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年齢に応じた楽しみあり

旧古河庭園の秋の薔薇。紫雲(しうん)、1984年に鈴木省三が作出

 
 私の友人から、医者を紹介してほしいとのメールが届いた。どうしたのかというと、何とまあ、還暦を過ぎたのに、まだマラソンをしたいそうだ。原文をそのまま引用しよう。
「小生45歳から15年ジョギングを続けておりますが、4年前、やや無理な走り方をして左膝を傷めて以来、たぶん『変形性膝関節症』といった症状に分類される膝の故障を抱えています。・・・常に左膝に違和感と軽い痛みを感じながらの歩きです。痛みは継続しつつも、ジョギングは続け、また、フルマラソンの大会にも参加し続けてきました(ちなみに、本年も、3月東京マラソン、8月北海道マラソンを完走 フルマラソン完走回数は127回)。この間、膝周囲の筋肉を鍛える運動なども続けてきました。体重も最高時から約6kg落としました。こうした習慣を続けていれば、時とともに段々症状は緩和されてくると期待してきましたが、最初の故障から4年以上経っても、緩和〜悪化の変化を繰り返しつつも、故障があるという状況は変わらず、徐々に固定化されてきたようです。今までは、常に、時間さえあれば走りたい、という気持ちが強かったのですが、左膝の痛みのため、今年あたりは大会出場数も激減し、更に、ここに来て、ジョギングに対する姿勢そのものが消極的になってきてしまいました。故障の初期には、近所の整形外科にも通いましたが、レントゲン、注射、赤外線、電気マッサージ、膏薬、塗り薬の処方の繰り返しで、基本は歩けないお年寄り向けのようで、『走れない』人向けの治療ではありませんでした。ほどなく、通院はやめてしまいました。膝の内視鏡手術は、ごく一般的なようですが、手術例も多く経験豊富なお医者さんに相談したいものですが、そうしたお医者の知り合いはありませんか。」

 およそ還暦にもなれば、体のどこそこが悪いだの痛いだのとブツブツ文句を言っている人が大半である。それだというのに、この友達は、何とまあ、15年間に127回も、フルマラソンをやっていたということに、まず驚いた。マラソンが趣味だとは知っていたが、これほどまで本格的にやっていたとは・・・体力があるなぁ・・・しかし案の定、膝が痛くなってきたということである。そんなもの、当たり前だ・・・私はこの10数年来、週に1度、日曜日に恒例のテニスを続けているが、一回当たりは1時間半とし、歳とともに激しいプレーはしないようにしている。それでも、終わったら結構疲れて、夏場で大汗をかいたときなどは、プレー後に1時間ほど昼寝して、体力の回復策を講じている。それなのに、テニスよりはるかに体力を使う42.195キロメートルのフルマラソンを走るなんて、いやはや、信じられない思いである。

 いかにマラソンやら何やらが好きだ、趣味だとかいっても、自らの年齢を考え、その段階における健康の維持や体力の程度に合いそうもないものは、きれいさっぱり止めていくべきではないかと私は思う。それが人生の行程というものだ。たとえば私は、40歳の頃、お酒を飲むのは一切止めにした。もちろん、何かの機会に2〜3ヶ月に一度くらいは飲むこともないわけではないが、それ以外、特にプライベートなときには一切飲まない。私はただでさえ太りやすい体質だと信じていたから、このまま飲み続けて文字通りビール腹の体型になるのを避けたかったからである。あのまま酒を飲み続けていたとすれば、今の言葉でいうメタボ体型になっていたに違いないと思っている。

 次に、50歳を契機に、それまで週1回のペースでやっていたゴルフを、ぴったりと止めた。ひとつには、仕事が忙しくなる中で、朝早く起きるのがつらくなってきたからであり、ふたつには、会員となっているゴルフ場で電動カートが導入されてしまい、ゴルフをしながらコースを歩くという楽しみがなくなってきたからである。ゴルフというのは、アメリカのように自分でバッグを担いでプレーをし、球を探しながらフェアウェイを歩くべきだと思う。そうすると、運動にもなるし、ついでに自然に直接触れることが出来るからである。それを電動カートなぞに乗って行ってしまえば、どちらの楽しみも失せてしまう。したがって、それからは、年に何回かの大会に義理で出る程度で、運動は、もっぱらテニスに頼ることにした。また、場所が神宮なので、銀杏並木の四季を感じながら歩くことができる。まあ、年齢相応の楽しみというわけだ。

 このように人生とは、歳をとるにつれ、従来の楽しみを捨て去って生きていくことだという面がある。その意味からすると、実は最近、迷っていることがある。私は、美食、グルメの類が好きで、若い頃から何かあればそれなりのレストランで食事をするのを慣わしとしている。好きなのは、フランス料理のフル・コースと、休日における都心のホテルでのランチ・ブッフェときている。先ごろ出版された東京ミシュランで取り上げられたレストランにも、相当数のところへは行ったことがある。ところが最近、健康診断の数値が、徐々に悪くなりつつあるのである。数年前、同様に悪化の兆しが見られたことがあった。そのときは、昼食をステーキから蕎麦に切り替えるだけで、すべての数値が元に戻った。しかし、気がつかないうちに、もうお昼の対応だけでは、どうにもならなくなってきた。そこで60歳の節目に際して、夕食や土日の美食を止めようかと思っているのである。しかし、いささか、大袈裟であるかもしれないが、このささやかな楽しみまで、止めてしまうと、何のために生きているのかということになる。

 よくよく考えてみると、歳をとれば、従来のような体力はないし、気力も昔のようには続かない。そう考えると、誠に侘びしくもあるが、その現実を受け止めて、その段階での自分の健康や体力に合わないと思う習慣は、どんどん止めればよいのである。これで私は、40歳でお酒、50歳でゴルフ、60歳でグルメを卒業することになる。それだけ人生の楽しみが、なくなっていくではないかと思う見方もあるだろう。しかし、その歳に合った楽しみが、また増えていくこともある。たとえば私の場合、初孫が生まれたばかりで、週に一度、会いにいくのが待ちきれない。それから最近、一眼レフを始めて、これであちこちに写真を撮りに行っている。とりわけこの1〜2ヶ月の間は、花のマクロ撮影に凝っている。そのほか、時間の余裕が出来たので、同窓会にもよく出られるようになった。計画を立てて、家内とあちこち旅行するのも、これまた待ち遠しい・・・。何だ、楽しみがなくなっていくどころか、どんどん増えていくではないかと気がついた。これで、いいのである。種目が変わっただけで、楽しみ度は昔と同じか、いやそれ以上である。

 というわけで、その友人から来たメールの話に戻るのだが、私からの返信のメールには、「お久しぶりです。今度は、膝の問題ですか? せっかく、体を鍛えておられるのに、痛んでくると、大変ですね。」から始まり、お医者さんの話をした後に、蛇足ながらとして、「それから、年寄りの冷や水という言葉もあるので、マラソンなどの激しい運動はほどほどにしておいたら、どうですか。私も、週に一回だけやっているテニスについて、周りから『あんな激しい運動は止めて、散歩などの負荷のかからないものにしたら』と、うるさく言われていて、閉口しています・・・。やはり、還暦になってしまった悠々人生より」と書いた。

 そうすると、彼はまだ、私のように人生を「達観する」段階にに至っていないらしく、このような返事が来た。
「別の人からも、『マラソンなどの激しい運動』ということを言われたことがあります。しかし、これは好きずきから来る感じ方かも知れませんが、私としては、マラソンを激しい運動と思ったことはありません。ゴール付近で苦しくなることはあるけれども、激しい運動と思ったことはないです。テニスとかのほうが、全力ダッシュなど含めてよほど激しい運動だと思います。ただし、今は、痛みが先に立つので、これまでのように、『時間があれば常に走りたい』という気持ちになれないだけです。ということで、夏場は走るよりも歩いていましたが、同じ距離を約2倍の時間がかかるので、その点が難です。女房にいわせれば、距離を減らせば良いではないか、ということになるのですが、それではトレーニングとして不十分になるので・・・といってもなかなか通じません。」

 でもまあ、こうまで言われると、私としては世話好きの虫がむずむずしてくる。ここで引き下がるわけにはいかない。何か材料はないかと思っているとき、たまたまテレビの番組で、ちょうど同じ症状の病気のことを放送しているのを見た。ああこれだと思い、次のようなメールを送った。「昨日(25日)の午後6時半頃から7時までのTBSの番組『夢の扉、中高年が悩むひざ痛・最新治療法』で、広島大学病院の病院長を務める越智光夫医師(整形外科医)の話をやっていました。これなどは、貴殿の症状にあてはまるかもしれませんね。ご参考まで。【番組内容】変形性膝関節症は、老齢や運動のしすぎで、関節中の軟骨がすり減っている状況。関節中の軟骨は、再生しないので一度すり減ってしまったら、そのままとなって常時痛み、自然に治ることは絶対にない。ときどき、装具をつけないと歩けなくなる人すらいる。根治させるには、膝全体を人口関節に取り換えるしかなかった。しかし、人口関節は、正座や運動ができないなど、制約が大きい。そこで、越智医師は、人口関節を使わない方法を考案して実践している。それは、一種の再生医療である。まず軟骨細胞を患者自身の関節から内視鏡で5グラムほど取り出し、それを体外で1ヵ月培養して15倍に増やして再び本人の膝に戻すという方法である。まだ保険適用はないが、これまで100人ほど治療したという。現在は、この成果を土台にしてさらに新治療法を研究している。それは、注射一本で治そうというもので、骨髄から幹細胞を取り出して、それを体外で培養し、磁石で固定しつつ患部に注射する方法である。」

 すると、貴信拝受として、返事のメールが来た。それによれば、既に病院を受診したそうで、その様子のことが書いてあった。まず、色々な角度から膝のレントゲン写真を撮られた、それを見た先生から
「だいぶ軟骨がすり減ってます」と言われたとのこと。本人が見ても、左膝の内側の関節の上下の骨が、外側と比べると、くっつきそうになって間隔が狭くなっている。そこで先生曰く、「走るのが趣味でしょうから、やるだけやって、走れなくなったら、人工軟骨を入れる手術をしてはどうか」。また、「マラソン大会に出るとしても、出る大会を絞って、心肺機能は膝に負担がない水泳で維持するなど、やり方を変える必要があるでしょう」という。「とりわけ左膝が曲がった感じなので、これはまっすぐするように筋力をつける必要がある」とも言われた。また、「膝の軟骨は、使えば使うほど減るので、『月刊走行距離○○km』のようなやり方は、駄目です」とのこと。さらに、「走る趣味をあきらめて、趣味を旅行などに変えるような気持ちになったら手術を受ければよい。80歳を過ぎても、手術はできます」とのこと。

 そうだろうなぁ・・・要するに、馬鹿は死ななければ直らないの類・・・というと言い過ぎかもしれないが、早くいえばそういうようなことで、このお医者さんは、本人がマラソンを続ける意思が固そうだと見抜き、こういう人には何を言ったって聞く耳を持たないから、この先そんな馬鹿を相変わらず続けるのであれば、80歳になるか、痛くて痛くてどうにもならなくなるまで手術は待とうではないかということを言いたかったのかもしれない。それで結局、本人の認識は、
「軟骨が減ってしまっている事実は確認できたものの、まあ、とりあえず、どうしようもないこと、周囲の筋肉を鍛えるなどして歯止めをしながら、いくところまでいって、それから、ということです」。何だ、同じことを私から言われたら、カッツーンとくるくせに、医者から言われたら、大人しく聞くなんて・・・まあ、そんなものだろう。むしろこれは、親しい間柄の証なのかもしれない。

旧古河庭園の秋の薔薇。デザート・ピース、1992年に仏メイアンが作出、開花につれて花の中心が変化する。


(平成21年11月 1日著)
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