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浜離宮の菜の花

浜離宮一面に菜の花で真っ黄色の風景


 浜離宮で菜の花が真っ盛りだと聞いて、お昼の時間に行ってみた。確か前回来たのは5年前の同じ頃だと記憶しているが、辺り一面に菜の花で真っ黄色の風景は、何回見ても感動せずにはいられない。小さなお子さん連れのお母さんも何組かいらしたが、興奮して菜の花の廻りを走り回る子供を押さえるのに忙しい。子供心にも、これは凄いとでも思っているのだろう。

浜離宮の菜の花


汐留の高層ビル群をバックに浜離宮の菜の花


 菜の花に近づくと、ほのかに甘い香りが鼻にまとわりついて、まるで何かに取り込まれるような気持ちになる。しかし、もう花の盛りは過ぎたらしくて、以前のように花の近くを蜂が忙しく飛び回る時期は終わり、余香を楽しむ時期となったようである。また今年も、そういうお花畑一面の菜の花とともに、そのバックに聳える汐留の高層ビル群を眺める写真を撮った。

白梅と紅梅とが同時に咲く木


 これは、木瓜(ぼけ)の花である。心なしか、頼りない紅白色であるが、真っ赤な色の木瓜もあって、そちらの方ならかなりのインパクトがある。ウィキペディアによると、花言葉は「先駆者」「指導者」「妖精の輝き」「平凡」であるというが、それぞれ相互に矛盾するようで、かなり当たっていると思う。

雪柳(ユキヤナギ)


 これは、雪柳(ユキヤナギ)で、バラ科だという。別名を小米花(こごめばな)というらしいが、その名のとおり、五つの花びらを付けた端正で小さな花が目いっぱいついて、しかも柳の木のように風に吹かれて右や左へと揺れている。遠目では、まるで噴水が広がっているように見えるのが面白い。

馬酔木(アセビ)


 これは、馬酔木(アセビ)である。中学の時に万葉集が好きな国語の先生がいて、「磯の上に生ふる馬酔木を手折らめど見すべき君がありといふなく」という歌[大来皇女、巻2-166]を習ったことがある。刑死した弟の大津皇子を偲んだ歌だと覚えているが、その時、この花には毒があって、馬が食べると酔ったような状態になるから、そう名付けられた、それは亡き弟を偲ぶ時の皇女のほろ苦い気持ちと通ずるものがあると教えられた。鈴のような可憐な美しい形をしているだけに、その比喩は鮮烈な印象として残ったものである。

お伝い橋の方から中島の御茶屋を見る


 お伝い橋の方から中島の御茶屋を見たもので、バックの高層ビル群とは不思議と調和している。江戸時代には、想像もできなかった風景である。中島の御茶屋は、将軍がお客を接待するために作られた施設で、先の戦災で焼失したが、その後再建されたものとのこと。なお、お伝い橋を抜けたところには、富士見山という小高い丘が設けられているが、その名のとおり富士山を観望するための丘であるが、江戸末期には、ここに大砲が据え付けられて、浜離宮全体が庭園から軍事施設化されたという。

潮留の高層ビル群を見る


 ちなみに、以上の説明のかなりの部分は、入口で貸してもらった「浜離宮ユビキタス」という情報端末によるものである。なかなか便利なもので、各説明地点に来ると、その画像とともに、説明のアナウンスが流れるという仕組みになっている。ただ、あまりこんなものに頼り切ると、自分で調べなくなって、かえって物事がわからなくなるのではないかと思ったりする。情報化時代のパラドックスのようなものだ。

乙女椿


 最後に、乙女椿がとても美しかった。きれいなピンク色で、しかも八重咲きどころかダリアの花のように何重咲きにもなっていて、それでいて清楚な感じがする。街路樹としてよく見かけるが、いささかもったいないと思う。


(2010年3月20日記)


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