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ビリー隊長のその後
 私が、ビリーズ・ブートキャンプなるエアロビクスのテレビ通販の宣伝を見て、「これは面白い、ダイエット・ブームだから流行るぞ」と思ったのはわずか二年前の5月20日である。それからすぐに世界的な爆発的流行をみせ、ビリー隊長がピョンピョン跳ねまわっているビデオは、一説によると全世界で累計で1000万セット以上を販売したといわれている。他人の財布の中身を言い当てるようで誠に恐縮であるが、1セットの印税がを少なく見積もって500円としても、ビリー・ブランクス隊長には、ざっと50億円もの大金が転げこんだのではないかという皮算用だと、誰かに聞いたことがある。ほんの数年で、一介のアメリカ海兵隊の軍曹から、大金持ちになったというわけである。

 私は、たいへん良いことだと思う。だいたい、新兵訓練のように、一般社会ではほとんど評価されないような仕事を黙々とこなしていて、ああ、これはダイエットに使えると気付きビデオを作って売りだしたところ、大当たりしたというわけだ。もしこれがなかったとしたら、おそらく貧しい家に生まれたであろうこのビリー・ブランクス隊長は、平凡な海兵隊勤務を終え、市井の片隅で、ひっそりと生きていたことだろうと容易に想像できるところである。そういう人が、これを「スター」というのが適当かどうかはよくわからないが、たった1本のビデオで一躍有名人となり、大金も稼げたというわけであるから、世の中、なかなか面白いものである。

 2009年5月24日付けの朝日新聞には、ビリー・ブランクス隊長(53歳)へのインタビュー記事が載っていた。ビリー隊長は、「自分は15人兄弟の5番目で、ペンシルバニア州のダウンタウンに生まれた。酔っ払いが家に押し入ってきたり、銃を持った人物が走っていたりという治安の悪い地区だった。父は工場勤務、ごみ広い、車の修理という三つの仕事を掛け持ちして家族を養ってくれたが、ともかく貧乏だった。父はヘラクレスのような力持ちで、しつけも厳しかった。父は23年前に脳梗塞で急死したが、葬式には400人もの参列者があって、教会からあふれたほどだった」という。

 はあ、やはり苦労したのだろうという気がしたが、その後に書いてあったことには、びっくりした。今年1月に大阪の日本人女性と再婚し、日本に永住権を申請中で、近く大阪でスタジオを開くというのである。つまりこれまでの彼の人生を整理してみると、貧乏な生まれ → 海兵隊軍曹 → ダイエット・インストラクター → 大金持ち → 日本人と再婚 → 大阪でスタジオ経営というわけである。これこそ、数奇な人生そのものではないだろうか。2年前、彼の姿をテレビで見かけたときには、考えもつかなかった変わりようである。いやはや、心底驚いたのであるが、人生なかなか捨てたものではないし、世界は意外と狭いという気持ちにもなった。


(参考データ)

 ジョギング ビリー隊長の体型 → 身長183センチ、体重85キロ、体脂肪4%台



(2008年5月25日記)
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