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徒然178.熱気球とお大師様

舎人公園の熱気球


 都立の舎人公園で、「春の花火と千本桜まつり」が行われていると聞き、そういえば、日暮里・舎人ライナーというのが2年前に出来たのに、乗ったことがなかったと思い出した。そこで、自宅から千代田線で西日暮里へ行き、日暮里・舎人ライナーに乗り込んだのである。

日暮里・舎人ライナーが荒川を越えたところ

日暮里・舎人ライナー


 ゆりかもめと同じ新交通システムで、運転手はおらず、ホームのドアと電車のドアが同時に閉まったら、ゆっくりと発車した。ゆるゆると走る。それほど揺れないし、別に騒音もない。3階くらいの高さを走るので、見晴らしはよい。もう終点にあと二つという舎人公園駅に着くまで、わずか15分という短い旅である。途中、荒川を越えるところで、線路がやや高くなっているだけで、それ以外は平坦な線路となっている。路線周囲の景観はといえば、その荒川近辺と舎人公園近くに水面や緑が見えるだけで、あとはたくさんの家やマンションばかりであるから、特にこれといったランドマークになるようなものはない。むしろ、かなり人口稠密な地であったのには驚いた。まあ、かつては田畑、そのもっと昔は荒れ川の湿地帯だったところに、急速な都市化の波がやってきて、こんな姿になったのだろう。

舎人公園の熱気球

舎人公園の熱気球


 「舎人公園駅」に着き、そこで下車したところ、公園の中で、熱気球を上げているところである。しかし、どうも風が強かったらしくて、お客を降ろして撤収しているようだ。たくさんの係員が籠に乗ったり、それを押さえたりして、一生懸命に気球を横倒しにしようとしている。あれあれ、風に引きずられて危ない・・・と思ったら、気球がようやくしぼんで、横倒しになった。ともあれ、よかった。

舎人公園駅


 舎人公園の中は、日暮里・舎人ライナーが南北の縦に貫いていて、その西のところで熱気球のイベントがあった。いろいろな模擬店が出ている。そこをひとわたり見て、日暮里・舎人ライナーの東に向かう。こちらは、公園のメインの部分で、広大な敷地になっている。ウィキペディアでこの公園の歴史をひも解けば、舎人公園は昭和15年に防空緑地として計画決定された。これは当時の東京の爆発的な人口増加に比べて社会資本の整備が遅れ、住民の健康的な生活や防災に重大な影響を与えるおそれがあったためであるということらしい。

舎人公園東側


 さて、その公園の東部分であるが、噴水広場から大池の方にかけて、本日はいろいろな売店が出ていて、まるで神社の縁日のような雰囲気である。そこを通って、大池にたどりつくと、何人かが釣りをしている。釣りが許されているかどうかは知らないが、中にはマナーが悪い釣り人がいる。というのは、大池の岸のほとりで、バードウォッチングをするテントがあって、その前には数本の望遠鏡が並べられていて、それを道行く人たちに見せているグループがいた。ところが、釣り人のひとりがそのグループの人たちに対して、「うるさいぞー」と叫んでいたからである。こういう場合は、バードウォッチングの方が、当然に優先すると思うのだが、どうだろうか。

舎人公園の椿


 そんなことがあって、どことなく嫌気がさして、再び日暮里・舎人ライナーの駅に戻り、また乗ろうとして路線図を見たところ、「にしあらいだいしにし」という、不思議な名前の駅がある・・・というのは冗談で、漢字で書くと、西新井大師西駅である。西新井大師といえば、信心深いとはとてもいえない私どもでも、聞いたことがある。家内も行ってみたいというので、途中下車することにした。

西新井大師に行く道すがらの花


 西新井大師西駅に着いたので電車を降りた。案内板によると、お大師様は、そこから1250メートルのところだそうだ。住宅街を家内とともに、ぽこぽこと歩く。幸い、寒くはないが、吹きつける風はまだ冷たい。しかしそれでも、春に入ったようで、住宅街の庭々に植えられている木々には、木瓜(ぼけ)などの春の花が真っ盛りを迎えている。この写真の木には、同じ枝から赤と白とピンクという三色の花が咲いているので、びっくりして、しばし見とれてしまった。

西新井大師に行く道すがらの木瓜の花


 お寺のHPによると、要するに、西新井大師は真言宗豊山派の寺院であり、天長年間、弘法大師が関東に来られた時に当所に立ち寄った。ちょうど村人達が悪疫の流行に悩んでおり、それを救おうと自ら十一面観音を造って祈祷をした。すると枯れ井戸から清らかな水が涌き出てきて、病は平癒したという。その井戸がお堂の西にあったことから『西新井』の地名ができたということだそうだ。

西新井大師の参道の入り口

西新井大師の参道の脇の由緒ありそうな店


 参道の入り口は、比較的狭いものだが、そこを入って行くと、両側には古くからあるような店舗が並ぶ。山門をくぐると、右手には「塩地蔵」なるものがあり、江戸時代からあって、いぼ取りに効能があるそうな。その頃は、お堂から塩をいただいて功徳があるときは倍にして返すということで、このようなお姿になったようである。

西新井大師の塩地蔵


 面白いのは手洗い場で、お堂の形式や水鉢は普通のものであるが、それを支える四人の像がとても人間的なのである。まあ、ともあれ写真を見ていただくと、実にうれしそうに水鉢を支えていてくれるので、こちらも楽しくなる。お寺は、こうでなくてはいけない。
 

手洗い場の入り口

手洗い場を支える二人の像のひとり

 最後に、大きな大本堂にたどりつくと、どういうわけか、その前に車がたくさん停まっている。どうしてこうなっているのか、まさか駐車場で収益を上げているのではあるまいにと思いつつ、本堂の階段を上っていくと、ちょうど祈りの声が朗々と聞こえてきた。お護摩を焚いて、何かをお祈りしているようだ。

西新井大師の本堂


 お賽銭を入れて参拝した後、横に回ってお堂の中をみた。すると、段の上には黄色の袈裟のお坊さんのほか、8人ばかりの緑色の袈裟のお坊さんとが、お経らしきものを何やら一心に唱えておられる。その前には、たくさんの人々が座って、それを聞いている。護摩の何かの行事であろう。そこで気がついたのだが、境内にたくさんの車があったことを考え合わせると、どうやら「人」だけでなく、「車」に対しても、交通安全の護摩のお祈りをされていたようだ。

西新井大師の境内


 ちなみに、「お護摩の火によって、我々の煩悩(悪い心)を燃やし尽くし、それによって清らかな心となって、色々な願い事をするのだ」という。珍しいものを見させていただいた。それにしても今日は、熱気球から始まって、お大師様の護摩で終わるという、不思議な日であった。

西新井大師近くの花



(2010年3月27日記)


  
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