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徒然296.保活の苦労

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 就職しようとするときは「就活」、それが終わって良い縁に恵まれて結婚しようとするときは「婚活」、結婚したのになかなか赤ちゃんに恵まれないときは「妊活」、無事に生まれて子供を育てるときに直面するのが預かってくれる保育園探しで、これを「保活」というそうだ。それぞれが人生の一大イベントであり、どのハードルも上手くいくように願いたいところだが、そう思う通りにはいかないのが人生の常である。私の周囲でも、「妊活」に励んだがとうとう成功しなかったとか、あるいは「保活」には本当に苦労したという話を聞く。

 「妊活」は、所詮はコウノトリの気まぐれなので、努力しても功を奏しなかったら、私などは養子で良いと考える方だ。外国とりわけアメリカなどではそれがごく普通の考え方なのだけれど、日本では養子という選択肢を選ぶ人は極めて限られていて、むしろ夫婦2人だけの生活を選ぶカップルが圧倒的に多いと思う。なぜなのだろう。確かに子育ては大変だが、同時に夫婦揃ってやり甲斐があるし、自ら人間的にも成長するのにと、私などは残念に思うところである。まあしかし、そのカップルの人生の選択だから、外野からどうこう言うべきものではない。

 「保活」は、女性の社会進出に伴って、この十数年、特に深刻になってきた問題である。昔のようにおじいちゃん、おばあちゃん、他の兄弟、果ては未婚のおじさん、おばさんなどが同居していると、子供の世話は、誰か手の空いた人が見てくれた。ところが私が社会に出た頃から、そうした大家族主義が崩れて核家族化が進み、夫婦2人だけが子供の面倒をみる体制が一般化した。奥さんが専業主婦ならそれで良かったが、立派な仕事をしていると、頼りにするのは遠くにいるおじいちゃん、おばあちゃんか、あるいは近くの保育園か、ということになる。

 我々夫婦の場合は、娘一家がある日突然、同じマンションに越してきて、当時4歳になったばかりの初孫ちゃんの面倒をみる羽目になった。我々夫婦は体力的には疲れたものの、代わりに初孫ちゃんから元気をもらい、その成長を日々見守る幸せを感じることができた。しかし、こういう言わば恵まれたケースは例外的で、一般の方は近くの保育園だけが頼みの綱なのだろうと思う。それも、たった一本の綱なのである。ところが、それが希望者殺到で、なかなか入れないので、今や大きな社会問題となっている。

 最近、その「保活」で、とても興味深い話を聞いた。ある専門職の女性で、3年前に研究職の夫を東京に残して、5歳と0歳の子供2人を連れて関西に赴任したそうだ。そのときは産休明けなので、保育園に入る優先順位が高かったことから、何も苦労することなく、近くの公立保育園にすんなりと入れた。ところが昨年秋になって、再び東京に転勤で戻ってくることになった。人口が伸びている東京は、ただでさえ保育園の激戦区であるし、それだけでなく前回あった産休明けという錦の御旗もなくなってしまった。

 しかし、後顧の憂いなく自分の仕事に専念したい。そこで、関西にいながら、東京23区と周辺都市の情報を全部取り寄せて、待機児童の数、既存の保育園とこれからできる保育園、それらの評判、借りたい賃貸住宅、勤務先への通勤などを徹底的に調べたそうだ。その結果、白羽の矢を立てたのが、国分寺市だったという。それで、国分寺市役所を訪れて、係の人からどんな細かいことまでも徹頭徹尾聞き出し、その一方でストップウオッチを片手に借りるつもりの賃貸住宅と保育園の間を歩いてみて何分かかるか、途中危ないところはないかなど、あらゆることをチェックしたそうだ。

 それで、東京都への転勤が決まるや否や、その賃貸住宅を抑え、市役所への手続を終えて、無事に保育園が決まったという。いや、それはすごい調査能力と行動力だ。日頃から仕事が出来る人であることは聞いていたが、子育てにも、その類い稀な能力を遺憾なく発揮しているらしい。つくづく感心してしまった。





(2018年4月25日記)


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