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光宙と夜露死苦
 昨年の2月18日、吉徳ひな人形から出されている『絆』という小冊子を見て、最近の女の子の名前として、愛呂葉(あろは) 、果音(かのん)、想(こころ)、咲彩(さあや)、咲樂(さくら)、苺香(まいか) 、一二三 (わるつ)、七音 (どれみ)などなど、とても読めない名前が増えていると驚いた。

  ところがこの記事からわずか1年と少しの歳月しか経っていないというのに、日本経済新聞2009年5月16日付けの記事(s7)をみると、ライターの福光 恵さんという方が、「近頃の子供たちに多いという名前『イラネーム』というものがあり、親が名付けに凝りすぎて、ちょっとやそっとじゃ読めない名前が増えている」といって、こんな例を挙げていた。

  宇宙     (ナサ)
  天使     (ミカエル)
  光宙     (ピカチュウ)
  綺麗麗   (キララ)
  夜露死苦   (ヨロシク)

 このほか、ネットで調べると、こんな例もあった。
        (ライト)
  悠久     (ユルク)

 こういう名前を付けられた子供が、子供の時代はよいとして、やがて成人し、大人として(たぶん)立派な仕事をし、そしてお爺さんとなる過程で、たとえば「ピカチュウ」さん! 「ヨロシク」さん! などと呼ばれると想像しただけで・・・、ああっ! もう日本もおしまいだという気がするのは、私だけではないと思うが、いかがであろうか。


 もっとも、1993年から翌年にかけて、東京都昭島市の夫婦が自分の長男に「悪魔」という名前をつけようとして市役所に不受理処分にされ、結局のところ名未定の出生届として取り扱われた。そこで、親の命名権を争って訴訟が提起されたが、結局それが取り下げられて「亜駆」と命名され、一件落着したという事件があった。それに比べれば、光宙だの夜露死苦だのという名前はまだマシということもいえそうである。

 しかし、子供の命名という行為は、単に親の趣味の問題というにとどまらず、その子の一生の問題が懸っているということを忘れてはいけない。たとえばこの「亜駆」くんの両親は、その後に離婚し、父親は覚せい剤で逮捕され実刑判決を受けて収監されたことから、かわいそうに「亜駆」くんは、幼稚園の頃から児童養護施設に預けられたということである。つまりは、子供の名前だけでなく養育すらにも責任が持てないような、まあ、その程度の親だったのだろう。



(2009年5月16日記)
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