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徒然183.日本国憲法の講義

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 とある大学校と名のつくところで、憲法の講義を頼まれた。1週間の間を置いて、2回に分けて行うというものである。もちろん、「超」が付くほど真面目にやるつもりだったのだが、いただいた受講者名簿に目を通して皆さんの経歴を拝見すると、おそらく、およそ日頃は法律というものを目にしたこともないような人たちばかりである。だから、正直なところ、これでは憲法どころではないと思った。こういう方々を相手に小難しい憲法理論をいくら話したところで、仕方がない。安請け合いをするのではなかった。ついでに、報酬まで断ってしまったという、格好の良さだから、余計に反省することしきりである。

 でもまあ、引き受けてしまったので、やるしかない。冗談や漫談のたぐいで2日間の計4時間半を過ごそうかとも考えたが、日頃、大学院の学生相手にしゃべっている冗談も通じないのではないかと危惧される・・・そして、事実、そうだった・・・。でも、一応は受講してくれるのだから、何か、憲法がわかった気になって帰ってもらわなければいけない。どうしようかと2〜3日間、考えた末に、憲法判例百選気鉢兇魘戯爐砲靴董△海譴鯣塾磴隼廚錣困法⊇鬼誌のような感覚で読んでもらい、そのついでに違憲審査基準、政教分離、自己負罪拒否特権、三権分立などのキーワードを紹介して、覚えてもらおうと思いついた。そうすると、そのような事例とキーワードの組合せが少しでも頭の片隅にでも残っていれば、後から「ああ、聞いたことがある」ということになるのではないかという算段である。これは我ながら、良いことを思いついたと考えた。

 そういう路線でレジメを作ることにした。憲法の条文と対比しつつ、判例百選の判例がわかるようなものが出来た。分量は、計4枚である。しかし、これを読むと、自分で書いたものなのに、本当に面白くないものとなった。こんなものを題材にして憲法を聞かされた日には、私だったら、15分で高いびきだろう。教室のあちこちから、グーグーという寝息が聞こえてきそうだ。困ったなぁと思いつつ、これをパワーポイントに移していた時に、ハッと頭の中に閃いたものがある。そうだ、この憲法の条文と判例の間に、何か写真を入れたらどうだろう。地方の人が多いので、東京を紹介できるような写真がよい。とりあえず、上下の二つのパワーポイントのファイルのうち、最初の上巻には、ついこのあいだ撮ったばかりの、古河庭園の薔薇の写真にしよう。あれほど美しい薔薇のコレクションは、そうそうないはずだ。その次の下巻には、昨年1年間の、私のベスト・コレクションを入れよう・・・そういうことで、二つのファイルに、合計で30枚ほどの写真を掲載した。これで、準備万端整った。

古河庭園の洋館


 さて、その講義の日となった。案内されて教室に入ると、予めお願いしていた通り、パワーポイントのスクリーンがある。よし、よしと思いつつ、まず最初にスクリーンに出したのは、興福寺五重塔と桜の風景である。皆さん、ザワザワとなるので、まあ関心を引き付けたようだ。そして、憲法の前文から話を進めていき、皆が眠たそうになったところで、古河庭園の洋館の写真を出す。再びザワザワとなったから、どうやら眠気が飛んだみたいだ。表現の自由の話をしていて、皆が飽きる頃に、薔薇のピンク・ピースの写真を見せ、これは咲いてから花びらの色が変わる薔薇で、香りも非常に良い薔薇だなどと蘊蓄を語る・・・とまあ、そんな調子で、2時間近くを乗り切った。途中で、大学院でよくしゃべっている冗談を何発かお見舞いしたが、何の反応もなく、悲しかった。やはり、この人たちには、写真に限る。

古河庭園の薔薇、ビンクピース


 講義が終わり、授業の資料を片づけているときに、ひとりの受講者がやってきた。そして、私にこう言ったのである。

「先生、来週の講義にも、ぜ、ぜひ、あんな写真を見せてください。」

 もう、いったい何なんだ、これは・・・私は、何をしに来たのだろう。憲法のキーワードどころか、薔薇の名前を覚えて帰ってくれそうだ。しかし、まあいいか・・・学校側は、来年はもう私に頼みに来ないだろう。ちょっと予定外の展開となったが、所期の目的は達成できそうだ。

古河庭園の薔薇、シャルル・ドゴール




(2010年6月6日記)


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