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徒然203.放射能汚染地図

早川由紀夫教授作成に係る放射能汚染地図。2011年7月26日改定第3版


 福島第一原子力発電所から漏出した放射能の広がりを東日本地図の上にプロットした汚染図がネット上で話題となっている。これは、群馬大学の火山学の専門家でいらっしゃる早川由紀夫教授によって、その火山ブログで公開されているものだ。早川教授は、専門の火山灰の知識がこの地図を作るのに役立ったとお書きなっているが、それにしても、これは大変な労作である。元々のデータは関東地方全域と東北地方南部について、国と地方自治体が、7000余りの地点で放射線量を測定してインターネットで公表しているものから始まっている。その測定点の位置を、@nnistarさんという方が、ひとつひとつ地図上で確かめて、その測定値ごとに色分けしてプロットしたものが先に出来上がっていて、早川教授がそれを利用して、0.25〜8マイクロシーベルト毎時以上の6段階の等値線を引いて作成したものが、この地図であるという。お二人のご努力には頭が下がる思いであるが、しかし、これを見ると汚染場所が一目瞭然であるから怖い。いやいや、怖がっているときではなく、まずは自分や家族の生活範囲が汚染地域にないかどうか、運悪くその中に入ってしまっているなら、どういう対策を立てるべきかを検討するときに来ている。

 それにしても、この汚染地域の広がりは、政府がかねてより発表してきたものとはかなり印象が異なる。政府のSPEEDIは、福島県内くらいしか汚染地図しか示していないので、私などはてっりきり汚染は福島県に限られているのではないかと暢気に思っていたのだが、いやいや決してそうではなかった。たとえば、汚染の放射能雲はずっと北北東の方へと飛んで、牡鹿半島から内陸の一関付近のホットスポットを作り出している。これは意外だ。汚染の主力の放射能雲は、福島第一原子力発電所からいったん北西方向に出た後、伊達市、福島市、二本松市、郡山市と南南西へと下っていって、その先は那須塩原から日光にまで至っている。ただし、前橋には至っていない。ところがそこからいきなり西へ飛んでいて、沼田市あたりにも放射能の模様を作っている。一方、福島第一原子力発電所から海上方向へと出た放射能雲は、いわき市付近で一部は着地したもののその多くは水戸近辺で再上陸し、土浦、牛久、守谷、柏、松戸などと一直線に汚染していって、東京都内を流れる荒川の手前辺りにまで及んでいる。だから葛飾区や江戸川区を除いて東京23区には汚染が及んでいないということになる。

 ここで「汚染」と書いてしまったが、対象地域にお住まいの方には、誠に心ない言い方かもしれなくて、心苦しいところではあるけれども、今やそういう言い方をしてこの問題を直視し、対策を講じなければならない時期に至っていると考える。もちろん、現実には0.25〜0.5μS(マイクロシーベルト)毎時を日常に浴びていても、どうということはないなどという人もいて、よくわからない。しかし、次の簡単な計算式でも、0.25マイクロシーベルト毎時を1年間浴び続けると最大2.19ミリシーベルトも浴びることとなる。これは1日中屋外にいてその放射能を浴び続けるという非現実的な設定ではあるが、屋内にも半日はいるという前提なら、それでも少なくとも1年間で約1ミリシーベルト以上にはなるのではないか。そうだとすると、学校の校庭についての通常の放射線防護基準である年間1ミリシーベルトに達してしまう。

 0.25μSX24時間X365日=2.19mS/年

 この程度ならともかくとして、素人なりに考えると、やはり、この地図で上から二番目のオレンジ色より濃い色が付いている地域にお住まいの方は、何の対策もとらないと1年間でおそらく20ミリシーベルトを超す放射能を浴びてしまうのではないだろうか。20ミリシーベルトといえば、4月29日に小佐古敏荘(東京大学大学院工学系研究科原子力国際専攻)教授が内閣官房参与を辞任したときの記者会見を思い起こされる。そのとき小佐古教授は、いったん文部科学省が決めた学校の校庭についての放射線防護基準として「年間20ミリシーベルトを乳児・幼児・小学生にまで求めることは、私は受け入れることができません」と述べた。この発言の是非については私は専門外なのでわからないが、それでも東京大学の教授を務めておられる専門家の言うことは無視できないとすれば、この地域の方々は、自分の生活圏の線量を常に測って、特に乳幼児や子供たちについては、なるべく余分な放射能を浴びさせないような工夫と心遣いをされることが必要と思われる。






(2011年 7月 5日記)


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