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徒然156.今どきの歯医者さん
ライオン歯科材株式会社提供のイラストより


 この間、私の住んでいるところの区役所から一通の手紙が来た。「歯科検診」とある。開いてみると、「30歳、40歳、50歳、60歳の方に無料の歯科検診を実施しています」とのこと。同封されている名簿には、区内の歯科医院が羅列されていて、このうちから受けよということである。たぶんこれは区の事業だから、区の歯科医師会にいわれたのか、区内にそのお金を落とそうというところだろう。

 しばらく放置しておいたのだが、先週、急にそれを思い出し、電話でアポを入れて、近くの医者に行ってみた。そういえば、ここ1年以上も歯石を取りに行っていない。歯科医院に到着して中を見回したところ、土曜の昼近くの良い時間だというのに、待合室には誰もいなくて、閑散としている。診察室に入ると、年配の歯医者が出てきた。私の口の中を覗き込んで、「現在歯・喪失歯の状況」という項目を読み上げ始め、看護婦がそれをメモする。結果を聞くと、あらら・・・処置歯数がけっこう積み重なっていて、あと少しで健全歯数に迫る勢いだ・・・こんなに歯医者に通っていたのか・・・。それに全く意外なことに、二つ、軽い虫歯があるという。歯周病については、若干の歯石がついているが、疾患は見当たらないとのこと、そして、口腔内の清潔度は普通だという。まずは、ほっとしたのであるが、その虫歯とやらが気になる。虫歯の治療など、10年ぶりくらいではないだろうか。

 それで、その年配の歯医者に、「どの程度の虫歯なんですか?」と聞いた。すると「削ってみないとわかりませんが、もし神経まで行っていたら、それを取って大きく詰め物をする必要がありますね。」と、のたまう。「はあ、その場合は、何回ほど、治療に来なければなりませんか」とまた聞くと、「そうですね。削って1回、神経の治療に何回か・・・そして最後に詰めてと・・・まあ5回くらいですかね」という。

 私は、がっかりした。ただでさえ歯医者は、ガリガリッと削られて痛いのに・・・特に神経を抜かれる痛さは格別だ・・・、なんでそんなことで5回も通うのかと、昔のいやな記憶をアリアリと思い出してしまった。たとえば私が中学生のとき、その頃の歯医者といえば、大抵は戦中に促成栽培されたような軍医上がりだったから、治療技術もいいかげんな歯医者が多くて、虫歯といえば、ともかく問答無用に抜かれたものだ。その痛いことといったら、たとえようもない。そうやって抜かれた後は、穴を開けておくわけにもいかないので、ブリッジなどで処置するしかなかったのである。それから、何十年と、かなり経ってからやっと、虫歯を抜くなんてとんでもないという現在のような風潮の世界になったものの、私にとっては、時すでにかなり遅かったというわけだ。

 なぜ、私が虫歯になったのかと、つらつら考えてみると、結論として、歯磨きを朝しか、しなかったからである。確かその頃のテレビの歯磨き粉のコマーシャルといったら、女優と子供たちが出てきて、「朝はせっせと歯を磨きましょ」というものだった。ところが、歯を守るためには、歯磨きは、朝より寝る直前の方が、はるかに効果が高いのである。というのは、起きている時よりも、寝ている間に、その食べ物のカスを餌として虫歯が進行するからである。


ライオン歯科材株式会社提供のイラストより


 これに気づいたのは、家内と結婚してからである。家内には、もともと寝る前にも磨く習慣があった。だから、家内には、ほとんど虫歯がない。家内が心血そそいで育ててくれた二人の子供も、同じである。さらにいえば、家内の両親も、80歳代をとうに超えているが、お二人とも歯はちゃんとすべて揃っていて、周りの皆がびっくりするほどである。長年にわたって、朝よりも、特に寝る前に歯を磨いてきた成果に違いないと思う。もちろんそのほかにも、1年に2回ほど、歯石を取りに行ったりして、歯の手入れを怠りなくしてきているし、歯の効果的な磨き方というのも大事なのだが、主な理由は、歯を磨く時点なのだと推察している。

 私も、遅まきながら、歯磨きを夜寝る直前にもするようになってから、虫歯になったりするということは、ほとんどなかった。しかし、それまでの不節制がたたって、処置歯数が健全歯数を上回るという情けない結果となっている。まあ、済んだことは仕方がないこととはいえ、これから長い人生を送ることとなる私よりも若い人たちには、是非とも気をつけてほしい点だと思っている。

 それにしても、これから5回も歯医者に通うなんて、とんでもないと思いつつ、家に帰った。そして、家内にそう言うと、意外な言葉が返ってきた。「あら、あの歯医者さんって、どんな簡単な治療でも、何回か通わせるっていう評判よ。そうやって、報酬をいただくのかしらね」・・・ははぁ、なかなか商売人だったようだ。これだから、近所の評判というのは、役にも立つし、その反面で恐ろしくもあるのか・・・なるほど!

 ということで、その歯医者さんに通うことは止めにして、私のオフィス近くのいつもの歯医者さんに行った。実はこの歯医者さんは、2代目で、初代の実の息子さんなのである。この初代には、昔からお世話になっていて、とても良心的な方だった。たとえば差し歯を一本入れることとなり、当時その医院にいた雇われ先生からその材料を何にするか聞かれた私が、はてさてプラチナにするかポーセリン(陶器製)にするかと迷っていたとき、その院長先生自らが「ああ、そんなもの、その場所ならポーセリンで十分ですよ」と言ってくれて、目の玉が飛び出るような代金を払わずに済んだ・・・もっとも、ポーセリンもそれなりに高かったけれど、プラチナよりは、それはそれは安かった。


ライオン歯科材株式会社提供のイラストより


 そこで、この日もその2代目さんに見てもらったのだけれども、この人は、処置がとても手早い。痛いと言う間もなくあっという間に削り、これまたびっくりするような速さでプラスチックの詰め物をして、はい、おしまいと来た。これでいいのだろうかと心配するほどなのだが、現にこの調子で10年あるいは20年前に処置してもらった歯は、今もちゃんとしているから、私は信用している。

 それはよかったのだが、今回、私が気付いたことは、全く別のことである。つまり、こちらの歯科医院も、まったく閑散としていたからである。かつては、待合室には患者があふれていて、アポイントメントは、確か15分おきだった。いや、10分おきというのもあった。しかもその時は、先生は同時に3人の患者を相手にしていて、興福寺の阿修羅像のごとく三面六臂の活躍だったことを覚えている。ところが今回は、30分おきのアポイントメントで、しかも診察室に入ってみたところ、患者は私ひとりなのである。おかげでじっくりと先生と話ができた。


ライオン歯科材株式会社提供のイラストより


 しかし、驚いたのはそれだけではなかった。見渡すと、かつては3〜4人もいた看護婦がすべて消えてしまっていて、昔からいる事務のお姉さんがひとりだけいる。それも、何かの用事で診察室からいなくなってしまってふと見ると、何とまあ、会計の席に座ってパソコンをさわっているのは、先生ご自身である。そうして、先生自らがお金のやりとりをしてお会計をしてくれたではないか・・・。患者数が激減しているようだ・・・。かつてあんなにいた患者たちは、いったいどこに行ってしまったのだろうか?

 まあ、そんな話を運転手さんとしていると、彼が「私らの子供の頃は、歯が痛いというと、親が歯に正露丸を詰めてくれましたもんね。それに何かあれば、赤チンでした。もうこの二つが、あらゆることに使われました。」という。そういえば、消毒液そのもののような正露丸を歯にあいた穴に詰めたり、水銀をたくさん含んだ赤チンを皮膚の怪我したところに塗りたくるなんて、今から思うと野蛮な行為そのものだが、世の親の認識なんて、その程度だった・・・。しかしそれ以来、半世紀近くの時が経ち、この間には、学校での歯の磨き方の指導から始まって、老人になっても20本の歯を守る目標の設定とか、今回のように10年ごとの公的な無料歯科検診とか、歯周病を防ぐために歯石を取りにいきましょうとか・・・、何やかんやと様々な取り組みが行われてきた。

 ここで、ひょっとしたらと気がついたのだが、そういった長期間にわたる懇切丁寧な取り組みの結果、最近では国民の皆の歯が健康になって、歯医者に行かずに済むようになってきたのではあるまいか。運転手さんもいう「昔は、仲間も私も皆、けっこう歯医者には通っていたのですが、今は歯医者に行くなんて、あまり聞きませんよね。歯石を取りに行く程度ですかねぇ。」・・・そうなんだ。最近は、歯医者の数がやたらと増えたと聞くが、それに加えて、歯の健康に対する啓発が進んで、今や歯の悪い人が激減したので、歯の患者も大幅に減ったということではなろうか。だとしたら、何とまあ、皮肉なことだろうか・・・。



(2009年9月9日記)
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