<< 花菖蒲と軽鴨と睡連 〜 小石川後楽園 | main | 明治神宮の花菖蒲苑 >>
高幡不動の紫陽花

高幡不動の紫陽花


 紫陽花の原産地は日本であるが、江戸時代にシーボルトが長崎からひそかに持ち出して彼の地で改良され、西洋紫陽花となって逆輸入されたらしい。日本に元々自生していたのは、額(ガク)紫陽花、つまり中心にごちゃごちゃと集まった小さな花々を、あたかも額で縁取るようにして少し大きな「装飾花」が咲くというものだった。ところが、西洋での改良の後は、その大きな「装飾花」が全体に咲く「手毬形」のものとなった。つまり、今では紫陽花というと、こちらの方を思い出してしまうが、実はこれは西洋で改良された後の姿なのである。

高幡不動の紫陽花


 その紫陽花の色であるが、咲いている土の酸性の度合い、開花の日数の変化などで青にも赤紫にもなるので、花言葉は「七変化」とか「移り気」というらしい。この上の写真の紫陽花などは、同じ木の同じ花なのに、最初は真っ白だったものが、日数が経つにつれてこのようにピンク色が付いてきて、最終的には、すべて赤くなると教えてもらった。なるほど、移り気というわけだ。政界なら、さしずめ「風見鶏」というところだろう。ちなみに、土が酸性のときは青色、アルカリ性のときは赤紫色になりやすいそうな。日本の土は、たいてい酸性だから、青い紫陽花が多いということになる。

高幡不動の紫陽花


 さて、今日の午後は、京王線に乗って、高幡不動尊まで行ってきた。お参りを兼ねて、ちょうど見頃の紫陽花を撮るためである。このお寺の縁起であるが、そのHPによると、「真言宗智山派別格本山、高幡山明王院金剛寺は古来関東三不動の一つに挙げられ高幡不動尊として親しまれている。その草創は古文書によれば大宝年間(701)以前とも或いは奈良時代行基菩薩の開基とも伝えられるが、今を去る1100年前、平安時代初期に慈覚大師円仁が、清和天皇の勅願によって当地を東関鎮護の霊場と定めて山中に不動堂を建立し、不動明王をご安置したのに始まる。」とのことである。

高幡不動の八十八ヶ所巡拝路

高幡不動の紫陽花


 この日は、午後3時頃に着いたので、あまり時間がなかった。そこで、まずは仁王門を入ってすぐ左へ行き、弁天堂の横から「山内八十八ヶ所巡拝路」と書かれた入り口より左手の山中の道を辿って行った。ほとんどが日本の野生種又はその改良種の山紫陽花で、要すれば額紫陽花の原型種である。色は主に白だが、その次に青が多く、ピンクや赤紫はごく稀にある。ところで、その山道の所々に、お地蔵様風の仏様が鎮座されている。これが、「山内八十八ヶ所」である。

高幡不動の八十八ヶ所のひとつ


 面白いことには、そのお顔たるや、高貴そうな顔もあれば、どう見てもその辺のお百姓さんのような顔まで、実に色々なことである。良く見ると、ホクロではないかと思える突起すら付いている仏様もいる。そうした数多くの仏様が白や青の紫陽花に囲まれて、実に幸せそうに座っておられる。だから、こちらも見ていて楽しくなるという、誠に不思議な山道なのである。いずれも自生種らしき白い山紫陽花を見つつ、20番目くらいまで辿って行った。さらにその上に行くと88番目のお地蔵様まで行けるそうだが、時間もなくなってきたので、山道から四季の道というところに出て、それを辿って元いた所に戻って来た。

高幡不動の紫陽花


 さて、その紫陽花の山から出て、不動堂のところまで戻ると、ここでは毎日、護摩修行を行っているようで、参加を呼び掛ける案内が聞こえてきたのだが、先へ急ぐこととした。左手にすっくと立っている五重塔の脇を抜けて坂を上がっていくと、奥殿というところに出た。こちらで、不動三尊と大日如来(平安中期作)に参拝をし、新撰組資料を見た。何でもこちらは、土方歳三ゆかりの寺だという。

 それからさらに上がっていくと、大日堂に至る。ここでは襖絵も立派だったが、鳴り龍というものがあり、ひとりずつ板敷の間に入って手を鳴らすと、ああら不思議・・・天井でその音に反応して、ビビ・ビューンとばかりに、大きな反響がある。まるで、弓を鳴らしているように聞こえる。ただし、その板敷の間の中にいない人には、聞こえない。これが鳴り龍というものである。誰も人がいなかったので、実は、5〜6回も手を鳴らしてみたが、いずれも、ビビューンという弓のような反響音が聞こえてきた。なるほど、これこそ、参拝客と天上の大日如来や不動明王との交流を表わすというわけか・・・これが今日一番の、面白い出来事だった。それにしても、日光の東照宮の鳴き龍は、参拝の人数も多かったせいもあるだろうが、これほど立派な音はしなかった。

高幡不動の紫陽花


 最後に、入口近くの弁天堂の池で、緋鯉を見たが、これもまた、幸せそうに泳いでいた。先週行った清澄公園の鯉たちは、かわいそうなぐらいに餌を欲しがったけれど、それに比べてこの高幡不動の弁天池の鯉たちは、食が足りているのか、堂々として泳ぎ回っているのがよい。

高幡不動の弁天堂の池の緋鯉



(2010年6月12日記)



 高幡不動の紫陽花祭(写 真)は、こちらから。



カテゴリ:写 真 集 | 23:44 | - | - | - |