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京の紅葉(7)嵯峨野の祇王寺・落柿舎

祇王寺の門


 常寂光寺においとまをし、再び嵯峨野巡りに戻った。さて次は、前々から行ってみたかった祇王寺である。常寂光寺からは、ほど近いところにある。いうまでもなく祇王寺の元となった祇王は、平家物語にも出てくる悲しい物語で、お寺のHPに詳しく書かれている。その要旨をかいつまんで述べれば、都に聞えた白拍子の上手に祗王、祗女と言う姉妹がいて、時の権力者である平清盛の寵愛を受けて安穏に暮らしていた。ところがある時、仏御前と呼ばれる白拍子の上手が現われて、清盛の館へ行って、舞をお目にかけたいと申し出た。当初、清盛はこれを断ったが、祗王の取りなしで呼び入れて、今様を歌わせたところ、清盛自身がたちまち仏御前に心を動かされた。そこで仏御前が祗王の地位を乗っ取った形となり、祇王は館を追い出された。そのとき祇王は、「萌えいづるも 枯るるも同じ 野辺の草 いずれか秋にあわではつべき」と障子に書き残して去って行ったという。

祇王寺の庵と紅葉


 それから祇王は、再び清盛の前で舞を見せるなどのつらい経験を経て、結局のところ、姉妹と母の三人で剃髪して尼となった。そして、ここ嵯峨の地の世捨人となり、仏門に入ったのである。そうして母子三人が念仏している所へ、竹の編戸を叩く者があった。誰かと出て見ると、思いもかけぬ剃髪姿の仏御前であった。そこで、四人一緒に籠って仏教の修行をし、往生の本懐を遂げたという話である。それ以来、祇王寺は、平家物語の尼寺としてよく知られるようになった。ちなみに現在の祇王寺は、明治初年にいったん廃寺となったときに残った墓と木像が大覚寺によって保管され、その後復興したが、そういう経緯もあって、今は大覚寺の塔頭で宗派は真言宗となっている。

祇王寺の庵と紅葉


祇王寺の羊歯と紅葉


 祇王寺の入口近くにそっと、嵯峨菊が植えられている。ああ、確かにここが嵯峨菊の発祥の地だと思い出した。茶室の門のようなところをくぐって境内に入ってみると、ざっと見渡せるほど、狭い。しかし、中央には紅葉の木々が植えられている苔むした庭があり、その奥には、本堂というのか庵といった方がよいのか、素朴な建物がある。羊歯が美しく植えられているし、垣や手水の配置もよく考えられている。確かに、尼寺の艶やかさと侘びしさが感じられる。

祇王寺の入口近くの嵯峨菊


祇王寺の風雅な庭


 庵の中は撮影できなかったが、控えの間の大きな丸い窓が印象的だった。そこを出て、裏手に回ってみると、一基の燈籠がポツンと立っていた。それを見て、ふと、寂しさを感じてしまったのは、私だけではないと思う。そういう、諦観を伴った寂しさというのは、やはり祇王の物語から来ているのだろう。

祇王寺の風雅な庭の燈籠


落柿舎の正面


 それから、嵯峨野巡りの最終段階に入る。というのは、大覚寺へ行くか、それとも落柿舎に戻るかという選択を迫られたからである。何しろ、時刻はもう午後4時を回っていた。いずれにせよ、大覚寺の拝観時間に間に合っても、たいして見学はできないから、落柿舎に戻ることにした。また嵯峨野を歩き、落柿舎前の野菜畑に出た。人力車を引いている車夫のお兄さんによると、この畑は、落柿舎前に建物を立てさせないために、京都市が土地そのものを買って、地元の人に畑の世話をお願いしているということらしい。いいことだ。

落柿舎の庵


 さて、落柿舎に入らせていただいた。建物の中や脇には、もちろん柿の木があって、実際に柿の実が生っている。門をくぐって建物の中に足を踏み入れると、その正面には、傘と蓑が掛かっている。ここ落柿舎は、松尾芭蕉の第一の門人であった向井去来の住まいであった。「洛陽に去来ありて、鎮西に俳諧奉行なり」といわれたほどの人で、芭蕉は、元禄二年(1689)以来ここに三度も訪問して、嵯峨日記を表したほどである。落柿舎のHPによると、去来は武芸に通じ、軍学、有職故実、神道を学んだ。芭蕉の教えに忠実でありたいと、「一紙の伝書をも著さず、一人の門人をももとめざれば、ましてその発句の書集むべき人もなし。この寥々たるこそ、蕉翁の風雅の骨髄たるべ」しと云ってたようである。まあともかく、ここで芭蕉と交流し、好きな俳句仲間と句会を開いて、趣味に生きた人に違いない。ああ、羨ましい限りである。ただ、ちょっと寂しすぎる地ではあるが・・・。

落柿舎の庭


 裏手から、トーンというか、カーンというか、まあそれが合わさったような音が聞こえてくるので行ってみると、鹿威し(ししおどし)であった。水がたまるまで1分くらいあって、それをじっと待っている必要があるが、いよいよ重たくなって竹筒が傾き始めると早くて、あっという間に竹筒の先が下の石に触れ、その際にカターンという甲高い音を響かせて水を放出し、そしてすぐに元の位置に戻る。これは、電子回路の説明にも使えそうだ。コンデンサーにため込む電子がいっぱいになって閾値を超えると、フブーッという音とともに一挙にそれを放出するなんていう回路なら、これで説明できそうだ。・・・そんなことを考えているから、俳句を作りそこねてしまったではないか・・・。そこで、遅ればせながら一句。
 
 落柿舎や 鹿威し聞く 日暮れかな [悠々人生]

落柿舎の鹿威し


(2009年12月4日記)



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