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厳島神社
対岸から眺める厳島神社とフェリー


宮島の厳島神社参拝の写真は、こちら


 ツアーのコースに、宮島の厳島神社が組み込まれていた。パンフレットには「正式参拝します」とあったのは、少し気にかかっていたが、本殿で参拝することだろうと気軽に受け止めていた。いざ、宮島に向かうフェリー乗り場に着いてみると、すぐ目の前に宮島の原生林が見え、目を凝らすと厳島神社の鳥居が見える。約40年ほど前の大昔、私が高校の修学旅行にここへ来たときと、そっくりそのまま変わらない風景ではないか・・・。あのときは、夜中にウイスキーを飲んでよっぱらいながら大鳥居まで泳いでいった馬鹿なヤツがいたっけ(私ではないので念のため)・・・。それはともかく、恐れ多くも宮島というところは、神聖な神様の島ということで、住む上でいろいろと決まり事があり、加えて島の大半は太古そのままに保存されているために、変わりようがないとのことである。

 フェリーに乗り込み、さて、どちら側に座るかという段になった。家内いわく、「船というのは、進行方向にそのまま着岸するから、これからバックしてそして反対側を向くので、右側に座るといいわよ」と、のたまう。「ははぁ、そんなものかな」と思い、「ウチの奥さん、いつも賢いなぁ」とまで感心してその言葉に従ったら、違っていた。なんとその船は、前後に運転席があって、桟橋に着いたその姿勢を保って方向転換する必要なしに、そのまま逆方向に出て行った。対岸まで近すぎるので、そうでもしなければ交通に支障があるのだろう。

  対岸の宮島の写真をズームやら光の具合を気にしながら撮っていたら、あっという間にもう宮島に着いてしまった。ガイドさんが、「宮島では気を付けてくださいよ。鹿の糞があちこちにあるし、この鹿は紙でも何でも食べちゃいますから。特に好物は一万円札なんですぅ・・・ホントに食べられちゃった人がいるんですから」という。これらの鹿は、もちろん野生の鹿である。宮島では500頭近くいて、そのうち200頭弱が朝晩人間の近くに降りてくるとのこと。誰か暇な人が鹿の数を数えたらしい。確かに、あちこちで鹿が気だるそうに歩いていたり、寝ころんでいたりする。中には、立ち上がって鹿よけの柵越しに葉っぱを食べようとしている輩もいる。なるほど、勝手に好き放題やっているようだ。誰からも危害を加えられないから、インドのデリーにいる野良牛のようなもので、やけに堂々としている。


寝ころんでいる鹿


 厳島神社は、1400年の歴史をもち、1168年に平清盛によって現在の社殿が造営されたそうな。それ以来、毛利元就、豊臣秀吉など時の権力者によって保護され、今日に至っている。その背景の弥山原生林、海中の大鳥居、寝殿造の優雅な社殿、高舞台、能舞台、五重塔などから、ユネスコの世界文化遺産として登録されている。

厳島神社の大鳥居と廻廊


厳島神社の優雅な社殿と高舞台


 というのが公式な能書きなのだが、いやもう、訪ねたときはまだ9月の初めなので、とても暑い日だった。その中を宮島桟橋から海岸の松並木に沿って厳島神社の本殿に向かう。有名な海中の赤鳥居が目に飛び込んでくる。そのときは、干潮まであと30分という時だったから、潮が引いていて、鳥居は緑色の海草だらけの中に直立していた。それに、太陽が逆光なので、残念なことに、いい写真は撮れなかった。

正式参拝した厳島神社の本殿


 そのまま、皆で本殿に上がっていき、エアコンの効いている部屋に通された。最初は天国のように感じたが、すぐに寒くてこごえそうになった。うまくいかないものである。ほどなくして、本殿へと呼ばれた。ほっとして、ぞろぞろと巫女さんに付いて行くと、そこはお賽銭箱の内側の空間。ほかの人たちがわれわれ目がけてお賽銭を投げ入れて拝んでくれている気がする・・・実際にそうなのだ。ぼやっとしていると、板の間に敷かれたゴザの上に座るように促された。

 来る前に、ガイドさんが、「厳島神社には、ボーイフレンドや夫と一緒に行かない方がいいですよーっ。あまり親しくしていると、神様が焼きもちを焼いて、仲を裂こうとするから。私も若い頃、ボーイフレンドと行ったのですが、今の夫とは違う人です」なんて言うものだから、一行の中で夫婦ものは、わざわざ離れて参拝することにした。実はわれわれも、そのようにしたわけである。

 その結果、家内は二列目の端のやや内側という目立たないところに座ったのに、私は間の悪いことに最前列の真ん中で、当然、正座しないと目立ってしまう。考えてみると、両膝をそろえた正座など、この何十年間ほど、したことがない。案の定、座ってみたものの、そもそもお尻の下に両方の親指が揃って来ない。そこを無理矢理、正座しようというものだから、どうしても、どちらかの足先が上下の関係になる。ゴザが引いてあると行っても、下は板敷きなので、痛くてしようがない。これでも、学生時代は裏千家のお手前をやっていたのに・・・と思いながら、気が付いた。そもそも体重が20キロ近く増えてしまったからだ。これでは、まともに座れないのも、無理はない。

 しょうがないので、そのまま正座らしき姿勢で、時折、足の組み方を変えつつ凌ぐことにした。その痛いこと、痛いこと。我慢ができないときは、両手を一時的に支えとして、何とか耐え凌いだ。われわれの前では、まずメガネをかけた神官さんが祓詞を奏上し、「・・・かしこみ、かしこみ、申し上げそうーろうー」などと唱え、それからわれわれ一行の頭の上で白い祓串を左右に恭しく振って御祓いをしてくれた。私は内心、有り難いけれども・・・うーっ足が痛い・・・ああ、やっとこれで終わったと思ったのだが、それは甘かった。

 今度は別の神官さんが、また別の祓詞を唱えた後、今度は本殿の奥へと向かった。何事ならんと思っていると、金色の御幣を持ち出してきて、「さあ、これから御幣で御祓いをしたします。終わった方は、そのままお出になって結構です」という。見ていると、その金箔の御幣を、参拝者ひとりひとりの頭めがけて、ゴツン、ゴツンとぶつけている。私も、頭に軽い衝撃を受けて、それで終わりとなった。心配は、足が萎えて立った瞬間にひっくり返ることだったが、幸いなことに、立ったところ足にじーんとした痺れはあったものの、何とか両足で歩くことができた。いやはや、たいへんな参拝であった。あとで家内が、「普通なら最初の御祓いで終わりなのに、二度目にあんな奥から御幣を持ち出してくるなんて、有り難いことよー」と述べていたが、私には一回で十分だった。


安芸グランドホテルの食事


安芸グランドホテルの煮物にあった鳥居


 さて、そのような難行苦行はあったものの、無事に御祓いを終え、寝殿造りの本殿などを見て廻った。寝殿造りというのは、とても優雅なものである。それに建物の朱色と木々の緑、それに群青色の海がお互いに映えている。戦国時代の武将ならずとも、信仰心をくすぐることは、間違いないと思う。帰りの船に乗り、着いたのが、安芸グランドホテルで、ちょうど宮島の対岸に位置する。ガイドさんから、ここのナイト・クルーズは幻想的で、お勧めだと聞いていたので、それに参加した。狭い船で、20人の参加者が乗り込んだら、それで定員いっぱいとなってしまう。そろそろと暗い海を進んでいくと、海中の大鳥居が近づいてきた。なんと、ライト・アップがされていて、確かに幻想的な風景である。すると、案内のお兄さんがいう。「これから、半分のお客さんが上に登ってもらいます。なぜ半分かというと、こんな細いパイプ数本で支えているので、それが限界なんです」ということで、われわれは次の組となった。

厳島神社の夜の大鳥居


 船はエンジンの音を静かに響かせながら、暗い海中をどんどん進んでいって、大鳥居の前まで来た。止まるのかと思いきや、なんと船はそのまま、大鳥居の間を抜けていくではないか。天を仰ぐと、大鳥居のてっぺんの扁額の字まで読み取れる。「皆が、あっあーあー」と声を出す。そうしたら、今度は、「お客さん、交代してください」ということで、われわれの番となる。上に登ると扁額と大鳥居の朱色がますます近くなり、次第に後方へと通り過ぎた。その辺りでゆらゆらと揺れながら、夜の海中をしばし漂い、鼻には磯の香りがつーんとする。これにおつまみと白ワインでもあれば、最高なのだが・・・、そういう贅沢はいわないことにして、このままでも、けっこう夢見心地にひたることができ、大きな声で「いやこれは絶景かな、絶景かな」とでも叫びたい気分である。確かに、他にはない味わいがある。来てよかった。大鳥居をぐるりと回って帰る途中、あることに気が付いた。鳥居って、まっすぐ伸びていると思っていたのに、こちらの場合は海中にあるからだろうか、根元だけ意外と太くてびっくりした。

 さて、ホテル前の桟橋に帰る途中のこと、船の案内役のお兄さんが語る。「えー、この船のご神体は、船の名前にちなんで白龍さんで、船の前方に付いています。ところが、先の台風で、これが吹き飛ばされて、なくなってしまいました。海中から陸上やら、いろいろと探したのですが、どうにも見つけられなくって、どうやら昇天されたようです。そこで船長が二ヶ月ほど頑張って、発泡スチロールで新しい白龍さんを作りました。ひげは、その辺の海中に漂っていた木っ端です。まあ、見てやってください。ただし、あまり近くから見ると、アラが目立ちますから、離れてね」・・・全員、大爆笑だった。


翌朝に見かけた船上の白龍さん。遠くから見ると発泡スチロール製とは思えないほど良く出来ている。



(2008年9月8日記)
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