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一眼レフの実践編(2)奈良の「夜景」の撮影
春日大社の一ノ鳥居


 先週末、奈良に行き、猿沢池のほとりにある飛鳥荘という宿に泊まった。フロントでチェック・インの最中に、奈良公園内にある主な観光スポットで、ちょうどライトアップを催していると聞いた。それが午後10時までというわけで、宴会料理もそこそこに、買ったばかりの三脚を担いで、夜の公園へとひとりで飛び出した。午後8時のことである。まず、猿沢池から坂を上がって右手に折れ、春日大社の一ノ鳥居に向かった。あったあった。暗い夜道の向こうに、朱色にぽつんと、光に浮かぶ鳥居が見えた。その交差点にたどりついて、まず三脚の脚を伸ばした。3重に折り畳まれていて、ひとつひとつロックを外さなければならない。それを手早くやり終え、すっくと三脚を立てる。このあたりまでは、我ながらきょう初めて三脚を開く人物とは思えないのではないかと、ほくそ笑む。

 三脚を設定する練習などは全然していないが、やってみるとまあ何とかなるもので、ともあれ三脚の首にカメラを据え付けた。あちこちに付いているネジを適当に選んで回すと、うまく固定されたようだ。そこで「シーン」ボタンで「夜景」を選びシャッターを押そうとしたが、「いやまてよ、このままだとブレる」と思い直し、2秒のタイマーをセットして、シャッターを切る。うまくいくかどうかと、ちょっとワクワクする瞬間である。液晶画面の右手に、タイマーらしき赤いアイコンが出てきた。それが消えたら自動的にシャッターが切れて、一瞬のあいだ液晶が真っ黒になった。1、2、3・・・と心の中で数えるうち、いつの間にか画面が復活して、朱色の鳥居が現れた。ふむふむ、なるほど、確かに写っている。パソコン上で確認しないと何ともいえないが、少なくとも液晶画面上では、成功したようだ。子供のように、素直にうれしい。最初に撮った夜景の写真としては、上出来である。

 「さてと、次のライトアップは何かな・・・」と思って地図を見たところ、浮見堂だという。その名のとおり、池の中に浮かんでいるようだ。一ノ鳥居を向かって右に行き、こっちの方向で良いのかと思うほど真っ暗い中を進んで、ようやく池にたどり着いた。いにしえの奈良の都の昔なら、それこそ物盗りが出そうな物騒な雰囲気である。思わず周囲を見回すと、たった2組ほどだが、カップルがいたので、やや安心した。しかし、私みたいに写真を撮っているような人は、ほかには全く見当たらなかった。我ながらよほどの物好きだなぁと自嘲しつつ、その池の周りを時計回りに歩き、撮影のスポットを探した。ところが、どうも適当なところがないのである。池に写っている浮見堂の胴体の写真は撮れるのだが、さすがにその屋根までは光が当たっていない。それを無理して撮ると、上下が一直線になっているような、まるでランタンのような写真になってしまいそうである。「まあ、仕方がない、それでも撮ろうか」と思って、とある地点に三脚をセットし、「シーン」の「夜景」で撮った。そうしたところ、案の定、やはりランタン風になってしまった。あとから、お手本のライトアップのパンフレットをよくよく見たところ、この浮見堂の写真だけ、空が薄明るいではないか。「なんだ、やはりプロでも屋根は撮れなかったのか」と納得した次第である。しかしそれにしても、このパンフレットの写真は、いささか過大広告なのではないだろうか。


浮見堂


 引き続き、まっ暗な奈良公園の中を歩いていささか飽きが来たころに、仏教美術資料研究センターにたどり着いた。いやはや、ともかくこの夜は、ことのほか蒸し暑くてかなわなかった。たぶん気温は30度、湿度も相当なものだったのだろう。そんな中を三脚を担いで暗闇の中を歩き回るという物好きは、私以外には見当たらなかった。歩いていると汗がどんどん出るので、このままでは水分不足で熱中症になると思ったとたん、ちょうどその辺りに自動販売機があった。うまく出来ているなぁと思いつつ、ポカリスウェットを買い求め、それを一気に飲みほした。ううっと言いたくなるほどに冷たい。干天の慈雨というわけだ。古都に来ていると、表現まで古代風になる。ともあれ、それでやっと、人心地がついたのである。

仏教美術資料研究センター


 目当ての仏教美術資料研究センターの建物前に着いたものの、門が閉まっているので、全景がうまく撮れないではないか。どうしたものかと迷ったが、こうなったらその門の隙間にカメラを突っ込んで撮るしかないと思い、試してみたところ、それが正解だった。ところが無理をしているので、三脚が横へ少し傾いてしまい、このままだとちょっと傾いた写真しか撮れない。しかもだ、なにせ俄かカメラマンなうえに真っ暗な中で、どのネジをどう触ったら調整できるのかがわからない。困ったものだと思った。とりあえず、三脚のひとつに紙を敷くという応急措置を施したところ、傾きが治った。まるで中華料理店で傾いたテーブルを直すのと似ていると、思わず笑いがこみあげてきた。他人がこれを見たら、変なおじさんが笑っていると思われたことだろう。それはともかく、同じように「シーン」の「夜景」、2秒タイマーで撮った。すると、当たっているライトの色の具合がよろしくて、なかなか良い写真が撮れた。これは、成功といってよいだろう。苦労した甲斐があったというものである。

東大寺の南大門


 気を良くして、次のターゲットへ向かう。東大寺である。前方の暗闇の中に朱色の南大門がぼんやりと浮かぶ。近づくと視野一杯に広がり、雄大で美しい。夜だから、他の邪魔物が目に入らなくなるうえに、ライトアップで大きく見えるのではないだろうか。しばらく見とれていたが、はたと我に返って三脚をセットした。まず全景を撮ったあと、左右の運慶と快慶の金剛力士像を撮る。ちなみに翌日のお昼に同じようにこれらの像を撮ったのだが、一面に金網があってよく見えなかった。その点、このように夜にラットアップの下で撮ると、そういう余分な障害物がないのでうまく撮れる。この写真のように、睨みつける鋭い眼、いかつい顔、盛り上がる筋肉の塊、不自然なほど捻じった手や腕などがはっきりとわかる。

 この日は、まず「シーン」の「夜景」で金剛力士像を撮ったのだが、色がオレンジ色っぽくなって、実物を見た感じと少し違う。もちろんこれはこれで、それなりに夜景という感じがしてよいのだけれども、目に見えたように撮るにはどうするかと考えたところ、これはホワイト・バランスの問題だろうと思いついた。そこで、これを調整して撮ってみた。すると、まるで白黒写真のような雰囲気のある写真となった。うむ、これはいいと、我ながら満足した。


運慶と快慶の金剛力士像(WB調整前)


運慶と快慶の金剛力士像(WB調整後)


 東大寺を後にして、奈良国立博物館の前に行き、その写真を撮った。ところがここは、建物そのものにあまり陰影がないし、近くにアクセントとなる木々のようなものもないので、のっぺりとした写真しか撮れない。これではまるで、厚化粧の女性のようだ。何とかならないかとホワイト・バランスをいろいろ変えて撮ってみたが、どれもいまひとつで、あまり面白みのない写真となったのは残念である。これは、カメラの性能のせいではなく、モデルの誤選択といったところか。

奈良国立博物館


 続いて、興福寺まで戻ってきて、五重塔を撮ろうとしたが、光の具合、塔を見る向き、頂にある相輪が写らないなどという問題が次々に出てきた。構図を変えつつ南海も試し撮りを繰り返した結果、右手前の木々の緑も入っている五重の塔の写真がやっと1枚撮れた。できれば頂点の相輪も入れたかったが、これだけ近づくと無理な相談である。まあ、こんなところではなかろうか。ところが、同じ旅行に行った仲間から、4年前に買ったというコンパクト・デジカメを使って撮ったその同じ五重塔の写真を見せてもらって、びっくりした。なかなか良く撮れているではないか。どうやって撮ったのかと聞くと、手ぶれを起こさないように、数秒間しっかりとカメラを構えたという。こんな今やほとんど無価値に近いカメラのくせに、それでいて私が10数万円もはたいて買ったばかりの一眼レフの写真とそう違わない写真が撮れるなんて、もう馬鹿馬鹿しくてやっていられないという気がしたほどである。でも、この人は数秒間、カメラを抱えてじっとしているという体力と精神力・・・敢えて「腕前」とはいわない・・・の持ち主だったからであり、まあ、私の場合はそれをお金で買ったということだと思えば、びっくりしたり、がっかりしたりすることもなかろうと思い直した。

興福寺五重塔


 それはともかく、その夜の最後を飾ることとなった写真の被写体は、猿沢池のほとりの柳の木である。一本は緑色、もう一つはやや黄色がかった緑と、なかなか美しい夜景である。それをしっかりと撮ったつもりだが、そのとき、はたと思いついた。この「シーン」の「夜景」というのは、いったいどういうデータなのだろう? それを液晶画面上で表示させた。すると、F値3.6、露出時間0.77秒であり、ここまでは私の予想通りの範囲内だったが、次の数字には驚いた。ISO感度が200なのである。事前のお勉強の成果では、こういうときには、ISO感度を3200ぐらいにはしなければいけないと思っていたので、これには困惑してしまった。理屈よりまず実践とは、良く言ったものだ・・・。今度、カメラのセミナーに行くので、聞いてこよう・・・。それはそうとして、理屈通りのことを試そうと、ISO感度を3200、露出時間を長くするつもりで250から20000にしたが、あっという間に写真が撮れて、しかも真っ黒である。あれれ、どうしたのかと思ったが、間違えて1/20000にしてしまったと気づいて、設定をし直した。すると、「2”」というのがあったので、どうやらこれが正解の2秒らしい。それで撮ったところ、ちゃんと柳の木の写真が撮れた。まるで笑い話である。しかし、後でパソコンで見たところ、露出時間が長すぎたようで、光があふれてしまい、うまく写っていなかった。やっぱり、頭でっかちの新米カメラマンより、カメラのプログラムの方が頭が良かったようだ。

猿沢池のほとりの柳の木(夜)


 ところで、翌朝のこと、猿沢池の、その同じ柳の木のところに行ってみた。そこでまた驚いたことがある。それは、昨晩見た美しい柳の木はどこへやら、目の前にあったのは、何の変哲もない、本当に目立たない柳の木だったからである。ははぁ、これが編み笠の女、夜の蝶現象というものかと、深く納得した。カメラの世界には、なかなか奥深いものがある。

猿沢池のほとりの柳の木(朝)。ただし、交通の邪魔にならないようにと、夜の写真より、もう少し右手に寄った位置で撮っている。



(2009年7月27日記)



関係記事 目次
1.オリンパス・ペンE−P1
2.一眼レフのお勉強シリーズ
(1)ホワイト・バランス
(2)アート・フィルター
(3)露出補正とピント
(4)連写機能とピント
(5)被写界深度とF値
(6)交換レンズの知識
(7)デジタル一眼レフ講座
一眼レフの実践編シリーズ
(1)不忍池の蓮を撮影
(2)奈良の夜景を撮影
(3)水族館の魚を撮影
(4)花のボケ味を撮影
(5)浅草サンバを撮影
(6)谷根千の花を撮影
[後日談]デジタル一眼E−P1その後

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