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燭台大蒟蒻が開花

ショクダイオオコンニャク


 自宅から歩いても30分とかからない東京大学付属小石川植物園(邑田[むらた]仁園長)で、7月22日午後、「世界最大の『花』ショクダイオオコンニャク」が開花すると聞いた。野生でも開花は数年に一度で、小石川植物園の場合は1993年に種を蒔いてから17年ぶりにようやく咲くというので、これは逃してはなるまいと、次の日に午前中の仕事は休んで、わざわざ見物に行ったのである。朝8時15分に自宅からタクシーに乗り、少し大回りをして8時半に現地に着いた頃には、もう長蛇の列である。その列の脇を通って行った植物園の人によると、「9時の開園前だというのに、もう300人も並んでいる」とのこと。

小石川植物園正門付近の混雑


 近いからこの植物園には一年のうちに何度となく足を運んでいるが、いつ来てもほとんど、人の姿がなかった。それなのに、この日ばかりは、見渡す限りの人また人の列である。それを見とれていても仕方がないので、正門前のたばこ屋さんで、入園券を買う。そして、その列に並んだ。私のいた位置はちょうど、正門の門扉のところである。私の前の300人は、もう既に門の中つまり植物園の中に入ってずらりと列を作っている。

 朝だというのに、この日はまた、とても暑い日である。気温は、既に摂氏30度を超えていたのではなかろうか。その中を、たいていは年配の方ばかりなのであるが、たまには若い人たちも、たとえば私のすぐ前には、2歳の男の子を抱いて、5歳の女の子の手を引いた若いお母さんがいた。近くの世話焼きのおばさんが、「まあまあ、その若いお母さん、子供さんを抱いて疲れるでしょうから、あそこのベンチに行って、休みなさいよ」などと勧めていた。そうかと思うと、私のすぐ後ろにいた同年輩の人が話しかけてきて、「子供の頃は、友達とよくここの塀をぶち破って中に入り、守衛に追いかけられたものだ」などと言っていた。

 そんな調子で炎天下で待つこと30分、午前9時となって、いよいよ列が進み始めた。ところが、少し進んではすぐに止まる、しばらく待ってまた進んではすぐに止まるという繰り返しである。幸い、列は木々の木陰に入る形となり、待っていてもそれほど暑い気はしなくなった。それどころか、深い木立の間を通ってくる風が心地よい。しばらくして、前方に白いテントがあるのを認めた。どうやら、あそこに目指す蒟蒻があるようだ。

小石川植物園での行列


 ちなみに、列の中で待っていた間にいただいたビラによると、こういうことらしい。「世界最大の『花』ショクダイオオコンニャクが小石川植物園で開花の見込みになりました。スマトラ島の絶滅危惧種であり、開花は極めて稀ですので、この機会に多くの方に見ていただくため、鉢を温室から屋外に出して展示公開することにしました。 小石川植物園研究室では、・・・世界各地からサトイモの植物を集めています。ショクダイオオコンニャク(Amorphophallus titanum、別名スマトラオオコンニャク)もそのひとつです。
 ショクダイオオコンニャクはインドネシア・スマトラ島だけに産する植物であり、島の西部の海抜およそ0〜1200メートルの若い二次林の開けた場所や、時には熱帯雨林の林床に分布し、平坦地や腐植土層のある急な斜面にややまとまって生えます。茎は地下にあり、栄養を貯蔵して球状に肥大した地下茎(イモ)となっています。ほぼ一年に一回、そこから大きな葉1枚を地上に出して生活します。葉には茎のように見える太くて長い柄があり、先が三つに分かれたあと、さらに分裂して破れた傘のように広がります。大きな葉は高さ6メートル、さしわたし5メートルにもなります。こうした何年も成長すると、地下にあるイモに栄養が貯蔵され、大きなものでは80kgに達します。イモが十分大きくなると、葉が枯れた後しばらくして、『花』だけが地上に出てきます」
という。

小石川植物園での行列


 いや、それにしても暑い、暑いと思って列の中にいたところ、ようやく鉢が置いてあるテントの前に来た。一度に15人ほど入れて1分ほど見せ、その間に見学者は、しげしげと眺めたり、カメラで連写したり、臭いをかいだりする。それでまた次の15人ほどと交代するという、いわばバッチ処理を行っていたから、こんなに待たされていたのかとわかる。

 いよいよ我々の番となり、テント内のショクダイオオコンニャクの鉢の前に立つ。高さは1メートル56センチもあり、虫を誘う腐った肉のような強いにおいを放つ。花序付属体といわれる中心部の小豆色の柱のようなものの高さは、私の胸の上あたりまであり、けっこう大きい。その回りを包んでいる仏炎苞(ぶつえんほう:葉が変形したもの)といわれる花弁のようなものの襞の色と臭いが妖しい雰囲気を醸し出している。うーむ、まさに異形の世界、魔境の雰囲気がする。花序付属体の下部に雄しべ群と雌しべ群があり、臭い腐臭を出すので、それにつられて入って来た虫が仏炎苞のつるつるした壁にしばしの間、閉じ込められ、それが開いたときにたっぷりと花粉を付けて出て行かせてその花粉を運ばせるという舞台なのである。なるほど、よく考えられているというか、人知も及ばないような素晴らしい作戦というほかない。しかし、果たしてこれが植物のやることかと思ってしまう。

ショクダイオオコンニャク


 肝心のショクダイオオコンニャクの印象だが、中心部にそそり立つ花序付属体の柱は、その茶色が意外と薄い色であることもあって、これといった特徴はない。ただし、その回りを包む形で取り囲んでいる仏炎苞は、元々は葉だったらしくて茶色と緑色が縦縞模様を作っており、その端が女性の衣服のフリルのような形をしているのが場違いのようである。まさに、やや妖しい雰囲気を醸し出しているゆえんのものだ。前回19年前にこの植物園で咲いたときには、この仏炎苞の部分が完全に丸く開いていたが、どうしたことか、今年のこのスマトラオオコンニャクは、仏炎苞の部分の上が少し開いただけで、これで咲いた状態なのだそうだ。解説していただいた方によると、「植物にも個性がある」というわけである。

ショクダイオオコンニャクの構造図


 再び、待っていた間にいただいたビラの解説を見ると、こういう記述がある。「ショクダイオオコンニャクの花といわれるものは、本当は太い軸の周りに小さな雄花と雌花が集まったものであり、その花の集まりを取り囲むようにして、上向きに開いた大きな肉質の仏炎苞(ぶつえんほう:葉が変形したもの)が取り囲んでいます。また、軸の先は太くて大きな付属体となっています。このような花の集まり(花序という)がひとつの花と同じ働きをしています。ショクダイオオコンニャクの花序は、開いた仏炎苞の直系が1.3メートル、付属体先端までの全体の高さが3.3メートルにもなり、その組み合わせがろうそくを立てた燭台のように見えるので、ショクダイオオコンニャクと名付けられています。・・・・ショクダイオオコンニャクは地上に花芽が出てからだんだん成長し、約一ヶ月後に開花しますが、開花してからの寿命は基本的には2日間です。まずは付属体に巻きついていた仏炎苞が開き、これと同時に付属体から腐った肉のような強烈な悪臭が放出されます。仏炎苞の内側は赤紫色で、こちらも死肉のような色です。現地では、この臭いによって、普段は死肉を食べているシデムシの仲間などが飛来し、仏炎苞の筒部に落ち込んで逃げ出せなくなります。この時期には雌花だけが成熟して花粉を受けられる状態であり、雄花はまだ花粉を出しません、約1日後、雄花から花粉が放出され、同時に仏炎苞が閉じてきます。その後まもなく、付属体がしおれて折れ曲がると開花が終わります。閉じ込められていた虫は花粉を付けて逃げ出し、別の花序に移動して授粉を行います」という。なるほど、そういうことか・・・それにしても、雄花と雌花との成熟時期を一日だけ微妙にずらすなんて、なんとまあ、細かく設計されていることなのだろうか。

ショクダイオオコンニャク


 見終わり、写真をパチパチ撮ったと思う間もなく、「さあ、開けてください」との声で、あっという間に見学は終了した。たった1分間の見学のために1時間も待って、ようやく見られたというわけだ。時刻は、午前9時半を回っている。ところが、見学者の列はこの間にもどんどんと伸びていて、よくディズニー・ランドでやっているように、見学者は、まるでお腹の中に入っている小腸のように、右へ左へとくねくねと曲がるような形で並ばされることになっている。しかもそのくねくねの仕方が半端ではない。あちらの端からこちらの端まで、ざっと見て一列が数百人のレベルにもなっている。もうこれでは、全体では何千人にもなっているではないか・・・これではいつ見学できるかのわからないほどだ・・・それにしても、私が出られなくなっては困ると思い、そのまま正面出口から退出した。

 後から聞くところによると、この日の見学に数千人が押し掛けてきたことから、植物園側では、午前10時に入園券の販売を打ち切ったそうだ。新聞記事には「最寄りの都営地下鉄三田線の白山駅から通勤通学のラッシュ時に近い人込みが植物園に向かう一方、見学を諦めて駅に戻ってきた人も。ある女性は、『入場券を買うのに3〜4時間待ちと言われた』と帰途についた。この日入園できたのはおよそ5000人・・・入園できなくなった午後になっても正門前には200人以上の人だかりがあった。暑さで気分が悪くなった人も出て、一時は救急車や消防車も出動した」という(読売新聞)。日本人というのは、何と物好きな民族なのかと思ったりするが、私も明らかにそのひとりだから、まったく笑えない話である。ちなみに、小石川植物園のHPによると、「ショクダイオオコンニャクは、7月25日(日)午後に花序付属体(中央の棒状の部分)が倒れ、開花が終了しました」とのこと。植物園の関係者の皆さん、ご苦労さま。特に、テントの両脇で見学者を捌くために大声をあげて誘導していた手ぬぐいを頭に載せたお兄さんたち、この暑い中、本当に大変でした。よくお休みください。

 なお、7月27日になって、鹿児島県指宿市のフラワーパークかごしまで、やはりこのショクダイオオコンニャクの開花が迫っていて、おそらく31日頃だろうと報じられていた。こちらは、1メートル80センチまで成長しているというから、楽しみである。



(2010年7月27日記)


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