホーキング輻射」のエネルギーの分布を見ると、あたかもブラックホールに何らかの内部構造があるように見えます。しかし、それが何であるかは長い間ナゾでした。ブラックホールの中心付近では、時空の歪みがあまりにも大きくなるため、アインシュタインの一般相対性理論さえも、有効ではなくなってしまうからです。したがって、ブラックホールの内部構造を解明するには、一般相対性理論を素粒子レベルまで拡張する必要があり、それはアインシュタイン以来の大問題だったのです。

問題を解く鍵は「超弦理論」

素粒子理論では、一般相対性理論を素粒子レベルまで拡張する究極の理論として「超弦理論」が提唱されていました。この理論では、観測されているすべての素粒子を、極めて小さなヒモである「弦」の様々な振動のしかたとして表わします。その中には、重力を媒介する「グラビトン」と呼ばれる粒子も含まれているので、一般相対性理論を素粒子レベルまで自然に拡張することができるわけです。この超弦理論を用いれば、ブラックホールの内部構造を解明できると期待されていました。

1995年に「弦の凝縮状態(弦が小さな空間にたくさん集まっている状態)」が発見されたことにより、超弦理論の研究が大きく進展しました。そのような状態の中には、遠くから見るとブラックホールに見えるものもあり、そのことから、中心付近に端を持つ多数の弦が揺らいでいるような状態(図3)がブラックホールの内部構造として予測されていました。しかし、実際にそのような状態の性質を具体的に調べる事は、弦の間に働く相互作用が強いため、難しいと考えられていました。

スーパーコンピュータでシミュレーション

今回、高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所の西村淳准教授を中心とする研究グループは、弦の振動の周波数に応じて効率的に数値計算する新しい方法を開発し、スーパーコンピュータを使って、ブラックホールの内部に存在すると考えられる「弦の凝縮状態」のエネルギーを計算することに成功しました。図4が、エネルギーを温度に対してプロットしたものです。棒のついた四角い点が、今回計算された「弦の凝縮状態」のエネルギーです。これに対して実線は、ホーキングの理論を用いて得られていたブラックホールのエネルギーの温度依存性です。温度が低い領域で「弦の凝縮状態」を遠方から見たときに、一般相対性理論で記述されるブラックホールに見えることが知られています。図4を見ると、実際に低い温度では、両者のエネルギーの計算結果が近づいていく様子が確認できます。これにより、超弦理論によって、予測されていたブラックホールの内部構造(図3)を世界で初めて実証しました。この計算には主に高エネルギー加速器研究機構のスーパーコンピュータ「日立SR11000モデルK1」(図5)が用いられました。


図4 超弦理論の「弦の凝縮状態」のエネルギーを計算した結果を温度に対してプロットした図。実線がホーキング博士の理論に基づいて計算されるブラックホールのエネルギーを表す。一般相対性理論に基づく計算が有効になる低温領域において、両者が近づいていく様子が確認された。


図5 この研究で使用されたスーパーコンピュータ「日立 SR11000 モデル K1」。1秒間に2兆5千万回の浮動小数点数の演算を行うことができる(理論演算性能)。2006年3月からKEKで稼動している。


これまでの研究とどこが違うの?

ホーキング輻射が起こらない特殊なタイプのブラックホールについては、既に10年以上前、超弦理論に基づく内部構造の研究が進められていました。このタイプのブラックホールは、内部の温度がゼロの場合に対応し、熱的なゆらぎがないため、高度な数学を駆使することにより、その内部にあると考えられる弦の凝縮状態の性質を調べることができます。この研究と比べて今回の研究が大きく異なる点は、温度がゼロでない場合について、弦が熱的に励起されて揺らいでいる様子(冒頭の図)を調べることで、ホーキング輻射に関連するブラックホールの性質が明らかになったという事です。


超弦理論の夢、広がる

超弦理論の使い道はブラックホールだけではありません。もともと、一般相対性理論を素粒子レベルまで拡張する究極の理論として誕生した「超弦理論」ですので、様々な応用が考えられます。特にコンピュータを駆使した弦理論の新しい研究手法が確立した意義は大きく、例えば、ブラックホールの蒸発や初期宇宙、物質の創成といった興味深い問題において、超弦理論が大きな役割を果たすと期待されます。今後の研究の進展にご期待ください。


[図1] Image credit: X-ray: NASA/CXC/CfA/R.Kraft et al Radio: NSF/VLA/Univ. of Hertfordshire/M.Hardcastle et al. Optical: ESO/VLT/ISAAC/M.Rejkuba et al.




 なるほど、これで、よくわかった気がする。日本のお家芸ともいえるスーパーコンピューター技術で、現代物理学の最後の難問である超ひも理論が解き明かされようとしているということに、胸がふるえる思いである。

 これで超ひも理論が宇宙の大統一理論として認知されれば、アインシュタインの相対性理論と量子力学が統合されるばかりか、我々の宇宙の始まりとその未来が予測され、次いで余剰次元とパラレル宇宙が研究されるであろう。

 そして我々の曾孫の時代になると、ひょっとしてそのパラレル宇宙につながるワームホールが発見され、異次元宇宙の探検時代が幕を開けるということになる・・・などとというのは、SFの読みすぎかもしれないが、ひょっとしてそれに近いことになるのではと期待を持たせられる成果である。この歳まで生きていて、本当によかったと思う。


(2008年1月19日追記)





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