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徒然123.防災か、杞憂か
「地下鉄等の浸水シミュレーションについて」より


 春秋戦国時代の人、列御寇の著書に「列子」八巻というものがある。その中の「天瑞」の巻にある話として、杞の国のある人が、いつか天が崩れ落ちてくるのではないかと心配して、食事も満足に出来ず、夜も眠れずにいたという寓話がある。これをもって、あり得ないことについて、取り越し苦労をしたり、無用の心配をしたりすることを「杞憂」又は「杞人の憂」というようになったという。

 そういう意味では、この世の中は、あらゆる杞憂に満ち満ちている。たとえば、関東大震災が近いのではとか、東京を対象とするテロがまたあるのではないかとか、パンデミックな猛威をふるう鳥インフルエンザの発生が間近に迫っているのにワクチンの供給や治療体制がなっとらんとか・・・その他、いろいろである。いずれも、杞憂といえばそうなのだが、それでも、「天が崩れ落ちてくる」ようなことはあと少なくとも50億年はない(※)というが、そんな文字通り本物の杞憂よりは、こういう災害は案外身近に迫っていて、いつかは間違いなく起こるはずである。

 そういう、いつかは必ず起こりそうな災害として、終戦直後の狩野川台風のような大雨被害が起こった場合には東京都内の荒川の堤防が決壊し、地下鉄97駅が水没するという衝撃的な内容のシミュレーションが公表された。これは、1月23日に中央防災会議で検討されたものである。すなわち、同会議の
「大規模水害対策に関する専門調査会」においては、大雨によって東京都内で荒川の堤防が決壊した場合について、地下鉄の浸水被害想定をとりまとめた。それによると、高さ1メートルの止水板を地下鉄の入り口に設置したり、一部に防水ゲートを設けたりするという現在の止水対策だけでは、17路線97駅(延長約147キロ)がほぼ水没する可能性があり、しかも、決壊後わずか数時間余りで都心の大手町駅などの駅に水が流れ込む場合もあることが判明した。つまり、地下鉄はトンネルで迷路のようにつながっているので、そのトンネルを通じて、水があっという間に都心部まで入り込むというのである。

 想定の対象は東京メトロ8路線(副都心線を除く。)、都営地下鉄4路線、JR京葉線、京成押上線など計22路線137駅で、延長約215キロである。200年に1回の頻度で発生する恐れがある大雨(流域の平均雨量が3日間で約550ミリ)を想定した。この前提で東京都北区の堤防が決壊した場合、現在の止水対策(大部分の駅では出入り口に高さ1メートルの止水板を設置するのみ。防水扉、防水ゲートがある駅やトンネルは一部にとどまる。)では決壊後12時間で東京や大手町など66駅、15時間で銀座や霞ケ関など89駅が浸水すると判明した。3日後になると被害はさらに拡大して、17路線97駅、延長約147キロが浸水し、うち17路線81駅、延長約121キロは完全に水没し、残りの16駅もほぼ水没する。復旧には、少なくとも三ヵ月はかかるという。

 ハリケーン・カトリーナによる高潮災害、ミャンマーを昨年襲ったサイクロンをはじめとして、近年、世界的に大規模水害が多発している。我が国でも、豪雨の発生頻度が近年増加傾向にあるというから、なかなか恐ろしい話である。

 それにつけても、こういう話を聞くと、私の世代の人間は、名古屋を襲った
伊勢湾台風のことをついつい思い浮かべる。昭和34年9月26日、伊勢湾台風は、名古屋市南部を水浸しにし、5,098人の死者行方不明者を生んだ。あの平成7年の阪神淡路大震災の被害者数ですら6,432人であるから、これは台風としてはとんでもない甚大な被害をもたらしたものといえる。しかし、名古屋どころか、東京のような一千何百万人も住んでいる地域が大規模な水害に見舞われたりしたら、その比ではあるまいと考える。

 現に冒頭の図をみると、決壊個所がある北区は無論のこと、足立区、荒川区、台東区、墨田区、江東区は、水深が2〜5メートル水没するところがほとんどである。しかもここは、人家まばらな平原などではなくて、世界でも有数の人口密集地である。この線まで水没するとなれば、一軒家の場合には、平屋建てはもちろんのこと、水流の勢いによっては三階建てでも危ないと思われる。住民は、警報を聞いた瞬間、四階建て以上のコンクリートの建物に避難する必要がある。


「地下鉄等の浸水シミュレーションについて」22頁より


 いや、それどころか、商業の中心地たる銀座のある中央区も、この図だと1〜2メートルの水没に見舞われ、日本のビジネスの中枢が集中している大手町、丸の内、日比谷、有楽町、虎ノ門なども、1メートルないし50センチも水没だ・・・それを時間軸に沿ってシミュレーションしたのが、上の図である。千年に一度の大洪水が起こる。午前0時に荒川土手が決壊する。そうすると、千代田線では午前4時11分に、水が町屋駅の地上から地下鉄トンネル内へと侵入する。5時26分・西日暮里→8時43分・千駄木→8時49分・根津→9時25分・湯島→9時52分・新お茶の水→10時39分・大手町、ここで東西線からも水が侵入する。両線を繋ぐあの連絡通路は完全に水没するだろう→10時38分・二重橋→11時16分・日比谷→12時37分・霞が関→13時45分・国会議事堂前→14時09分・赤坂、という順に水につかっていく計算になる。

 水の高さが最大5メートルまでになるということであれば、トンネル内はもちろん、駅の設備も何もかも、完全に水没するだろう。これは、大変なことだ。地上にいるのならともかく、地下にいるときに、水が一気に流れ込んで来ると、逃げようがない。以上は地下鉄のトンネル内についての話だが、東京駅や銀座の地下には、大きな地下街があるので、たまたまここにいる人は、気を付ける必要がある。

 ちなみに、小心者の私としては、自分の家はどうなのだろうかと気になって、冒頭の地図を拡大して見てみた。文京区で千代田線の沿線にあるが、この地図を見る限りでは、白い地域となっているので、荒川を溢れ出た水の魔の手からは何とか逃れられそうだ。しかし、私の地域に集中的に雨が降れば、それだけで水がつくおそれもあるし、水没した地下鉄の駅から、水がごぼごぼと湧いてくるかもしれない。杞憂であればよいが、防災の意識だけは、そうそう簡単に、水に流して忘れ去るというわけには、いかないようだ。




(2009年1月29日記)

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