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徒然145.咳との戦いの顛末
 いやあ、あの激烈な症状は、いったい何だったのだろうという感じである。実は、数年ぶりに風邪をひいた。原因ははっきりしていて、お風呂上りに汗が噴き出している状態で、エアコンの冷気が直接当たるところにいて気持ちがよくなり、そのままウトウトとして寝入ってしまったからである。1時間ほどして目覚めた頃には、体は冷え切り、頭が寒くなっていた。あっ、しまったと思ったものの、後の祭りである。

 それは、ちょうど一週間前の日曜日の夜のことだったが、最初の体調の異変は、火曜日頃から始まった。少し喉がひりひりするのである。他にこれといった症状もないので、漢方薬のトローチを舐めていたら、二日ほどして喉の痛みはなくなった。木曜日のことである。ところが、その次の日、金曜日の午前中、何だか体中がだるくなってきた。もう週末だから、休み中にバタバタしても面倒なので、あらかじめ風邪薬をもらっておくかという気楽な気持ちで、オフィス・ビルの中にある診療所を訪ねた。

 受付に看護師さんがいて、名前をいうと、パソコンに打ち込んでいる。そして「あれっ、こちらにいらしたことがありますか?」というので、「いやいや、お医者さんに診てもらうような病気なんて、もう何年もかかっていません」というと、「道理で。いらした記録がありませんねぇ」と言われた。「どうしたんですか?」と聞くので、「どうも、風邪のようです」というと、テルモの体温計を渡された。それを脇の下に差し込み、しばらくしてヒピッと音がしたので引き抜くと、36度1分。ああ、熱はないようだ。

 診察室に入って行くと、40歳代そこそこの小太りのお医者さんがいて、あわてて読みかけのペーパーバックスを置いた。よほど暇だったようだ。症状をいうと、アイスクリームの心棒のようなもので舌を押えて、喉をみてくれて、「少し赤くなっていますが、ま、大丈夫ですね」というので、「市販の漢方のトローチを舐めていたら、よくなりました。でも、まだ倦怠感が抜けないので、PLがあったらいただけますか?」と頼んだ。PLというのは、医局で処方してくれる非ピリン系の複合感冒薬のことである。白くて細かい顆粒状になっていて飲みやすい。一応、主な風邪の症状には有効という触れ込みの、まるで八方美人のような薬だが、その代わり、あまり効かない。まあ、ありきたりの薬である。医者は「PLですか、はいはい。では、トローチはもういいですね?」というので、「もう治まってきたし、まだ、何錠か残っているので、それは結構です」と答えた。

 その薬をもらって、オフィスに戻った。すると、少しだけれど、鼻水が出てきた。困るなぁと思いつつ、仕事をさっさとこなして、その日は居残ることはせずに、早めに帰った。夕食後、PLを一袋飲んだ。すると、困ったことに午後9時を回った頃から、咳が出て止まらなくなった。喘息の患者さんは、発作が起きるとこんなに苦しいのかと思い知らされる。そこを何とかお風呂に入り、手早く体を洗ってすぐに出てきた。それで布団の中に入ったのだけれども、それからが大変だった。息を吸い込むのは難なく出来るのだけれども、吸い込んだ息を吐くと、それが不安定になって、咳が出てしまう。それを咳が出ないようにするには、吐きだす息をいったん止めて、少しずつ吐くと、何とか治まるのだが、やはり何回かは咳が出る。またそれをしないようにするには・・・と試行錯誤を繰り返すが、どうやっても安定しない。体の向きを左手側を下にしたり、右手側を下にしたり、いろいろと変えるのだけれども、やはり咳が出る。思い切ってうつぶせ状態にして肺を圧迫すると、多少はよくなるが、すぐに元の木阿弥となる。

 なかなか、うまくいかないものだ。咳を鎮めるのが、こんなに難しいとは知らなかった。それで、起き上がってお湯を口にして喉にお湯を送り込むと、しばしの間、咳は止まる。家内が、心配そうにこちらを見るのだけれど、何しろ声が出ないので、大丈夫だというように、手首を左右に振って合図をする。そうこうしているうちに、ますます咳がひどくなって、まるで機関銃のようである。「あれ、おかしいなぁ。ひょっとしてあのPLの薬の成分が、アレルギー反応を引き起こしたのかなぁ」と思ったほどである。それくらい、薬を飲む前後の症状の変化が激しかった。

 この症状には、困ってしまうのである。何しろ、息を吸えば、それで咳が始まって、吸い込んだ息をその分以上に吐き出す。すると、胸が痛むので、息を吸いたくなくなる。でも、肺に空気を送らなければ、人間、生きてはいけない。そこで、頭から命令を発して、体に息を吸わせる。吸った空気を吐き出そうとして出て来る咳をこらえようとするのだが、そのためには下腹から肺にかけての部分を意識して締めないといけない。その繰り返しなので、まるで寝ていることができないのである。横に寝ている家内にも、たいへん迷惑をかけた。

 つくづく考えると、これは、頭の中の喉や咳を自動的にコントロールする機能が壊れたのではないだろうか。何しろ、頭で呼吸の一々の手順を考えて、指示しないと体がちゃんと呼吸できないのだから。しかし、息をするといっても、1分間に15回前後なので、そのたびごとに指示するのは、本当に疲れる。もうかなりの時間が経ったのではないかと思ったら、たったの5分間くらいである。なるほど、これでは喘息という疾患が、ときには致命的になる理由がよくわかった。

 そんな調子だから、もちろん眠れない。咳が出てとまらなくて眠れないなどということは、生まれてこの方、初めてである。しかし、夜中だし緊急性があるわけでもないので、医者に診てもらうわけにもいかない。このまま頑張り、明日まで待って、咳止めの薬を買ってきて飲もうと決めた。それからは、咳が出そうになると止めるという同じことの繰り返しで、いや本当に大変だったし、傍にいてくれる家内にも心配をかけた。咳を緩和するのに、いろいろと試したが、白湯をわずかに口に含んで、喉元を濡らすようにして徐々に飲み込むというのが、一番てっとり早いやり方である。その間は、咳が出てこない。おそらく、飲み込む時に神経系統が、そちらに気をとられて、咳をせよという命令を忘れるのではないだろうか。そうすると、一晩中、白湯を飲めばよいのだが、そうもいかないので、床に就くとまた咳との戦いが始まる。そんな調子で、とうとう朝まで行ってしまった。しかし、家内によると、途中はちゃんと寝ていて、その間は、咳は止まっていたという。あまり記憶にないが、どうなっているのだろう? 咳は、気のせいなのか・・・そうではなく、やはり咳をコントロールする機能に異常が出たのではないだろうか。

 そうやって、ようやく土曜日の朝を迎えたのだが、間の悪いことに、午前中は大学で講義がある。こんなことになるとは思わなかっので、突然、休講にするわけにもいかない。そこで、行くことにしたが、声が出ないし、しゃべろうとして息を吸い込むと、咳が出てしゃべることが出来ないのが問題である。仮にこれがウィルスによるものならば、学生さんたちにうつしてもいけない。どうしようかと思ったが、幸い、その日は説明すべき教材のかなりを文書化しているし、しゃべる部分はパワーポイントを使ってプロジェクターで映そうということにした。髪を梳かすために鏡を見ると、顔色はよくないし、目が赤く充血している。仕方がない。そのまま、大学に向かった。

 やはり、授業中は、声が出ないので四苦八苦した。プロジェクターで「はい、○○くん、始めてください」とやると、学生さんたちは大笑いである。ともあれ、学生の皆さんたちの理解で何とか無事に終わり、「先生、早く治ってください」というありがたいお言葉を口々にいただいて、教室を出た。思わず、うれし涙が出てきそうになる。そのまま、出てくる咳をぐっとこらえながら、たどり着いたのが、薬局である。咳が出ないように、息を吸い込まずに「咳止めの薬をください。」と一気に言った。ものすごいしわがれ声だった。すると、店員さんが、カプセルと液体シロップの二択だという。液体の方が効きそうだと思って、シロップを選んだ。エスエス製薬の「新ブロン液エース」という。鎮咳去痰薬(苦しい咳は、わずらわしいばかりでなく、安眠を妨げたり、体力を消耗したりします。また、喉にからむ痰もたいへん不快なものです。)とあった。まったくもって、その通りである。成分と作用は次のようなもので、分量は60ml中のものである。

 .献劵疋蹈灰妊ぅ鵐螢鷸星(30mg) 延髄にある咳の中枢に作用し、咳の発生を抑えます。
◆.哀▲ぅ侫Д優轡鵝    (170mg) 気道粘膜の分泌機能を高め、痰を薄めて排出を抑えます。
 クロルフェニラミンマレイン酸塩(12mg) アレルギー性の咳を鎮めます。
ぁ〔疑絅フェイン       (62mg) 大脳皮質に作用して、眠気を防ぎます。


 そして、昼食後に10mlを飲んだ。次第に咳が出なくなってくるのがわかる。ああ、目に見えて効いてきている。4時間を置いて、1日6回飲んでも大丈夫だと書いてあるので、午後5時に少し食事をして、また飲んだ。すると、咳がばったり止まった。いやあ、効果があるものだ。この薬は、いまの私の症状には、ぴったりと合うものだった。それでも大きく息をすると、まだ咳が出るが、普通に呼吸をしている限りでは、問題がない。体の負担がなくなって、誠にすっきりした気分である。午後7時に少なめの食事をした後、午後9時にまた少量食べて薬を飲んだ。そして、どうなるかなと思いつつ、10時頃に布団に入ると、わずか24時間前とは大違いで、すぐに寝付くことができた。

 さて、翌日曜日の朝は、いつもの時間にすっきりと目覚めたのだけれど、それにしても、この喘息みたいな咳の症状の原因は、いったい全体、何だったのだろう? 私にとって、生まれて初めてである。延髄の咳中枢がイカレていたのか、それともアレルギー性の咳だったのかはわからないが、どなたか同じ経験をした人がいたら、教えてもらいたいものである。

 さて、この日曜日は、自重してテニスにも行かずに、家でのんびりして過ごしていた。咳も出なくなったので、午後遅くになるとようやく話すこともできるまでに回復した。明日からは、これなら大丈夫である。そんなことを思っていると、家内からきつい言葉が・・・「あなたって、金曜日の夜に調子が悪くなったと思ったら、ちゃんと日曜日の夜までに回復して、それで月曜日からは普段通りに仕事に行くなんて、ホントに仕事をする人の鏡ね。」・・・くやしいが、そうかもしれない。しかし、確かにこれが、37年間、同じ仕事をすることができた秘訣なのかもしれない。
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