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植物工場


 お昼休みに霞が関の経済産業省旧館前を通りかかったので、昨日、新聞に載っていた「植物工場」なるものを見てきた。ロビーの一角に、小さな温室のようなものが置かれており、確かにこれがそうらしい。どんどん入って行って近づくと、その中には二つの棚があり、上の棚には自然光近い色の照明が点き、下の棚には赤色光の照明が点いていて、植えられている植物としては、上が苺、下がレタスのようである。この温室の棚の手前には液晶画面があって、それがしょっちゅう切り替わり、照明の状態やら養液の量やらの画面が入れ替わり立ち替わり目まぐるしく現れては消えている。ははぁ、これだな・・・。説明があって、こんなことが書かれている。

植物工場とは、施設内で、植物の生育に必要な環境を、LED照明や空調、養液供給等により人工的に制御し、季節を問わず連続的に生産できるシステムです。以下のような魅力があります。
  1年中安定的に生産できます。
  工業団地・商店街の空き店舗等農地以外でも設置できます。
  多段化で土地を効率的に利用できます。
  自動化や多毛作で高い生産性を実現します。
  形や大きさ、品質が揃うので、加工が容易です。
  栄養素の含有量を高めることが可能です。
  無農薬で安全・安心。無洗浄で食べられます。

 ただし、普及に向けた課題もあり、今後の取組が必要です。
  コストダウン(施設整備、エネルギー)
  栽培技術の確立(先進地域オランダの半分以下に留まる生産性の向上)と人材育成
  専用品種の開発や対象作物の拡大
 」

 そして、「経済産業省は、消費者、事業者、自治体関係者等の「植物工場」の普及・広報の一環として、本年1月22日(木)より、経済産業省庁舎別館ロビーに「植物工場」のモデル施設を設置しています。この「植物工場」を当省において広くご紹介する機会を通じて、最先端技術による農業生産へのご理解を深めて頂ければ幸いです。」とのこと。なるほどねぇ・・・。




 この温室を眺めれば眺めるほど、何か不思議な気になってくる。だって、あんなドギツイ赤い色の照明で、あれほどおいしそうなレタスが出来るものなのか・・・とか、学生時代に習った植物発芽の三要素つまり水と酸素と温度があり、芽が出た後は光と水と適度な養分があれば、植物ってこんなに育つものなのか・・・とか、外部の環境に曝されないから確かにこれだと、「無農薬で安全・安心。無洗浄で食べられ」るというのは、ホントなんだとか・・・、思いは尽きない。そのうち、考えがまとまらなくて、ひょっとして、近未来の宇宙船の中を覗いたら、こんなクラクラと立ち眩みがするような気分になるものなのだろうか・・・という気になってくる。

 しかし、その下に書いてあったものを読んで、たちまち現実に引き戻された。それには、こうあったのである。

経済産業省に設置される植物工場

  諸元:横3.6m×奥行き3.6m×高さ3m
  設備投資費用:600万円
  運営コスト(水道光熱費):10万円/月
  (水道光熱の利用量に応じ変動します。)
  栽培作物
   イチゴ:蛍光灯で栽培。
     1年あたり100パックの生産量。
     苗から出荷まで4ヶ月。
   レタス:LEDで栽培。
     1ヶ月あたり40株の生産量
     年間8毛作
       」

 これを5年で償却、金利はゼロと仮定しよう。そうすると、1年当りの減価償却費120万円、これに1年間の水道光熱費120万円を足し合わせると、合計240万円の支出となる。もちろん人件費は省いてある。これに対して、苺の生産が1年あたり100パックの生産量というわけであるから、この工場ではレタスをやめてすべて苺を栽培すると年間200パックが出来るので、1パックの値段は、なんと12,000円となる。1パックに苺が20個入っているとして、苺1個の値段は、600円! ああ、これじゃあ・・・としか言いようがない。せめて、その10分の1くらいにならないものか。これでは、将来、有人火星探査船を送る場合などに宇宙船内で使うしか、まともな使い道が思いつかないではないか。それとも、この地球の地上において、経済性の範囲内に収まるように、こういうシステムの使い道を探るとすれば、これからかなりの工夫が必要であろう。たとえば、こんな案があり得る。

 もう20年近く前のことになるが、東南アジアで、「もやし」工場を作ろうとしていた企業家がいた。もやしというのは、タイ産の雑豆を発芽させて作るようだ。発芽だけだから、育てるための光や養分はいらない。だから、プラントの入口に雑豆をドドッと流し込み、そのあとは、自動的に動くコンベアか何かの仕掛けの上で豆が発芽し、何週間か何ヶ月かは知らないが、一定期間が経ったらそのプラントの出口から、もやしが入った製品の袋がポトンと出てくるという仕組みである。これは、うまいことを考えたものだと感心したことがある。その後どうなったかは聞いていないが、東南アジアの特に中華料理店では、もやしを大量に使うので、需要先は多い。もともと熱帯地域なので気温は1年中を通じてほとんど一定である。したがって、たぶんうまくいっているものと思う。これは、「育てるための光や養分はいらない」というところがミソである。こういう種類の植物を選ぶなら、ランニング・コストが安くなる。

 あるいは、苺やレタスなどの安い野菜や果物を扱うのではなくて、熱帯性のフルーツマンゴ、メロン、マンゴスティン、ジャックフルーツなど、もっと高く売れそうな果物に的をしぼるのも、一案である。もっとも、果物では1年に何毛作もできないかもしれないが、品種改良やら人工的な季節調整で、何とかならないものか。

 蘭の栽培のような趣味的な分野から入るのも良いかもしれない。愛好家の世界は、奥が深く、かつ熱狂的なので、コンパクトな設備で環境を完全に調整してくれて、手間暇を大いに省いてくれるとなると、これはうれしい知らせである。たとえば、蘭の中には、平地で大人しく咲くというものばかりではない。
2005年の世界らん展では、デンドロビューム カスバートソニー "ゴールド マウンテン"という蘭が大賞を獲得したが、聞くとこれは、ニューギニアかどこかの霧の多い高地でしか咲かない花なので、栽培するときには冷蔵庫に入れたりして、たいそう苦労したそうな。まあ、これは極端な例だけれども、こんな風に、自宅に置けるようなコンパクトな設備で栽培環境を自由自在に変えられるものならば、飛びつくマニアは大勢いると思う。

 とろこで、この種のものは、単に水や養分のような機械的システム管理がうまく行ったとしても、相手は生きている植物であるから、育種その他の農業技術の知識と工夫が伴わないと、なかなかうまくいかないのではないかと思う。単品生産で、東京の近郊に大工場を建て、大規模なレタス栽培に乗り出したりたとしても、病害虫やウィルスに一斉に侵されたりすれば、それこそ一巻の終わりである。少し大袈裟かもしれないが、アイルランドでは、19世紀半ばに主食のジャガイモが胴枯れ病によって壊滅的打撃を受け、チフスの流行もあって人口の4分の1の200万人が死ぬか海外移住したという事件を思い起こさせる。いかに病害虫フリーのシステムといっても、ウィルスの侵入を確実に防ぐことは困難である。現在の農業も、病害虫や災害に対応して、強い品種の育種と改良を積み重ねてきたわけであるから、このシステムにも、そういった技術と努力の蓄積が必要であろう。



(2009年1月28日記)
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