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徒然146.自動車産業の将来
 アメリカのビッグ3といわれた三大自動車会社は、昨年秋のリーマン・ショック以来、極端な不振にあえいでいる。既にゼネラル・モーターズとクライスラーはアメリカ政府が株主となって連邦破産法第11条の下で経営再建中であり、わずかにフォード・モーターだけが、ただ1社、自力で残っているという有り様である。もちろん、アメリカに進出している日本のメーカーも、軒並み自動車の販売減に苦しんでいるが、昨2008年には最大手のトヨタが世界最大の生産台数を誇る会社になったようである。

 その一方、特にオバマ政権になってからは、それまでは環境保護に冷たかったアメリカ政府もようやく環境優先の政策に転換した。そこで従来は、京都議定書などでヨーロッパと日本がいささか空回りながらも進めてきた諸々の環境対策にも、アメリカが本格的に参入してくる気配である。たとえば、原子力の推進、電気自動車や高性能電池の開発、太陽熱発電や風力発電、電力配電のスマート・グリッド化などが重点分野だという。

 もとより、自動車分野に限っての環境対策といえば、かねてより燃費の向上、ディーゼル化、ハイブリッド自動車の開発などが実行されてきている。このうち、燃費はどの自動車メーカーも力を入れてきたところであるが、他の二つは、地域やメーカーによって力の入れ方が違っていた。ディーゼル化は主にヨーロッパで進められてきた対策であり、ハイブリッドはトヨタのプリウス、ホンダのインサイトで実用化した技術である。特にプリウスは、1997年に最初の車が販売されて以来、世界各地で、環境車の顔として、もうすっかりおなじみとなっている。

 ハイブリッドというのは、要するにエンジンとモーターの組み合わせで動く車をいう。ところが最近、三菱自動車が、「i-MiEV」(アイミーブ)という名前の電気自動車を開発した。これは電池とモーターのみで動く、正真正銘の電気自動車である。初年度の生産は2000台、来年は5000台、(海外を含めると6000台)、再来年は、1万5000台を見込んでいる。価格は459万9000円で1回の充電で160km走行でき、政府の補助金を利用すると実質的な価格は約320万円だという。スタイルはといえば、やはり小さい車体にならざるを得なくて、一昔前の軽自動車程度である。また、当初なぜこれくらいの数しか生産できないかというと、大容量のリチウムイオン電池の生産数が限定されているためらしい。ちなみに、このi-MiEVのほか、電気自動車に取り組む日本のメーカーでは、日産が北米でを生産することを発表している。

 ハイブリッドや電気自動車のほか、環境に優しい車としては、水素自動車があり、これは水素を燃やして水ができる反応の熱を利用するものである。その意味で究極の環境車といえるが、そもそも水素の貯蔵と配送が難しい。その上、いま実用化されている自動車は、1台が1億円といわれるほど高価なものであるだけに、そう簡単には普及することにはならないものと考えられている。

 そういうことで、環境車としては、主にハイブリッド車がとりあえず普及するものと見込まれるものの、その先はいずれ電気自動車がガソリン車にとって替わるものと思われる。もちろん、そのためには、軽量で蓄電量が大きいリチウムイオン電池の開発が鍵となり、それをいかに安く供給できるかという点が課題である。ところがここで問題となるのは、リチウム資源の制約で、今のところは主たる生産国・埋蔵国は中国のほか、チリなどの南米諸国に限られている。とりわけ、ボリビアにはリチウム資源の半分が眠っているといわれるが、最近、三菱商事と住友商事がその採掘をめぐり合弁事業を提案しているようである。

 私が気になるのは、実はその先のことである。日本の商社が活躍して首尾よくリチウム資源を入手し、日本のメーカーが電気自動車をどんどん量産できたとしよう。トヨタやホンダの実力をもってすれば、この分野でもじきに世界一となるに違いない。しかし、その優位はあまり続かないのではないだろうか。

 というのは、今のガソリン車や特にハイブリッド車に必要な高度な技術と比較して、電気自動車に必要な技術といえば、要するにリチウムイオン電池とモーター、そして両者を制御する電気回路にすぎない。その点、ガソリン車の場合は、エンジンという複雑な機構が必要であり、ここに自動車会社はかなりの研究開発力という資源を振り向けてきた。それが物を言って、エンジンこそが、世界に比類なき現在の国際競争力の源泉のひとつとなっていたのである。ところが電気自動車の場合は、そうした複雑なエンジンはもはや必要なくて、どこにでもある電池とモーターに代替されてしまう。これらは、何も自動車会社が担当しなくとも、普通の電機メーカーが本来得意な分野である。

 そうすると、かつてパソコンでIBM型マシーンが標準化してしまったと同様に、この分野でも遅かれ早かれ必ずや技術が標準化されてしまい、そのうち大手の電機メーカーをはじめとして有象無象の名もない企業がどっと参入してくるに違いないと思う。そうなれば、やれトヨタだホンダだ日産だなどといっておれなくて、あっという間に日本の自動車メーカーもこれらの企業に市場を席巻され、かつてのアメリカのビック3のような悲惨な状態に陥ってしまうのではないかと危惧している。現在、日本の人口の約1割は、何らかの形で自動車産業に食べさせてもらっているというから、この衝撃をどう乗り切るべきか、大いに問題だと思うのである。

 まあ、つらつらと考えると、世界の電機メーカーはこれまで同様の試練に合いながらも、売れ口の商品つまりは食べさせてもらう製品の種類を次々と変えて、その時々の局面を乗り切ってきたのは事実である。たとえば、AV機器をとってみても、レコード → カセット・テープ → MDプレーヤー CDプレーヤー → iPod、と変転してきたし、白黒テレビ → カラーテレビ → 薄型テレビ → デジタルテレビ、という変遷も、長い目でみれば生じてきた。こういうことで、電機メーカーとしてはさほど目新しいことではないかもしれないが、これまでこういう経験のなかった大手自動車メーカーは、いったいどうするつもりなのだろうか、大いに気になるところである。まあ、今のところは社長自らテスト・ドライバーを演じているのも結構だが、あと10年もすれば、こういう事態に必ず直面すると思われ、その時点でその自動車会社の真価が問われることとなろう。



(2009年7月10日記)
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