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靖国神社の菊花展

靖国神社の拝殿


 4年前、新装なった遊就館(軍事博物館)がなかなか良いという記事を読んで、それを観るために靖国神社を訪れたことがある。それ以来、しばらくご無沙汰をしていたのであるが、つい先日、秋季例大祭の一環として、菊花展を開催すると聞いて、どんなものかと出かけたのである。

靖国神社の菊花展


 先月末、たまたま訪問した京都で、西本願寺に行ったとき、ここは京都や奈良の他の社寺と違って、まさに現役の信仰の場だと感じたのであるが、靖国神社もまさに同様で、人々の深い信仰の対象となっている社である。とりわけ、お歳を召した方々が、続々とバスから降りてきて、鳥居のところでまず一礼をし、拝殿の前で深々と拝礼をして、しばらくじっと動かない。そういう姿を目の当たりにすると、「ああ、この方の身内がここに祀られているのだな」と感ずるのである。

 これは、つまりこういうことなのだと思う。たとえば奈良の東大寺は今をはるかにさかのぼること1250年前に創建された。創建当時からその政治力が強くて、平安遷都の直接の要因となったといわれているほどである。しかし、そもそも官寺として発足したという経緯もあるし、そんな昔からはじまって今もって熱心な信者団が引き続き存在しているとは聞かない。もちろん、奈良の諸寺社は、世界に誇る我が国の宝として今後とも大切にしていくべき国民的遺産ではあるが、こと宗教の面では、今や寺社そのものが観光化しているではないかと言われれば、なかなか有効な反論はできないうらみがある。


 それに対してこの靖国神社は、その歴史は140年ばかりで、明治以来の戦没者246万6千余柱の方々を祀っている。とりわけ最大かつ最後の戦争であった太平洋戦争終結から数えて、今年で64年もの歳月が経過している。これは、若い人々には遠い昔のように感ずるだろうが、年配の人にとっては、忘れ去るというほどの月日ではない。いや、これは時間の問題というよりは、むしろ心の問題なのである。

 家族や友人を亡くすという悲しい思い出を持ちつつご存命の方もまだまだ多いと思う。そうした中で、この戦争で亡くなった軍人の皆さんについての記憶は、その家族や友人の方々がこの靖国を訪れると、その心の中で鮮やかに蘇ってくるというわけなのだろう。そのような方々は、文字通り全人生をかけて、参拝をしているに違いない・・・それやこれやを思うと、参道を歩くだけで心が重くなり、かつ身の引き締まる思いがするのは、私だけではないだろう。ちなみに境内では、国立追悼施設建設反対の署名活動が行われていた。さもありなん・・・。

  我國の為をつくせる人々の名もむさし野にとむる玉かき

                                 明治天皇御製


靖国神社の菊(厚物)



靖国神社の菊(厚物)


 そのようなことを考えながら、私も拝殿で深々と参拝したのち、その近くの菊花展の前に行って、菊の花の写真を撮らせていただいた。いわゆる「厚物(あつもの)」と「管物(くだもの)」が主だが、いずれも丹精を込めて育て上げられた花ばかりである。ちなみに「懸崖菊」がただひとつあったが、なかなか立派なものである。11月7日に満開になると書いてあった。

靖国神社の菊(管物)


靖国神社の菊(管物)


靖国神社の菊(管物)



(2009年10月20日記)



 靖国神社の菊花展(写 真)は、こちらから。



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