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徒然121.執行猶予付き死刑判決
 改革開放によって市場経済の渦の中に突然に放り込まれた感のある中国では、拝金儲け主義が横行して、近代的商道徳など最初から持ち合わせてないのではないかと思う事件が頻発している。その中でも極めつけだったのが、メラミン汚染の粉ミルク事件である。牛乳中のたんぱく質が十分にあるように偽装するため、ミルクに有害物質メラミンを混入させた。それを使って粉ミルクなどを製造し、中国全土に販売したというものである。これを大手粉ミルク・メーカーがすべて行ったために被害は甚大なものとなった。一説によれば中国で乳幼児29万人余りが腎臓結石を患うなどの健康被害を受け、そのうち11人が亡くなったという。昭和28年に日本で起こった森永砒素ミルク中毒事件を彷彿させるこの中国の事件では、関係したミルク・メーカー22社の計60人ほどが逮捕されている。中国の食の安全に対する懸念を、世界に強く印象付けた事件となった。

 このたび、その一連の事件のうちで最初の判決が言い渡された。読売新聞と新華社によれば、河北省石家荘市中級人民法院(地裁に相当)は、1月22日、メラミン入り原料の粉を製造・販売し、公共安全危害罪などに問われた業者2人に死刑、1人に執行猶予付きの死刑判決を言い渡した。また、事件の発端となった粉ミルクを製造し、劣悪品生産・販売罪に問われた同市のメーカー「三鹿集団」の田文華被告(66)を無期懲役とし、法人としての同社に罰金約4900万元(約6億4000万円)の支払いを命じた。三鹿集団は、メラミン混入を知っていながら、粉ミルクの生産・販売を停止せずに放置して、被害を拡大させたという。

 正義の鉄鎚が下されたというわけであるが、不思議に思ったのは、「執行猶予付きの死刑判決」というものである。日本の刑法では、次のようになっていて、もちろん、死刑については執行猶予制度はない。だから日本の法曹関係者の感覚では、「2年間の執行猶予期間が過ぎたら、刑務所に入らなくてすみ、無罪放免なのかな? それはいかにも変だな?」ということになる。


   日本国刑法

 (執行猶予)
第二十五条
 次に掲げる者が三年以下の懲役若しくは禁錮又は
 五十万円以下の罰金の言渡しを受けたときは、情状により、
 裁判が確定した日から一年以上五年以下の期間、その執行を
 猶予することができる。
 一 前に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
 二 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあっても、その執
  行を終わった日又はその執行の免除を得た日から五年以内
  に禁錮以上の刑に処せられたことがない者
 前に禁錮以上の刑に処せられたことがあってもその執行を
 猶予された者が一年以下の懲役又は禁錮の言渡しを受け、情
 状に特に酌量すべきものがあるときも、前項と同様とする。
 ただし、次条第一項の規定により保護観察に付せられ、その
 期間内に更に罪を犯した者については、この限りでない。


 そんなことは、あるはずがないだろうと思って、中国の刑法を調べてみたら、関係する条文が見つかった。第48条以下に、次のように規定されている(多少、私が意訳している)。要するに、死刑を直ちに執行するまでもないと判断される場合には、当該死刑判決と同時に2年間の執行の猶予を宣告することができ、その期間中に故意による犯罪を犯さなければ、終身刑に減刑されるというのである。それどころか、「顕著な功績があるとき」には、死刑が15年以上20年以下の懲役に減刑されるとする。

   中華人民共和国刑法

(死刑判決)
第48条
 死刑は、極めて重大な犯罪を犯した者に対してのみ
 適用される。刑罰としての死刑を直ちに執行するまでもない
 と判断される場合には、当該死刑判決と同時に2年間の執行
 の猶予を宣告することができる。全ての死刑判決は、最高人
 民法廷について定める法令に基づく場合を除き、最高人民法
 廷に提出され、その認証と確認を受けなければならない。執
 行の猶予が宣告された死刑判決は、より上位の人民法廷にお
 ける決定又は確認を受けなければならない。

(未成年者等の特例)
第49条
 死刑判決は、犯罪を犯した時に18歳以下の者及び
 裁判の時に妊娠中である女性については、適用しない。

(執行猶予期間終了後の減刑等)
第50条
 死刑判決を受けた者が、その執行を猶予された期間
 中に、故意による犯罪を犯さなかった場合、その者に対する
 死刑の刑罰は、2年間の執行の猶予の期間が満了した日に、
 終身刑に減刑されるものとする。この場合において、当該死
 刑判決を受けた者に顕著な功績があるときは、その者に対す
 る死刑の刑罰は、2年間の執行の猶予の期間が満了した日に、
 15年以上20年以下の懲役に減刑されるものとする。
 死刑判決を受けた者が、故意による犯罪を犯した場合には、
 最高人民法廷の認証又は確認の後、死刑が執行されるものと
 する。

(執行猶予期間等の計算)
第51条
 死刑の執行の猶予の期間は、当該犯罪についての最
 終判決が確定した日から起算するものとする。
 死刑判決から減刑された懲役の期間については、死刑猶予
 期間終了日から起算するものとする。


 これは、どういう趣旨の規定かということも、合わせて調べてみた。すると、中華人民共和国成立直後、未だ国共内戦が終息していないという不安定な国内政治の中で、死刑判決が数多く出たが、その多くは政治犯であり、転向や更生が見込まれるこれらの者について直ちに処刑するのは忍びないということで、現在の執行猶予付き死刑制度が生まれたというのである。現在では、重大犯罪や反革命行為を犯した囚人に対して、死刑という脅しの下での再教育や労働改造を行うものであるとされる。

 たとえば、毛沢東の死後、四人組のひとりとして権勢をふるった江青女史には、この執行猶予付き死刑判決が下された。また最近では、汚職の罪に問われた高級幹部についても、しばしば執行猶予付き死刑判決が下されることがある。ちなみに、執行猶予付きの死刑判決を受ける者の数は、一昨年、死刑判決を受ける者の数を上回ったようである。なお、執行猶予付きの死刑判決を受けた者の8〜9割は、最終的に無期懲役に減刑されているとのこと。また、中華人民共和国刑法第50条にある「当該死刑判決を受けた者に顕著な功績があるとき」とはどういう場合かというと、一例をあげれば、捜査に積極的に協力してそれなりの功績があったという場合らしい。



(2009年1月23日記)
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