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徒然298.土壌汚染対策

土壌汚染対策の講義


 私の出身高校は名古屋にあるのだけど、進学校だったせいか、東京の大学を出てそのまま東京の会社などに勤めて首都圏に在住の人が多い。別に統計があるわけではないが、実感として私のクラスの少なくとも3分の1は東京在住であろうと思う。名古屋に残ったクラスメートも、一番多いのは医者、その他地元企業であるJR東海やトヨタ系列の会社員、それから家業を継いだ人、大学や高校の教員などが目立っている。

 そのせいか、同窓会活動、特に生涯学習に対する意識が高くて、単に寄り集まる会合を開くだけでなく、名古屋と東京の2箇所で、それぞれ毎月の講演会を開いている。講師はもちろん、同窓生の手弁当であり、東大の教授、経験豊かな医者、金融の専門家、中央省庁事務次官、豪華客船の船長、著名な版画家までバラエティに富んでいて、それはもうありとあらゆる話が聞け、こんな有益な会はないと思っている。しかも講演の内容は、後日、同窓会報にも載せられるので助かる。かくして私も、東京と名古屋で1回ずつ、講師として話をさせてもらったことがある。

 というのが前置きであるが、先日は土壌汚染対策の話を聴きにいった。講師の方は、高校の期を聞いてみると、私より15年も若かった。いや、講師が若いというより、私の方が歳をとっているのかもしれない。現に、当日の20人余りの聴衆の中では、私が最年長だったようだ。

 本日の講師は、原子力工学を専攻した後、大手のゼネコンに長年勤めて、途中から土壌汚染対策の会社の設立に関わって、それ以来の専門家らしい。日本で、土壌汚染対策法が成立したのは平成14年であり、爾来、この種の専門処理会社ができて育っていったようだ。実は、私は、たまたまこの法律が生まれるときに関わったことがあるので、その後この法律がどのように世の中の役に立ち、育てられてきているかを知りたくて、この講演会に臨んだというわけである。ちょうど、かつての教え子が、どういう風に活躍しているのか知りたいというような気持ちである。

 講師が、分かりやすく説明するという配慮であろうが、いくつか実例を挙げていた。その一つの例として、大阪の国有地払下げに際してゴミが見つかったために値引きを余儀なくされた案件についての説明には驚いた。なぜかというと、その土地の来歴に関する徹底的なデータベースを持っていて、それでゴミの由来を完璧に追跡していたからである。

 例えば、現在の衛星写真を元に、当該土地にゴミが埋められていた場所を特定して、そこを黄色い線で囲う。そのすぐ北には隣接するように道路が走っていて、その外側には住宅などが密集している。南側もそういう住宅密集地だ。次に画面が変わって、今から20年前のその場所の航空写真を示す。道路はまだなかったように思う。黄色い一画の南の方にはポツポツと建物があるが、その北には、広大な田圃が広がっている。更に40年前の航空写真には、黄色い一角は川のような水路の一部となっている。北は田圃のままで、南の方にも建物はほとんどない。もっと遡ると昭和30年代の地図がでてきて、その水路は、その辺り一帯の田圃を大きく四角に取り囲む運河の南の一片だったことが見てとれる。

(注)以上の数字は、単に模式的に示したものに過ぎず、正確なものではない。

 また別の文献から、この辺りは洪水がよく起こったので、この運河は田圃を守るために建設された。ところが、やがて暴れ川の治水が功を奏したことから不要になった。そこで次第に埋め立てられていき、南の一辺つまり黄色い一角があるところが運河の一部として最後まで残っていたが、それもやがて埋め立てられたということがわかった。要するに問題のゴミは、その埋め立てがゴミによって行われたから、今に至るまでそのまま残存していたのであった。それが危険なものかどうかは、ゴミのサンプルを取って分析すればわかるという。

 ついでに言えば、日本の土壌汚染の種類には、重金属、農薬、その他化学物質、放射能があるとのこと。これらは、その土地の来歴を地図(衛星写真、航空写真を含む)と文献で追跡すれば、かなりのことがわかるという。しかも、そのデータベース化がほぼ終わっているらしい。なるほど、高度情報化社会らしくなってきた。これからは、土地を買う前に、こういう会社に相談して、その土地の来歴を徹底的に調べておくべきだと思ったし、現にそういう受注案件が増えているという。

 土壌汚染の場合の対策は、要はその汚染土を剥ぎ取って、そのために凹んだ所に新しい土を運び込んで入れ替えるということらしい。最後に、東京電力の福島第一原子力発電所の事故で飛び散った放射能を帯びた汚染物質の処理について話をされた。セシウムなどのこうした汚染物質は土地の表層に溜まるので、汚染が酷いところではそれを剥ぎ取って一箇所に集める。そうでもないところではお好み焼きをひっくり返すように、土地の上の汚染された土と内部の汚染されていない土との「天地返し」をするということをやっているという。

 説明を聴いて、私は疑問に思ったことを一つ質問した。「放射能以外の普通の土壌汚染の場合、土壌汚染対策で剥ぎ取った表層の土は、そのあと、どのように処理されるのですか。」てっきり、専用の処理施設で無害化された後、人里離れた産業廃棄物処理施設で永遠の眠りについているものと思い込んでいたが、そういう施設のことなど全く聞いたことがないと気がついたので、質問したわけである。ところが、これに対して返ってきた答えには驚いた。

 何と、セメントの原料にしてしまうのである。確かに、セメント協会のHPによれば「 セメント1tの製造に必要な原料は、おおよそ石灰石1,100kg、粘土200kg、その他原料100〜200kgです。セメントの主要成分(CaO、Al2O3、SiO2、Fe2O3)を含む物質は、原料として使用可能なことから、製鉄所からの副産物である高炉スラグ、石炭火力発電所の石炭灰や、各種の廃棄物の有効利用を進めており、その量は約2,900万t/年にも及びます。これら多種多様な副産物、廃棄物を使いこなしながら、安定した品質のセメントを生産することはやさしい技術ではありません。設備の改善、運転管理技術の向上を中心にたゆまぬ努力を続けています。」とある。汚染土は、このうちの「粘土」になるという。

 そうすると、製品として出来あがったセメントも、原料と同様に、これまた汚染されているのではないかと思うところである。しかし講師の説明は、セメント原料に占める粘土の割合は重量換算で15%にとどまるし、その全部が汚染物質ではないのはもちろんであるから、要は、希釈されてしまうという意味で無害なものとなるというのが、本当のところらしい。もちろん、出来上がったセメントの品質検査をして、無害なものかどうかを確認しているそうだ。いずれにせよ、建物のコンクリートは我々が日々目にするものであるけれども、その一部に、まさかそうした汚染土が堂々と使われているなどということは、およそ考えもつかなかった。


【後日談】

 12月中旬、発売されたばかりの週間新潮(12月20日号)のページをめくっていると、「セメントが日本を救う」という一般社団法人セメント協会の広告があった。その中に張られていたネット検索をたどっていくと、村岡嗣政 山口県知事と山本謙セメント協会副会長(宇部興産株式会社 代表取締役社長)との間で、次のような対談があった。

 村岡知事「・・・直近の国の調査では、平成27年度に 発生した廃棄物等が5億6千万トンあり、そのうち45%の2億5千万トンが循環利用されているということです。その循環利用量の約3分の1をセメント産業と、製紙産業 、鉄鋼業が担っていますが、例えば製紙業では紙屑を再利用する、鉄鋼業では金属屑を再資源化するのに対し、セメント産業は、燃え殻とか、鉱滓とか、汚泥とか多様な廃棄物を再資源化することができる。セメント産業は循環型社会を形成していくうえで不可欠な産業であると言って良いでしょう。・・・

 山本副会長「・・・セメント産業は今や資源循環型社会を根本から支えている産業だと自負しています。セメントの場合は廃棄物の利用法が二つあります。 一つは焼却灰のようなものを、副原料、すなわち通常使う粘土とか珪石の代わりにできます。もう一つは、摂氏1450度もの高い温度で焼成しますので、その熱源の一部として廃タイヤや廃プラスチックなどを使う場合があります。さらに大きな特徴はセメントを作るときに、二次廃棄物をほとんど出さないことです。ここがほかの産業と違うところです。全国のセメント工場で年間約2800万トンの廃棄物、副産物の受け入れをしており、現在1トンのセメントを作るのに471キログラムの廃棄物を使っています。環境省の統計では、 廃棄物の最終処分場の余命があと約16年となっていますが、もしセメント工場が廃棄物の受け入れをやめてしまったら、セメント協会の試算では10年くらい寿命が縮まり、処分場の余命はあと5年か6年です。我々の貢献度は大きいと思っています。・・・

 知事がこんな専門的で細かいことまでご存知なのだろうかと思わないわけでもなかったが、元々ご関心があったのか、あるいは地元の有力な立地産業のことなので折に触れてお聞きになっていたのか、それとも、セメント協会の脚色が強すぎたのかもしれない。いずれにせよ、なるほどそういうものなのかと、セメント産業に関する認識を新たにした。






(2018年12月11日記)


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