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明治神宮の花菖蒲苑

明治神宮の花菖蒲苑。この右側に赤いバケツを持って立っているおじさんが、花菖蒲の世話係らしい。


 明治神宮の花菖蒲苑は、以前に見に行ったことがあるのだが、それから3年後の今日、花菖蒲が満開と聞いて、家内と再び訪れた。地下鉄千代田線の明治神宮駅を降り、大鳥居の下をくぐって鬱蒼とした照葉樹の森の中を歩いた。そこを抜けたところにあの花菖蒲苑があるのは、相変わらずである。まず目の前に現れる花菖蒲苑は、細長い瓢箪の形をしていて、それも昔と変わらない。以前は、普通のデジカメだったから、遠くから全体の花園を眺める写真を撮るということしか出来なかったが、今回は、200ミリの望遠レンズを装備したデジタル一眼カメラなので、画面一杯に、ひとつひとつの花菖蒲の写真を撮ることが出来る。これが、この間の進歩といえば進歩である。

明治神宮の花菖蒲


 花菖蒲の美しさは、もうあちこちで見てきたから、改めて言うまでもない。私は、真っ青のものも捨て難いが、それより今年は赤紫で白い線が入っているものを一番美しいと感じた。紫陽花といい、この花菖蒲といい、梅雨の季節に入ろうかという時期に咲く花は、このように青と赤紫の色の間を行きつ戻りつしているものが多い。

明治神宮の花菖蒲


 ところで、NHKのブラタモリという番組を見ていたところ、この明治神宮から水が湧き出しているという。それが原宿の竹下通り方向へ流れ出し、最終的には山手線と並行に流れる渋谷川という川になっていたが、東京オリンピックの時に埋め立てられて暗渠になってしまったということを知った。ちなみに、渋谷川は、童謡「春の小川」の舞台となった川だそうだ。

明治神宮の花菖蒲


 今回、入苑する時にいただいた説明資料に若干自分なりに解説を付けて、記録代わりに残しておくことにしたい。そもそもこの明治神宮御苑は、江戸の初期以来、加藤家、次いで井伊家の下屋敷の庭園だった。明治に入って宮内庁が所管するようになった。それからは代々木御苑といわれて、明治天皇が昭憲皇太后を伴い、たびたび訪れたという。そこで、花菖蒲は明治天皇が皇太后がお好きなのを知って、特に植えさせた花だったとのことである。大正11年に明治神宮が出来る前は、この辺り一帯は現在の御苑一帯を除いては畑がほとんどで、荒れ地のような景観が続いていたようであるが、それを計画的な植林していったという。まずは針葉樹を植え、それから五十年後、百年後の姿を想定して最終的には照葉樹が中心の森になるように計画して、ここまでにしたとのことである。日本人は都市計画が不得手ではないかと思っていたが、それどころか、これは誠に素晴らしい能力があると証明したようなものである。

明治神宮の花菖蒲田の四阿(あずまや)


 この明治神宮御苑は、面積にして83,000平方メートルもあり、東京ドームの1.8倍である。大鳥居からまっすぐ続く砂利道を行き、前方右手に参集殿が見える少し手前の道の左手に東門があり、そこから御苑地区に入る。雑木林のような所を通り、熊笹の道を行くと、左手に池が現われる。その池の中には、ピンク色の睡蓮が咲いているが、残念ながら少し遠いので、写真を撮っても、細かいところまでは写らない。池を見渡せる丘には、隔雲亭という和風の建物がある。さらに行くと、ようやく、瓢箪型の菖蒲田が現われるという寸法である。その瓢箪の中ほどまで行くと、四阿(あずまや)があり、そこからは、瓢箪全体が見渡せる。その瓢箪のもっと先には、地中から清らかな湧水が出ている「清正井」があるが、この日は人数を絞るためにこちらからは行けなかった。瓢箪のあちらこちらには、ちょうどサツキが咲いていて、花菖蒲にさらに色どりを添えていた。明治神宮のパンフレットには、「都会の雑踏を離れた別天地」とあったが、まさにその通りで、深山幽谷の趣きがある。

明治神宮の花菖蒲とサツキ


明治神宮の花菖蒲



 明治神宮の花菖蒲苑(写 真)は、こちらから。




(2010年6月13日記)


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