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徒然117.気に入った年賀状


 12月末に、ばたばたと年賀状を書き……というか、ありていにいえば、年々簡略化した結果、今年はちょいちょいとデザインしてから、それを1日でサッと印刷を終えたものだが……、ゴムバンドで留めたその厚い束をドサリとポストに投かんして、ほっとした。良くいえば便利に、悪くいえば安易になったものだ……。

 まあ、それはともかくとして、それから2週間経って、温かい炬燵にすっぽり入り、皆さんからいただいた色々な年賀状をひとつひとつ、めくっている。ああ、あの人は、今ここに移ったのか、ますますご発展の様子だ。ほおほお、初孫誕生だって、そんな歳なのか、あの人は……、この年賀状のデザインはとてもいいなぁ、あれあれ、これには「もう歳のため、年賀状はこれにて失礼」などと書いてある。ははぁ、しばらくお会いしなかったと思ったら、ご病気だったんだ……などと、友人知人・先輩後輩・親類縁者の近況を知ることができる、誠にうれしい至福の時を過ごしている。

 ひとしきり、それを見た後で、今度は五十音順に並べ直す。それから、年賀状ソフトの「筆まめ」を開いて、住所や電話やメール・アドレスを確認し、ひとつひとつの年賀状に書かれている「一言」を打ち込んでいく。その過程で再び皆さんの近況を目にすることになる。おっと、あの人は、もうお子さんが大学生だとか……、先日会ったときはまだ中学生だったなのに……。最近は、転居しましたという人が多い、それも郊外の一軒家から都心のマンションというケースばかりだなぁ……、いつもは多弁で多筆の僻のあるあの後輩は、転職してから苦労されているようで、何にも書いていない。それとも忙しいのかなぁとか……、いろいろと感ずるところが多い。まさに、送られてきた年賀状の数だけの人生がある。それが終わると、絵柄が面白いものを抜き出し、スキャナーで読み取って保存する。年初恒例となっているいつもの一連の作業である。

 その中で、これは良い図柄だと思ったのは、親子4頭の牛の絵の上に、「幸せいっぱい降りつもる年になりますように」と書いてある冒頭の年賀状で、ほのぼのとしている。いったい誰からの年賀状かな、これは?と思ったら、なんと私の息子からだったので、びっくりした。親子そろってセンスが同じなんだと改めて確認したようなものだ。

 次に、下にある2枚の年賀状に、感心した。左にあるのは、「知の市場」というサイトに関するものだが、ブルガリア、ノルウェイ、エストニア、シリア、トルコなどの子供たちの写真が描かれている。かわいいなぁ、あの人、こんなところに行ったのか、今度あったら聞いてみよう。次に右にあるのは、アートオブダイニングチャリティー、仙台楽天開幕戦、ロンドン・ハイドパーク、直島、江戸東京博物館、大阪Xボールの写真で、こちらは差出人の彼が見に行ったに違いない。私とは、かなり行動範囲が異なるけれども、珍しいところに行って写真を撮るという点では、全く同じ趣味だといえ、ますます親近感を持った次第である。




 そのほか、ここには紹介しにくいが、和歌を12首も毎年書いてくる友達や、自作の多色刷り版画を載せてくる人もいて、それらが年々うまくなっていくところがすごい。どちらも今年の分は、プロはだしである。和歌集やら版画集でも出版できそうである。

 また、この人たちとは別の友達で、もともと多趣味で有名な人の年賀状には、歌舞伎の声掛け、「いよーっ!成駒屋!」というアレであるが、役者を振り向かせるほどの腕となったと書いてあった。それだけでなく、歌舞伎の本まで書いてしまったって……、いやいや細かい字だがもっと書いてある……。上海・蘇州・紹興・杭州、台湾のほか、国内では長野、広島、山形、宮城の温泉……、温泉スタンプが一杯になったって!酒の趣味の雑誌や、ワインと旅の会をも主催している!やっと今年中に定年を迎えるが、生活の大きな変化はないようだ。いったい何なんだ、この人の趣味の多さといったら……世間の俗事にまだまだ縛られそうな私としては、本当にうらやましい限りである。

 4年前に、私が結婚式の主賓に招かれた彼からも、家族写真付きの年賀状が来た。花嫁が、実は私の家内と同じ名前だったので、特に印象が強かった結婚式だったのだが、いやまあ、奥さまそっくりのかわいい顔をした女の子が写っている。いやいや、夫婦仲良くて、誠に結構である。これだから、インターネット時代となっても、従来通りの年賀状は、なかなか捨てたものではないと最近思うようになった。



(2009年1月8日記)
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