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徒然173.トヨタのリコール問題
 昨年秋から今年の初めにかけて、トヨタ車をめぐり立て続けにリコール問題が生じた。具体的には、トヨタ車のアクセルペダルが戻らない問題、看板車種のプリウスのブレーキの効きが悪い問題などである。これについて、沈黙を守っていた豊田章男・トヨタ自動車社長は、2月5日夜、ようやく緊急記者会見を行った。

 ところが、それを報じたテレビの会見内容を見て、これは大失敗だと思ったのは、私だけではないようだ。社長自らの会見であるにもかかわらず、まるで空々しく、単に謝るだけで今後どうするのかという対策を示さない。挙句の果て、自らは米議会の公聴会には出ていかないと出席を拒否する有り様である。事の重大性をまったく理解していない。つまり、米国側の日本車に対する厳しい目線を敢えて無視し、消費者の期待を完全に裏切る行為である。これでは、トップとしての資質を疑うような会見といわれても仕方がない。

 この会見について速報した報道でも、豊田社長は、「心からおわびする」、「危機的な状況だ。信頼回復を一致協力してやっていく」、「できる限り早く対応できる方法を指示した」、「 Please believe me!(どうか信じてください)」というばかりで、内容が全くないとか、10日の米下院公聴会に出席しないのかと尋ねられて「誰がトヨタから出席しようとわれわれの声は一つ」と、被告席に立たされているトップとはまるで思えないことを口走ったなどと批判されている。また、会見開催が遅れたのは豊田社長が不要不急のダボス会議出席を続けたためらしいが、この会見で「危機的状況」と言ったことと矛盾するではないかと指摘されている。

 現に、米テレビなどのマスコミは、この会見は、まるでタイガーウッズの二番煎じを見ているようだと、面白おかしく伝えている。ゴルフ界のスーパースターであるウッズは、最初は単なる交通事故だと嘘を付いていたのに、それが実は女性問題が原因であったことが発覚し、それから次々に関係した女性の発言が相次いで、遂に休業に追い込まれたのはついこの間のことである。今回も、この事件をきっかけに、期せずしてトヨタ首脳の認識の低さ、感度のなさ、ひいては頭の程度が世間に知られてしまったというわけである。一部のネット評論では、豊田章男社長は「こども社長」という称号を授けられる始末である。我が国を代表する大企業がこの有り様では、最近の日本企業の元気のなさの背景が、なんとなくわかった気がする。リーダーの資質が低下しているのだ。

 だいたい、この種の緊急事態への対応は、色々な企業で経験済みなので、リスク管理の問題として、専門家によって分析され、検討し尽くされて、大企業ならとうの昔にマニュアル化が終わっているはずだと思っていた。なのに、トヨタともあろう大会社が、これほどお粗末な対応をするとは信じられない思いである。まずしなければならないことは、現状の迅速な把握と、それに対する真摯な対応である。またそれを、時機を失することなく、包み隠さず公表することである。

 その点、トヨタは日米でクレームが続出しているのに、先週この問題が生じて初めて首脳として会見を行った佐々木真一副社長には、まったく危機感がなかった。クレームの件数や内容すら十分には把握していなかったし、どう対処するかという肝心なことについて、まるで曖昧な返事をするばかりであった。米国では、日本から誰も首脳クラスが出向こうとはせずに、もっぱら米国トヨタ自動車販売のレンツ社長の対応に委ねられているが、これは販売の問題というより、製造の問題である。これも非常に無責任な体制といえよう。

 加えて、トヨタの横山裕行常務(品質保証担当)の4日の会見も、これまたひどいものだった。プリウスのブレーキが一時的に利きにくくなる原因は、ABS制御プログラムの問題とされるが、この点について横山常務は「ドライバーの感覚的な問題もある」と、ドライバーのせいにしている一方で「今年1月以降の製造車両には改善措置を講じている」とも語った。

 しかし、こんな馬鹿な説明はない。そもそも、車の欠陥を消費者のせいにするその感覚がおかしいし、もしメーカーが悪くないというなら、なぜ改善措置を講じる必要があるのか。それに、すでに買った消費者はどうすればよいのか。それで事故が起こったら、すべてドライバーのせいになるのか・・・。社長がダメなら、役員クラスもダメである。せっかく築き上げたブランドも、この一夜の会見ですっかり崩れ去った。まるで、数年前の三菱自動車の体たらくを再現しているかのようである。

 GMと合弁という形でアメリカに進出する前のことだが、かつてトヨタは、東京にも出て来ず、あれほど問題となったアメリカにも出ようとせず、「三河の田舎者」と世間から罵られた時期があった。しかし、トヨタは今に至るこの長い期間、そんな馬鹿な会社であり続けたはずがなく、苦節何十年の末、三河の単なる田舎者から、むしろ尊敬される会社へと、途中で大きく変貌を遂げたはずだったのに、なぜ今回は先祖返りをしてしまったのかというのが、私の素朴な疑問である。

 というのは、1980年代を中心に、日米間では貿易摩擦問題が争われ、自動車が最大の課題であった。その過程では、トヨタは通産省と連携して実によく対処し、守るべきところは守り、引くべきところは引いて、燃えさかる貿易摩擦を最小限に抑えるのに最大の貢献をしたと思っている。いまさら言っても仕方がないが、もし仮に、その当時の知恵者がトヨタの社内に残っていたのなら、こんな無様な会見はなかっただろうというのが、私の印象である。

 この数年、日米間は良好だった小泉=ブッシュ関係の余韻で、まったく心配のない無風状態が続いていた。しかしこれも、日米同盟と同じで、あたかも空気のように、いつもそこにあると思ってその保持の努力を怠ると、あっという間に崩れ去る危険性を内包していたのである。特に昨年来、ビッグスリーのうち2社が倒産して、米国の自動車産業は塗炭の苦しみを味わった。その中で、販売を伸ばす外国の自動車メーカー、特にトヨタに対して、怨嗟の声とまではいかないが、少なくとも妬みの意識は米国内で芽生えていたといえる。

 その中で生じたこのトヨタのリコール問題は、米国側に格好の攻撃材料を与えてしまったようである。それに対して、トヨタ側は無風状態に慣れ、何が本質なのか、それをいかに維持していくべきかを見失ってしまっていたといえよう。この調子では、トヨタの経営陣を総取り換えでもしないことには、事態は容易には収まらないだろう。社長は、テスト・ドライバーとして新車に乗っているどころではない。これは技術問題ではなくて、明らかに政治問題なのである。その機微をわきまえるべきだ。株主や日夜努力している従業員ひいては日本全体のためにも、会社をちゃんと動かすべきである。



(2010年2月7日記)


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