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京の紅葉(5)長岡京の光明寺

浄土門根元地・西山浄土宗・光明寺


 翌日、朝早く起きてホテルの朝食をいただき、それから歩いてすぐ近くの京都駅に向かった。32番線から嵯峨野行きに乗ろうとして、駅の通路を歩いていたとき、「あれあれっ、通路に知った顔が並んでいる」と思った瞬間、向こうも気がついた。私と同級生の友達どうしで、関西にゴルフに来たそうだ。世の中は狭い。まったく予想もしなかったところで会うものだ。でも、そのときの立ち話で、長岡京の光明寺の紅葉が素晴らしいと聞き、すぐに行き先を変えてそのまま関西線へと飛び乗った。こういう場合に、Suicaは便利である。もっとも、それはJR系の鉄道だけの話で、私鉄系のPasmoは関西では使えないから不便になる。まあ、それはともかくとして、電車に乗ったと思ったら、長岡京にはすぐに着いてしまった。こんなに近いとは思わなかった。

立派な燈籠


 光明寺へは直通の臨時バスが出ていて、それに乗ると、ものの20分くらいで着いてしまった。降りた辺りは、見事なほど一面の野菜畑である。ああ、田舎に来てしまったという感がする。半世紀以上前の小さい頃の自分に戻ったような世界で、どこか懐かしい。その道を歩いて行くと、前方に「西山忌 総本山光明寺」と書かれた木札と、総門の前に「浄土門根元地」と書かれた石碑が見える。「根元地」とはこれいかにと思ったが、いただいたパンフレットによれば、「京都の西南、西山連峰がたおやかな稜線を描き、美しい竹林や杉、松の森に囲まれた粟生の里は、法然上人がはじめて『お念仏』のお教えを説かれたところです。それから800年、当本山は西山浄土宗の総本山で、報国山光明寺として法然上人の教えを受け継いできました。総門の前に立つ『浄土門根元地』という石標はそのことを表しているのです」とある。ははぁ、だから「根元」という言葉が使われているのかと納得した。

光明寺への紅葉の参道


 ところでこの光明寺は、最近のJRのポスターに「そうだ、京都に行こう」などと書かれている標語の背景となっている写真で、紅葉が一面に散り敷いているものがあるが、まさにその写真が撮られたお寺である。さきほど、京都駅でばったり会った友人も、そのポスターに惹かれてわざわざ拝観に行ってきたという話をしていた。

 実は、光明寺はそのほかにも歴史好きの人の間では、大変有名なお寺なのである。それは、このお寺のパンフレットにも載っていた。すなわち「当山の開山第一世は法然上人ですが、建久9年(1198年)の創建に力を尽くしたのは、平家物話や敦盛に登場する熊谷次郎直実です。武士として戦乱に生きた直実は、自らの罪の深さにおののいていました。しかし、法然上人の『どんなに罪が深かろうとも念仏を一心に申せばかならず救われる』というお言葉に、その場で出家を決意したといわれています。その直実が熊谷蓮生法師として、念仏一筋に暮らした念仏三味院こそが光明寺の前身なのです」とある。


苔の緑の上に落ちている落ち葉


 ちなみに、一昨年、私は親子三代で家族そろって神戸を訪れたことがあるが、そのときのエッセイで、須磨区にある須磨寺にも言及した。こちらは、源平ゆかりの寺としてよく知られていて、平敦盛・熊谷直実の一騎討ちの場面を再現した庭がある。いうまでもなく、当時16歳だった平敦盛が、一の谷の浜辺で源氏の武将であった熊谷直実に討たれた話であるが、その直実が一生その罪を背負って、この長岡京の地でその余生を過ごしたかと思うと、まさに涙して余りあるところである。

法然上人像


 光明寺へは総門から入り、表参道の階段を一歩一歩登って行くと、立派な燈籠があった。その回りには、赤い紅葉、黄色い紅葉、青い常緑樹の木々がとりまいていて、バランスといい、形といい、色といい、本当に美しかったので、それを写真に収めた。ううむ、これは見事だとしか言いようがない。まだまだ続く参道の階段を見上げると、あまり紅葉は見当たらなかったので、どうやらポスターの写真の場所はここではないらしい。たまたま、参道脇の緑したたるような苔の上に、落ち葉が散り敷いていて素晴らしかったので、それを一枚、写真に撮った。

 そうこうしているうちに、御影堂の前にたどり着き、左手の法然上人像を見上げた。なるほど、知的で優しそうなお顔をしている。直実が帰依したのは、むべなるかなという気がする。もっとも、このお顔が本人そっくりという証拠はないのは、その通りではあるが・・・。その後、御影堂でお参りした後、釈迦堂に方へと行き、勅使門のある信楽庭を拝見した。小ぢんまりとしていながら、左右の石組みと緑の苔、真ん中の白い枯山水とが非常によく調和しているので、しばらく落ち着いて眺めていたいと思わせるほどの庭であった。


光明寺の紅葉と青空の中の一筋の飛行機雲


 それから表に出てみると、真っ赤な紅葉、青々とした木々の緑、そして真っ青な空に、一筋の飛行機雲が見えて、まるで絵に描かれたような光景に出合ったことから、そこでまた一枚の写真をものしたのである。これもまた、今回の旅行を代表する一枚となった。また、信楽庭の勅使門を表から見たところ、その両脇から紅葉の木が張り出してきていて、なかなか風情のある景色である。その写真も、長い歴史を感じさせるこのお寺を訪問した素晴らしい記念となったというわけである。

信楽庭の勅使門


光明寺の紅葉と青空


 さてそれから、「もみじ参道」を通って、帰途に着いた。この道がまさしく、JRのポスターにあったところで、途中の薬医門を中心として、その手前もこちら側も、紅葉・紅葉・紅葉がトンネルをなしていて、いやまあ、こういうのを言葉では表しきれない美しさというのかもしれない。本当に来てよかった。しかし、あの時、京都駅で友人と出合わなかったら、一生来ることもなかったかもしれない。まさにこういうことを、一期一会の縁というのかもしれない。そういうことで、まずはこの一連の写真を見ていただきたい。これを見終わった後、そのあまりの美しさに、おそらくは、言うべき言葉が直ちには出てこないのではないだろうか。

勅使門の紅葉


苔の上に落ちた紅葉


光明寺の紅葉


光明寺の紅葉


杉苔と椿の花びら


もみじ参道


もみじ参道の途中の薬医門


もみじ参道の途中の薬医門


もみじ参道




(2009年12月3日記)



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