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京の紅葉(2)東福寺の紅葉の海

通天橋の対岸から見た東福寺の紅葉の海


 霊雲院の重森三玲作の庭を見学して、東福寺の門前まで来たところ、物売りの店があちこちにあって、非常に賑わっている。その中で、東福寺御用達という鯖ずしの店を見つけた。ちょうどこの日、祇園の「いずう」に行って、京都名物の鯖ずしでも食べようかと思っていたところだから、これは好都合と思い、ひとつ購入した。後で家内とともに、それをいただいたところ、「いずう」ほど塩っぱくなく、それでいて鯖の生身がほどよく柔らかくて、とても美味しかった。

東福寺の紅葉


 すぐ、花より団子になってしまう我々であるが、この日のひとつのハイライトは、やはりここ臨済宗大本山 東福寺の紅葉である。境内の臥雲橋を渡るときに、一面の紅葉の真っ赤な海が眼前に広がる。いやはや、見物人から思わず「わあぁ・・・これは凄い!」というため息まじりの声が飛び交う。その赤い海の向こうに有名な通天橋があって、そこから鈴なりの人々が眼下の紅葉の海を眺めおろしている。言葉にも出ない美しさとは、まさにこのことだなぁと実感する。もう少し進むと、紅葉の赤い海がぽっかりと空間が開いて、そこには川が流れている。その両岸には緑の苔、川面には青い空が写っていて、それが紅葉の真っ赤な色と相互に映えて綺麗なことといったら、この上ない。紅葉を見て、こんなに興奮したことはないと思うほどである。しかし、これがまた、東福寺の中から見ると、ますます素晴らしいのであるから、これはまだ導入部にすぎないのである。

通天橋の下の谷の川と紅葉


 お寺に入れていただき、さっそく通天橋に向かう。長蛇の列であったが、何とか橋を渡り始める位置に着いた。下を見下ろすと、どこを見ても、紅葉の赤、赤、赤で埋まっている。しかも、その紅葉は、真っ赤なものもあれば、たまに黄色い色も混じっており、その枯れ葉が緑の苔の絨毯の上に落ち重なって、その色の対比がモダン・アートを見ているようである。いったい、何という美しさかと思わず感激するほどだ。

紅葉の落ち葉が苔に降り敷く


 通天橋をどんどん進んでいき、真ん中ほどの出窓のようなところで、紅葉の谷を見下ろした。さきほど我々が来たときに見上げていたところである。そこからの青い空、紅葉の赤と黄色、それに緑の松の木が互いに響き合って、この上ない美の世界を作り出している。観光客は皆、我を忘れたように携帯やデジカメを取り出して写真を撮っている。これを前にして、写真を残さないで、おられようかといっているがごとくである。実は私もそのひとりだあるから、何をかいわんやである。

東福寺の紅葉


開山堂(別名:常楽庵)


 まるで夢うつつのようになりながら、通天橋そのものは通り過ぎた。そこから上へとあがって行き、開山堂(別名:常楽庵)に至った。ここは、屋上に楼閣があるような見たことのない造りの建物であるが、その前には丸く刈り込まれたサツキのような木々で埋まっている庭園がある。本来なら、ゆっくりと見たいところではあるが、この日はたくさんの見物人がいたので、それもかなわず、トコロテンのように押し出されてすぐ左手の普門院まで行ってしまった。その前庭は、四角く掃かれた枯山水で、見ているとなかなか面白いのであるが、それを横目に見ているうちに、もう出てしまった。そこからは再び紅葉の世界に戻り、今度は通天橋から離れて谷のところへ降りていった。橋から見下ろすのも良いが、こうして谷から見上げるのも、なかなか一興である。

普門院の前庭


 それから、方丈へと戻り、入ったとたんに、東庭に出た。なにやら、丸い石が6〜7個並んでいる枯山水だなと思って通り過ぎた。しかし、あとから東福寺のHPを見ると、「北斗七星を構成し、雲文様地割に配している小宇宙空間」とあった。それなら、そのつもりでもっとじっくり見たのにと思ったが、後の祭りである。

方丈の東庭


 それから、いきなり大きな石がいくつも並んでいる枯山水に出た。方丈西庭である。その大胆で勇壮な感じ・・・これはもしかしてと思ったら、やはり、八相の庭といって重森三玲が作ったものであった。それにしても、寝ている赤い石といい、立っている緑っぽい石といい、見事なものだ。その向こうには、木を市松模様に刈り込んだところがあり、これも特徴的な造作である。方丈北庭は、石と苔を使って、やはり市松を表現しているが、こちらの方がもっと小ぶりである。ちょうど通天橋方向の紅葉の景観が借景となって、非常に美しい。

方丈の西庭


 これで、本日のメイン・イベントが終わってしまったという気分になったが、実はこれからまだまだ紅葉見物は続くことになるのである。なお、東福寺のHPによると、「東山月輪山麓、渓谷美を抱く広々とした寺域に、由緒ある大伽藍が勇壮に甍をならべ佇む....東福寺の名は、『洪基を東大に亜(つ)ぎ、盛業を興福に取る』と、奈良の二大寺にちなんで名付けられました。諸堂の完成は1271(文永8)年。以来、京都五山文化の一角を担う禅林・巨刹です。」とあった。いやもう、この紅葉の海の美しさを現代の日本に残していただいたことだけでも、たいしたお寺であると思う。

東福寺の紅葉



(2009年12月2日記)



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