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徒然139.宮島の鹿
世界遺産宮島厳島神社の鳥居


 昨年9月に、家内と中国地方に旅行に行き、呉と広島の後,宮島に立ち寄った。宮島では、船着き場からの厳島神社本殿に歩いていく道すがら、2頭の野生の鹿に出会ったが、そのうち1頭は石灯籠の元で疲れてへたり込んでおり、もう1頭は鉄パイプの柵で囲われている参道中の木の葉を、上からのしかかるような姿勢で立ち上がり、無理して食べていた。どちらも、体が痩せ細っていて、何か妙だなと思った記憶がある。ところが最近、この世界遺産宮島の鹿をめぐって大きな論争があることを知ったのである。

 もともと宮島には、推古元年(593年)に厳島神社の社殿が佐伯氏により創建されて以来の古い歴史があり、とりわけ平安時代には平清盛の厚い信仰を得て、大いに繁栄した。平家が滅んだ後も、鎌倉幕府、室町幕府、それに地元の領主、また豊臣秀吉からも庇護を得てきた。人が住み始めたのは鎌倉時代からのようであるが、それも現在、神社のあるごく狭い地域に限られていたらしく、島のほとんどは、神がおわす神聖な区域として、太古のまま保存されてきたという。その結果、他の地域では見られないほど豊かで貴重な自然が残されている。


石灯籠の元で疲れてへたり込んでいるかわいそうな鹿


 そのひとつが野生動物で、鹿、猿、狸のたぐいがいる。そのうち鹿は、もちろんニホンジカで、島内には約500頭、そのうち街中には約200頭が生息しているといわれる。私たちが見たのは、こうした街中の野生鹿だったのである。宮島観光協会のHPによると、「約820年前に宮島を訪れた西行法師の『撰集抄』に、宮島には鹿が多いと書かれています。江戸時代の厳島図絵や宮島絵図にも鹿が描かれています。また様々な文人や僧などが訪れ、旅日記に鹿のことが書かれています。」とある。まあ、生来、鹿は草食動物だし可愛いので、ここ宮島で人間と共存してきているという意味では、奈良の春日大社の鹿と同じなのだろう。

 ところが、最近、その街中で見かける鹿が危機に瀕しているというのである。廿日市市が設立した
「宮島地域シカ対策協議会」の次の文書を見ていただきたい。

 「昔から宮島地域に生息する鹿は、野生動物ではありますが、保護条例などの制定により住民に大切に扱われてきた歴史があり、住民とともに暮らしてきました。しかし、近年給餌などによる人為的関与により、市街地に定着する鹿が増加し、観光客のみならず、住民の日常生活にも大きな影響を与えるような様々な問題が生じるようになりました。そこで、平成10年5月に旧宮島町は『宮島町鹿対策協議会』を発足させ、より良い解決策を協議してきましたが、問題の解決には至りませんでした。廿日市市に合併後、平成19年11月には広島県により島内全域を対象にしたニホンジカの生息状況等の調査が実施されるとともに、市により住民の鹿に対する意識調査を実施し、鹿による各種問題の解決に向けた協議を行うため、学識経験者、地元関係者等を委員とし、国・県のアドバイザーにより編成した、廿日市市宮島地域シカ対策協議会を立ち上げました。平成20年3月に第1回の協議会を、同年6月には第2回の協議会を開催しました。今後は、この協議会において、宮島におけるニホンジカの生息状況等調査検討報告書の最終結果及び被害状況や住民の意識変化の分析を基に、『人間と鹿の共存』を目指して、宮島地域シカ保護管理対策のガイドラインを作成してまいります。」ということで、平成20年9月29日に開催した、第3回廿日市市宮島地域シカ対策協議会により、宮島地域シカ保護管理ガイドラインが承認された。「今後は、このガイドラインに基き本年度の事前調査を踏まえて、本市が主体となり、国・県との連携並びに住民や観光客、そして専門家・ボランティア団体との連携等による、行政と地域が一体となった保護管理対策に取組んでまいります。」としている。

 これらを読むと、近年、観光客が鹿せんべいなどの食物を与えるようになり、また市街ゴミなどからも餌が容易に手に入ることから、街中やそれに接する山麓地に鹿が集中するようになったという。ゴミの中には消化不良を起こすものもあることから、最近は鹿の栄養状態が悪化している。そこで、お腹かがすいた鹿と、観光客や地域住民とのトラブルが増加し、市街地の樹木の樹皮や農業への被害も増えるなどの弊害が目立ってきた。そこで、宮島町が打ち出した対策は、要するに「餌やり」の禁止、特に鹿せんべいの販売中止である。これで、街中の鹿の数が年間50頭ほど減少しているという推定もされているが、これが本当だとしたら、もともと街中の鹿の数は200頭といわれていただけに、これは相当な割合となる。だから、われわれが行った昨年9月時点で、地面にへたり込んでいる鹿がいたわけである。

 なんでも、昭和55〜62年の間、街中の鹿を山中に返すために給餌を行ったが、かえって街中の鹿の数を増やした結果となってしまったという。したがって今回は、どういう形にせよ、給餌は行わない方針ということらしい。まあしかし、その結果として、街中で栄養不良でフラフラの鹿をよく見かけたり、強引に食物をあさっている鹿を見るということになる。個体を減らすということは、当然、何頭かの鹿の自然死・・・実は人工死・・・を待つということになると思うのだが、見方によっては、動物虐待と言われかねないところである。

 だいたい、長い間、街中で育って観光客からもらう鹿せんべいで代々食いつないで来た鹿たちが、ある日突然、「あんたは元々、野生の生き物なんだから、もう鹿せんべいをあげないことにしたので、さっさと山へ帰って行きなさい」といわれても、そりぁ、生活に困って途方に暮れるに違いないと思うのは、私だけではないだろう。野たれ死にせよといわれているようなものである。こういう点、廿日市市や環境省は、どう考えているのだろう。

 ちなみに、奈良の鹿の場合は、財団法人奈良の鹿愛護会というものが作られていて、「‘猯匹亮の保護呼び掛け、⊃佑伴との事故を防止、傷ついた鹿を救助・治療、せ猖瓦靴深の収容とその原因究明」などを活動内容としているらしい。こういうように、純粋に動物愛護的観点から活動できれば、いうことはないのだけれども、たとえば青森県などでは、野生の猿が増え、農作物が荒らされてたいそう困っている。そういう場合、環境省の許可を得て捕獲しているそうだ。

 人間の住みかと野生動物の生息域とが交わると、常にこういう問題が見受けられるが、総じてその地域に住んでいない人は、動物がかわいそうだと思い、住んでいる人は、地域や自分の生活をどうしてくれるという気持ちから、野生動物の個体数の調整をしてほしいと思う。この関係は、捕鯨問題にも通じるところがある。立場の違いとはいえ、この差は、なかなか埋められない。

 それで、あなたはどちらなんですか?と聞かれると、そりゃあ、いまは都会に住んでいるから、「ああ、動物がかわいそうだ」と、いつも思っている。これは本当の気持ちである。でも、被害を受けている地域の被害者の立場になると、つい最近、財政再建派からケインジアンに転向した財務大臣がいたが、それと同じように私も「宗旨変え」をするかもしれない。これこそ、君子豹変のたぐいである。



(2009年5月14日記)
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