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下関と門司
春帆楼の入口の額とテーブル


下関と門司レトロ地区の写真は、こちら


 これでも、下関に行ったのかと言われそうだが、昼食を春帆楼で食べ、その隣の赤間神宮に参って、あわただしく門司へと向かったから、まあ行ったうちに入るのではないかと思っている。春帆楼は、いわずと知れた日清戦争の講話条約交渉が行われた地であり、我が国のフグ料理免許第1号の料亭でもある。それに、春帆楼のマッチ箱には、昭和33年と38年に、天皇皇后両陛下がおいでになったとある。

 行ってみると、建物が結構な坂の上にあるだけでなく、その坂の両脇には駐めてある車がたくさんあって、何か落ち着かないところである。店からは関門海峡が展望できるはずのところ、なんとまあ、正面に変な安っぽいビルができていて、景観が台無しになっている。そのビルの両脇に目をやると、行き交う船がやっとこさ見えるという情けない有り様である。

 これでは、ダメだ。しかも、出てきた料理には、確かにフグ刺しがあったものの、少しも、うまくない。団体扱いだったせいかもしれないし、おいしいものは、東京に集まっているのかもしれない。それとも、夜の最低25,000円以上という料理のためにとっているのかも。まあともかく、行ってがっかり、見てがっかり、食べてまたがっかりというところである。

 老舗ということで、何もしないまま胡座をかいていると、そのうちどんどん周囲が変わっていって、いつの間にか最後尾に位置するようになる。そして、伝統というむなしい誇りだけが残るということになりかねない。景観を損ねる向かいの変なビルを建てた人も人だが、そういうことをあらかじめ予想して、事前に手を打てなかったのかと思う。これなどは、今となっては直ちに解決することはできないだろうが、その代わり現在すぐにできることは、たとえば建物の周囲に駐車させないとか、いくらでもあると思う。特に料理は、経営者が自ら食べてみれば、どんな味なのか少しはわかるはずである。いささか、残念である。

 その建物の隣には、日清講和記念館という黄色の建物があって、その中に、実際に条約交渉で使われたテーブルと椅子がそのままの形で置いてある。これは、一見の価値があると思う。


日清講和記念館の中に展示してある条約交渉で使われたテーブルと椅子


 その春帆楼の隣が、赤間神宮である。そのホームページには、とても難解にその由来が書かれてあるが、要は、約800年前の壇ノ浦の合戦で平家一門と共に入水された安徳天皇(当時8歳)を弔うために建てられたもので、御影堂を称されていた。明治維新以降、社号を赤間宮、そして赤間神宮と改められた。ガイドさんによれば、入水するとき、安徳天皇からどこに行くのかと聞かれた平二位の尼前が「今ぞしる みもすそ川のおんながれ 波の下にも 都ありとは」と詠んだことにちなみ、水中の都、つまり竜宮城のような形の門(水天門)にしたという。壇ノ浦とはどこかと思えば、この目の前の海峡だという。そうか、こんなところだったのかと初めて知った。それにまた、赤間神宮の境内には平家一門を祀る塚もあるし、「耳なし芳一」の物語の舞台であることでも有名である。実際に、耳なし芳一を祀る祠も、その平家の塚の脇にある。

赤間神宮の竜宮城のような形の水天門


 さて、そこから中国自動車道路の関門橋を渡って、対岸の門司に向かった。すぐに門司港に着き、レトロ地区を散歩してくださいとのこと。何だそれはと思ったが、行ってみてわかった。あちこちを、昭和初期のような雰囲気で統一している。たとえば、門司駅は、木製で、待合室やら食堂まで、昔の雰囲気なのである。だいたい、横方向に書かれた「待合室」という文字が、左からではなく、右から書かれている。じーっと眺めていると、私のような年代の人間には、懐かしく思えてくるから、不思議である。

レトロ調の門司駅。


門司駅の出発ホーム。気のせいか右手前の駅員さんも、レトロ調


 海岸地区をぶらぶらと歩くと、門司駅のみならず、旧門司税関、旧三井倶楽部も、これはなかなかのレトロ調である。これは面白いと思い、もっと見たくなって、家内と近くの展望台に登った。こちらは、黒川紀章のデザインの30階を超えるマンションだが、その最上階をレトロ展望室として開放している。この展望室からは、今通ってきたばかりの関門橋、関門海峡を行き交う船、門司レトロ地区、対岸の下関の春帆楼と赤間神宮などが一望できた。そして、視野の一番の端には、剣豪宮本武蔵と佐々木小次郎が対戦した巌流島があったので、こんなところだったのかと、これまた驚いた次第である。慶長17年(1612年)4月13日のことで、当時の名称は舟島。現在は下関市に属しているという。

レトロ展望室から見た関門橋


レトロ展望室から見下ろした門司港。左正面奥が、巌流島


 さて、そこからバスで福岡空港に向かい、2泊3日の全日程を終了した。午後7時30分発の飛行機で、東京の自宅に帰り着いたのは、午後11時を回っていた。たいそう疲れたが、面白いことも多く、家内ともども大いに満足できる旅をした。

(2008年9月12日記)
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