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徒然140.最初の陸生脊椎動物
イクチオステガの骨格。内臓を保護するための肋骨があり、体を支えやすいように、足が真下に出ているところに注目したい。(出典) Palaeos


 あれは確か2004年のことだったと思うが、NHKで「地球大進化46億年・人類への旅」という番組があって、最近進展が著しい古地球学や古生物学の知識を盛り込んだ地球の歴史が6回に分けて放送されていた。NHKアーカイブズでDVDになっているが、それによれば、「『母なる地球』と思われてきたこの星は、大変動を繰り返す『荒ぶる父のような星』だった。大量絶滅を生き延びた生命は、多様な種を分化させることで地球の激しい環境変動に対抗してきた。恐竜絶滅後、ほ乳類は厳しい生存競争を勝ち抜き、勢力を拡大。私たちヒトの祖先が、脳の発達と言葉の獲得によって繁栄の道を切り開いていくまでを描く。

 第1回 生命の星     〜 大衝突からの始まり
 第2回 全球凍結     〜 大型生物の誕生の謎
 第3回 大海からの離脱 〜 そして手が生まれた
 第4回 大量絶滅     〜 巨大噴火がほ乳類を生んだ
 第5回 大陸大分裂    〜 目に秘められた物語
 第6回 ヒト         〜 果てしなき冒険者
           」

 それぞれについて、最新の研究結果が盛り込まれていて、なかなか興味深いものだった。たとえば地球全体が凍結してしまった第2回「全球凍結」などは、スノーボール・アース仮説として、東京大学でも田近英一准教授が研究しているテーマである。

 それに加えて、第3回「大海からの離脱」という回の放送では、人類も含めて現在の脊椎動物の起源つまりご先祖となったのは、魚類から進化した陸生動物で、それはデボン紀後期に生息していた原始的な両生類であるアカントステガ(Acanthostega)であるという説明があった。実はこれも初耳で、その山椒魚のような肢体とともに、その妙な名前が記憶に残っていた。ところが、最近の科学雑誌サイエンスに寄稿された研究によると、魚類から進化した最初の陸生動物は、アカントステガではなくイクチオステガ(Ichthyostega)だったというのである。

 これら二つの古生代両生類は、約3億6700万〜3億6250万年前(デボン紀の最末期であるファメニアン期)に、現在のグリーンランドで生息していた原始的な四肢を持った脊椎動物である。デボン紀といえば、その直前のシルル紀(最初の陸生植物が生まれた時代)とその直後の石炭紀(温暖で植物が繁茂した時代)の間にあった地質年代で、「魚の時代」といわれている。その時期に海中で大いに繁栄した魚の中から四肢を持った両生類が出て、それが最初の陸生脊椎動物となった。さきほどの研究は、イクチオステガの腕骨を分析した結果、イクチオステガの筋付着部の発達過程のパターンからして上腕骨の位置が成長するにつれて変化していたようで、どうやら幼い時期には水中で過ごし、大きくなってからは陸上に移動していたようなのである。その意味で、アカントステガよりは魚類に近い陸生動物だといえると結論付けている。

 私が仕事にしている法律学の分野は、私の学生時代と比べてみると、特に憲法関係の判例が増えたことが目立つ程度で、(批判を承知で大胆に言ってしまえば)、実はさほどの学問的進展はない。もちろん、法律の数は倍増したし、判例や学者の論文も毎日毎日積み上がってきてはいるものの、内容が激変してとても追いつけないなどと感じたようなことは一度もない。したがって、40年前に勉強した知識を日々継続的に補い、こねる理屈のブラッシュアップを図っていくだけで、今もって時代の流れに十分に対応することができていると信じている。

 ところが、このような地球の歴史を解明する古生物学や生命起源論、あるいは宇宙の姿を研究する素粒子論や宇宙論など自然科学の分野では、最近はまさに激変ともいえる大変革が相次ぎ、とても追いかけられない・やっていられないと思えるほどに、学生はもちろんに専門家とってすら最新の内容の把握が本当に大変な時代なのではなかろうか。現にこうした分野の高校教科書は、私が高校で勉強した40年前と比べても、既にその内容に大幅な改訂が加えられている。そういえば、自然科学だけでなく縄文と弥生の年代やその文化区分など、日本の歴史も根底から覆っているようだ。私も近く還暦を迎えることだし、こうした最新の諸学問の勉強も、改めてやってみたい気がする今日この頃である。

 しかし、40年前と比べていろいろな分野でこれほどの知見の進歩があったのだから、あと半世紀くらい生きていれば、想像もつかないほどの進展があるのかと思うと、これからはなるだけ長生きして、こうした学問的諸課題の行く末を、自らの目で確認したいと思えてきた。ええ、何ですと? 回りに迷惑だって? いやいや、私の実感では、最近では生物的年齢の7掛け程度が社会的年齢である。だから、120歳×0.7=84歳 というのが、あの世に行くのにちょうど良い年ではないかと思っている。

 それにつけても思うのであるが、最近巷に流行っている老人ホームでは、私の両親もそれを見てアホらしいと嘆いているように、まるで幼稚園児を相手にしているがごとく、未だもってチィチィパッパのような下らないお遊びばかりをやっている。老人の中でも、恍惚の人ばかりでなく、比較的健康でインテリジェンスの高い層がある程度いるのであるから、そういう人たちが入って知的好奇心を十分に満足させることができるような、そのようなインテリ向けの老人ホームを作れないものかと思っている。たとえば、一部のアメリカの大学で実際にやっているように、大学の構内に老人ホームを作り、自由に講義を聴講できるとしたら、楽しい老後が待っているという気がするのである。



(2009年5月15日記)
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