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部屋の畳替え


1.部屋の模様替えがやっと終わった。ああ〜っ、疲れたとしか言いようがない。元はといえば、畳が古くなったと思い、畳替えをしようとしたところから始まる。畳屋(番頭と自称していた)がやってきて、ペラペラしゃべって畳表のサンプルを示し、一畳が5000円から24000円だという。私のような素人がサンプルを触ってみても、5000円のものがペラペラなのはわかるが、あとは大差ない。これはどういう違いかと聞くと、「イ草の質がいいのと、高いものはそれだけたくさんイ草が入っているんでさ」という。よくわからないが、どうせなら高い方がいいだろうと思ってそれにして、いくらか引いてくれるのかと交渉し、4000円引きとなった。それで交渉成立かと思ったら、畳に切りかけがあるから、それぞれ特別料金が必要というという。それやこれやで、結構かかった。

 「それで、いつできるのかね」と聞くと、明日は日曜日だが、朝8時頃持って行って、その日の夕方5時には持ってくるとのこと。「えらく、早いんだねぇ」というと、その番頭さん、得意そうにちょっと鼻をふくらませて、こう言った。「この間、お寺の仕事をしましてな。100畳でしたん。檀家の人と交渉していて、同じことを聞かれて、『いや、夕方には納めます』といったら、びっくりされましたわ。職人を30人、集めて一生懸命やりましてん。はははっ。」 そうか、そうか。それなら真面目にやってくれるのだろう。

 その畳屋の番頭サンが帰ったあと、家内が提案をした。「この際、和室にある洋ダンスと和ダンスを、空いている部屋に集結しない? 地震があると、ぶっそうだから」〜「なるほどねぇ、それはいいけれど、このタンスを動かすのは面倒だよ。」〜「心配ないって、確か、ヤマト運輸のサービスで、家の中のお引越しというのがあったから、聞いてみるわ。」 いったい、それは何だと思ったが、引っ越し屋のお兄さんたちが、家の中で家具を移動してくれるらしい。引っ越しといえば、普通は家具その他家財道具をひとつり家から別の家へと動かすのだが、このサービスは、家具を家の中で動かしてくれるのだという。なるほど、高齢者や単身者が増えた時代には、そういうのは確かに必要なサービスだと納得した。家内が問い合わせたところ、明日の午後に来てくれることが決まった。ついでに、地震対策を完璧にするため、居間にある飾り棚も移転することにした。

2.さて、翌朝になって、本当に朝8時きっかりに、畳屋の職人さんがやってきた。歳のころは50前後、ゴマ塩頭の実直そうな人である。4本の短い茶色のスキー板のようなものと、ガムテープで止めた長四角の箱で厚さか畳と同じになっているものを四つ持っている。そして、畳を鉤道具で引っ掛けてすっと持ち上げて、ひょいっとそのまま表に持ち出した。これを軽々とやっている。二つのタンスは重いけれど、どうするのかと思っていると、まずタンスをちょっと傾けて、その隙間にスキー板を入れる。次にタンスを左右に引きずって、長四角の箱に乗せ、下の畳を外す。簡単なものだ。そんな調子で、わずか30分もかからずに、畳を全部持ち出して行った。

 残された和室には、そのスキー板を履いたタンスがふたつ、わびしく並んでいる。そういえば、この中身を空けておいてくれと引っ越し屋がいっていた。そこで、これを家内と二人で運び出したのだが、これが大変だった。洋タンスはハンガーで吊るしてある服ばかりだからまあよいとして、和タンスは中身をいちいち出していては散らばるので、引き出しごと抜いて、単に積み上げておくことにした。

 しかし、本当に大変だったのは、ついでにと思った飾り棚の移動で、中には何十回にも及ぶ国内外の旅行の記念品がつまっている。私は、海外旅行に行くとだいたい、その土地の人形を買って帰ることにしているので、28ヶ国、しかも繰り返して行っている国も多いから、それらがヤマとなって積み上がっている。そのほか、たとえばチェコに行ったときはボヘミアン・グラス製のチェスを買ってきたりしているから、そんなものもある。国内だと、鹿児島に行ったときは西郷さんの土鈴、山形ならこけし、という具合にたくさんある。これらをひとつひとつ、壊さないように移していくのは、とても面倒なことだった。途中で、家内が、「あら、これ何かしら」というから、それを入手したときの経緯を話さなければならない。それはそれで楽しいのだけれども、あまり説明に時間がとられていると、引っ越し屋さんが来てしまう。お昼までに済まさなければならないので、その慌ただしいこと。「こんなことは、あと10年もたったら、とてもできないねぇ」と話し合った。

3.その昼すぎになった。引っ越し屋のお兄さんがふたり、やってきたので、この3つの家具をあちらの部屋に移したいと説明する。そのとき、和タンスは上下に分かれるので、移動しやすいが、洋タンスは、高さが高いかもしれないといった。すると「左右に分解できそうだから、何とかなりますよ」と、力強いお言葉。そのとおり、左右のパックリと別れるように分解して、狭い廊下と部屋の入口を通して行ってくれた。家内と顔を見合せて、「これは、素人ではできない」と感激した。次に和タンスだが、これは簡単で、上下に分割して。すいすいっと運び入れた。最後に飾り棚も、上下に分けてそのまま運び入れたが、ここで問題が発生。飾り棚の上部をはめようとしたところ、パチッというかみ合わせの音が片方だけしない。どうやら、これまでの引っ越し過程で、その部分が破損していたらしい。ということは、タンスの上部は単に載せてあっただけということがわかった。試しに上部を押すと、あららっ・・・何の抵抗もなくするりと滑っていくではないか。これでは、阪神大震災クラスでなくとも、ちょっと大きな地震が来たら、一巻の終わりだった。こんな家具の横で10年以上ものほほんと過ごしていたのかとぞっとして、家内と二人で思わず顔を見合せた。そこで、急遽、金具で固定することにした。

4.引っ越し屋のお兄さんたち、とても親切で、家具を運んだあと、それを置く細かい位置について、「ここでいいですか?」と、いちいち確認してくれる。壁から2センチほど離してくださいというと、その通りにやっていただける。また、動かすときも、ちゃんと天井やらドアの位置などを確認して、ぶつけて壊さないようにと、細心の注意を払って運んでくれる。本当に助かった。これで1万円と消費税だから、安いと思う。全体で、かかった時間はわずかに30分。家内が、「畳も家具の移動も、あらかた30分以内というのが、プロの仕事ね」と感心している。なるほど、そんなものか。こちらは、タンスや飾り棚の中身を戻すのに、忙しい。

5.今度は午後5時になり、畳職人がやってきて、出来上がった畳を、ポンポンと敷いていった。畳のヘリを足袋を履いた踵でトントンとたたいてバランスと置き具合を確かめ、ちょっと足りなければ、新聞紙を丸めてそれを敷いていく。小気味が良いほど手際がよい。あっという間に、すべて敷かれてしまった。部屋一杯にイ草の香りが広がる。まるで、夏の草原の草いきれがむんむんする中にいるようなものである。これは、たまらないと思ったが、夜になって、いざ布団を敷いて寝てみたら、ぐっすりと寝られた。森林浴効果のようなものがあるのだろうか。

6.ということで、地震のときに倒れそうな家具を1つの部屋に集めることができた。わずか1日の間で出来上がりというわけだから、上出来である。ところで、こうして家具を運び出してガランとした居間で家内と話をしていると、声の通りが、何かいつもと違う。声が響きわたるような感じがするのである。これまでは、家具が声を吸収していたのだろうか。ともあれ、これで地震を心配する必要がなくなったし、また家具を運び入れた部屋をウォーキング・クローゼットとして使える。まずは、これで結構、ひと安心というところである。



(2008年10月30日記)
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