<< 北東北への旅の写真 | main | いちじく >>
徒然107.スノーボール・アース仮説

(出典) http://www-sys.eps.s.u-tokyo.ac.jp/~tajika/introduction/snowball.html


 東京大学の本郷キャンパスにある安田講堂で、理学部の主催による公開講演会があった。去る11月1日(土)午後のことである。今回で、第14回を数えるというが、実は私は、初めての聴講である。演題は、次の三つで、宇宙、地学、生物のそれぞれの分野から各一題だった。それぞれに面白かったが、このうち◆全地球凍結」については、最近世界の注目を浴びている説のようなので、とりわけ印象が強かった。そこで、演者の田近英一准教授の書かれたものをとりまとめる形で、心覚えに記しておきたい。ちなみに、二つの図は、同准教授のサイトのものである。

(1) 「長老の星が語る宇宙錬金術」(茂山俊和・理学系研究科附属ビッグバン宇宙国際研究センター准教授)

(2) 「全地球凍結 〜 地球史と生命進化の謎 〜」(田近英一・理学系研究科地球惑星科学専攻准教授)

(3) 「メスとオスの起源を探る 〜 オス特異的遺伝子『OTOKOGI』の発見 〜」(野崎久義・理学系研究科生物科学専攻准教授)


 地球の環境は、昔から長期的に非常に安定しており、現在のような温暖な環境が何十億年もの間、保たれてきたものと考えられてきた。ところが最近になって、地球は、かつてその表面が完全に凍りつくような極端な寒冷化を少なくとも3回は経験してきたのではないかと考えられるようになってきた。陸上はもちろん氷河にすべて覆われ、海中も水面下1000メートルくらいまで氷が張り詰めるという状態で、少なくとも何百万年も続いたと推定される。これは「スノーボール・アース仮説」と呼ばれる考え方で、現在、とても注目を集めているという。

 その3回というのは、原生代の、ヒューロニアン氷河期(約24〜22億年前)、スターチアン氷河期(約7億6000万年〜7億年前)、ヴァランガー氷河期(約6億2千万年前〜5億5000万年前)である。その形成された岩石の磁気を計ってその時代の方位から場所を推定するという古地磁気学的な研究により、これらの時代には、なんと赤道域においても、氷河が運んできたと思われるごろごろした岩の堆積物があったということがわかっている。つまり、赤道にも氷河があったというわけである。こんなことは、地球が温暖であれば、あるはずがない現象である。その理由について、当時の地球の自転軸が傾いていたためだと主張する学者もいたが、ではどうして自転軸がそんなに傾いていたのかが説明できなかった。そこで最近は、この説は次第に顧みられなくなって、代わりに、カリフォルニア工科大学のカーシュビンクが、当時は地球表面の大部分が氷で覆われていたという仮説を提唱したのである。

 これがスノーボール・アース仮説である。この仮説によれば、原生代後期の氷河性の堆積物だけでなく、これに伴う縞状鉄鉱床の形成も説明できる。というのは、スノーボール・アース状態になると、海洋はその表面が厚い氷で覆われるために、大気との間のガス交換が遮断されて貧酸素環境になる。その結果、海洋には溶存鉄が蓄積されたと説明でき、これが鉄鉱床の形成をもたらしたというわけだ。

 これは、海水の炭素同位体比の変動によっても裏付けられている。炭素同位体比は原生代の24〜22億年前と、その後期(10億〜5億4000万年前)に大きな振幅で振動していることがわかるが、そのいずれの時期も、冒頭の絵の中に示された青い
印(氷河期を表す)の時期と一致していて、そのどれもがスノーボール・アース状態になっていたものと思われる。ちなみに、顕生代(5億4000万年前〜現在)以降では,幸いにして一度もそのような状態になってはいない。

 それでは、炭素同位体の変動とスノーボール・アースとはいかなる関係にあるのか。その理由は、1998年にハーバード大学のホフマンらのグループが、ナミビア北部のスターチアン氷河期の堆積物を詳しく調査して明らかにした。海水の炭素同位体比の値は,氷河期の少し前にはいったん高い値(約10‰)に上昇し,氷河期直前から急激に低下してマントル起源炭素(火成活動によって大気海洋系へ流入する炭素)が持つ値(約−5‰)に漸近し,氷河期終了後もしばらく低い値のまま回復しなかった。これは、氷河期の前には生物による光合成が活発に行われ、氷河期に入ったら生命による光合成はストップして、マントルから湧き上がってきた炭素だけになり、氷河期が終わっても、しばらくは回復できなかったということを意味している。それには、スノーボール・アース状態になったとしか、説明ができないというわけである。これは、すごい・・・。地球全部が完全に凍結し、地表はたぶん摂氏マイナス50度、海も1000メートルまで氷に覆われてしまったらしい。

 恐竜を滅ぼしたといわれる6500万年前の隕石の大衝突や、近頃騒がれている地球温暖化も困るが、何百万年にもわたって全地球凍結が起こったりすると、もっと困るではないか。地球は、つくづく危ない橋を渡ってきたものだと思う。さらにいえば、常に生命の危機にさらされているような、これら実に危険な出来事の連続の末に生きながらえているわれわれ人類というものは、これまた何という運の良い存在かという気がする。



(出典) http://www-sys.eps.s.u-tokyo.ac.jp/~tajika/introduction/snowball.html


 それはともかくとして、いったいどんな仕組みで、地球がスノーボールになったのかを知りたいところである。気候モデルによれば、地球環境が安定するのは、上の図で示すように、〔吃江臆髻平泙留上の地球)、部分凍結解(図の左中央の地球)、A患綸犒覯髻平泙留Σ爾涼狼紂砲裡骸鑪爐あるという。それぞれ、”慌呂全くない状態、∈の地球のように、北極と南極にだけ氷がある状態(間氷期)、4袷瓦淵好痢璽棔璽襦Ε◆璽江態に対応する。本当は、この気候モデルに、物質循環モデルというべきものを組み合わせ、その原因や過程,全球凍結状態からの回復過程などについての解明が望まれるところである。

 素人的に考えても、地球上の氷の面積が増えれば、氷が太陽光を反射するようになって、ますます気温が下がるようになり、海流もその動きを止め、ついにはスノーボール・アース状態に陥る。いったんそうなると、地上や地表近くの生物が絶滅してしまうので、生物由来の二酸化炭素やメタンなどの温暖化ガスが一切なくなってしまう。しかし、長い期間が経過すれば、火山など、マグマから排出される地中由来の二酸化炭素やメタンガスの量が次第に増加することから、温暖化現象が徐々に効果を表すようになって、氷が溶けだし、やがては間氷期へと移行する・・・などというメカニズムは、わかるような気がする。しかし、なぜ地球上の氷の面積が増えての全球凍結解になるのかというところが、特に知りたい疑問であるが、答えは出ていない。このように、まだまだ解明すべき点が残っているが、田近英一准教授は、それを研究しているとのこと。頑張っていただきたい。

 いずれにせよ、このようなスノーボール・アース状態がもし本当に生じた場合には、陸上だけでなく、海中で生きる生物にも多大な影響を及ぼすに違いない。おそらく、生物の大半は絶滅し、種の生存や進化にきわめて深刻な問題を投げかけるであろう。田近英一准教授によれば、実際のところ、原生代後期においては、光合成を行うシアノバクテリアのような原核生物だけでなく、緑藻類などの真核生物が、このような極限環境を生き抜いたことを説明しなければならないので、それをどうするかが大変大きな問題となっているという。一方,最後のスノーボール・アース化(約6億年前)の後,地球最古の多細胞生物ではないかと考えられているエディアカラ生物群が現れ、その後のカンブリア期の生物の種の爆発的増加につながったことからすると、重要な生物進化と何か関係があるのではないかという可能性も指摘されているという。

 ははぁ、われわれのご先祖は、ひょっとして海洋の1000メートルの氷の下で、細々と何百万年の耐えしのいだ真核生物だったのかもしれない。何にせよ、忍耐と環境への順応は、大事ではあるが、それにしても、これは度が過ぎている・・・。面白い話だった。



(2008年11月12日記)
カテゴリ:徒然の記 | 16:47 | - | - | - |