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徒然103.高校の同級生の消息
 たまたま、高校時代の同級生はどうしているかなと思って、自分の出身高校のサイトを開いてみた。数年前から、私の期のページができている。それに入っていくと、次回の同窓会の出席予定者のリストや何やらが載っていて、その中に「不明者リスト」というものがあった。それを見ると、一クラスで10名前後が連絡先不明となっている。その中に、A君の名前があった。

 A君は、短髪の細面で、色白のハンサムな好男子だった。物静かで合唱やら音楽が好きで、クラスの皆の前に出て、タクトを振って指揮する姿がすばらしくて、女生徒の憧れの君だったのである。そして、高校卒業後は私と同じ大学に進み、私は法学部、彼は文学部と、学部は違ったものの、時折キャンパスで会えば話をしたりする仲だった。しかし、大学の卒業時に私は東京で実務に就き、彼は郷里に帰ったとの噂を聞いたものの、それきりとなってしまっていた。

 そういうわけだから、A君がとても懐かしく、大学卒業後30数年の年月が経っているが、どうしているかなと折にふれて気にはなっていた。連絡先不明者リストにA君の名前を見つけたとき、そういう思いがふっと脳裏をかすめ、次の瞬間「そうだ、グーグルで調べてみよう」と思った。そこで早速、彼のフルネームを打ち込んでみたところ、何とまあ、彼らしき人の顔写真が、その履歴とともに、検索結果のトップ出てきたのである。

 それは、郷里近くの市の合唱団の指揮者の紹介である。それによると、「学生時代から本格的に合唱をはじめ、P合唱団などに所属。現在はK合唱団技術委員長。県立高校の教師を32年間つとめ、社会科を教える傍ら、合唱部、吹奏楽部、オーケストラ部などを指導・指揮し、自身もピアノとチェロを弾くなど、音楽的経験も知識も豊富です。語学にも強く、話せるのは、英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語、スペイン語、イタリア語など。他には、囲碁、夏の山歩きなどの趣味を持ち、岐阜県内の高台に音楽堂を所有。昨年、定年を前にフリーとなられたのを機に、市民合唱団の指導者としてお迎えしました。長年教鞭をとっておられただけあって教え上手で、またクリスチャンであることで、今練習中の『メサイア』では、いろいろと内容を深く説明して下さいます。」

 ところが、彼の写真には、正直いって、びっくりした。髪の毛が、その何というか、カールして、もしゃもしゃで、あまつさえ、それが両肩方面に伸びていることから、ベートーベンの髪型そっくりである。確かに、これはいかにも芸術系の人のスタイルである。学生時代はこんなむさ苦しい(失礼!)ような印象ではなかったなぁ・・・。それでも、肉付きの良いお顔を拝見し、どこか昔の面影はないかと探したら、あった、あった。アルカイック風の、その物静かな笑い顔が、昔を偲ばせるではないか。やはり、これは私の探しているA君だった。

 そのほか他のホームページを探すと、岐阜県内にあるという彼の音楽堂に招かれたという人のブログがあった。それによると、A君とその奥さまとともに、弦楽四重奏を楽しんだという。これに対するA君ご本人のコメントは「自分で言うのも変だけど、楽器はいっぱいあるし、空気はきれいだし、いいところですよ」とのこと・・・さもありなん。その合奏のときの写真も掲載されているので、A君の奥さまのお顔もわかってしまった。

 それどころか、最近彼はイタリア留学までして、それを自費出版した書物にまとめたらしい。曰く「五十代後半にさしかかっても、いまだに書生っぽさが抜けない私。思い切って仕事をリタイアし、第二の人生の出発の記念にやったことが、イタリアへの語学留学だった。」とのこと。おお、すごい。よくこんなことをする元気があるものだ。

 それにしても、英独仏露西伊語ができる! 合唱・吹奏・オケを指揮する! ピアノ・チェロが弾ける! 囲碁・夏の山歩きをする! 音楽専門の別荘を持っている! 本当か、これは・・・。もちろん私は、下手な英語を除いて、どれひとつとして、できないし、やらないし、持ってもいない! 何とまあ、私とは対照的な人生であることか・・・。

 A君、元気で本当によかった。また、好きなことを生涯することができて、誠に結構なことである。私も、まるでA君と再会したような爽快な気分である。けっこう、けっこう、もうひとつ結構・・・ただ最後に、インターネットで、こんなことまでわかってしまって、これで良いのだろうかということが、大いに気になったのである。



(2008年9月16日記)



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