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旧前田家本邸(駒場公園)

旧前田家本邸


 駒場東大前駅の近くに、駒場公園があり、そこに加賀藩前田家の本邸がある。そもそも駒場公園そのものが、前田家の屋敷跡だったのである。加賀藩は、尾張の地侍だった前田利家を藩祖とし、織田信長、豊臣秀吉に仕え、関ヶ原の戦いでは徳川家康についてその信任を得た。それ以来、徳川将軍家と姻戚関係を通じて関係を深めてきたことから親藩に準じる扱いとなり、加賀百万石と称される大藩となった。江戸時代中頃には、本郷に上屋敷、駒込に中屋敷、板橋の平尾に下屋敷のほか、深川にも蔵屋敷を置いた。本郷の東京大学にある赤門は、第12代の前田斉泰が文政10年に将軍家の息女溶姫の輿入れの際に造らせたものである。

旧前田家本邸


旧前田家本邸


旧前田家本邸


 明治に入って前田家は侯爵家となった。ところが15代利嗣侯爵は男子に恵まれなかったことから、遠い親戚筋に当たる七日市藩前田家5男の利為(としなり)が明治33年に養嗣子として迎えられ、16代の侯爵となった。そして明治39年には先代の長女と結婚し、名実ともに当主となる。軍人として国家に仕える道を選び、近衛歩兵第四聯隊大隊長、駐英大使館附武官、近衛歩兵第二聯隊長、第八師団長を歴任した。若い頃から欧州諸国に留学して見聞を広げていったが、滞欧中に夫人が病死した。のちに旧姫路藩酒井家次女の菊子夫人と再婚し、同夫人はこの駒場の前田家本邸で過ごした。

旧前田家本邸


旧前田家本邸


旧前田家本邸


 前田家は、江戸時代以来の本郷の上屋敷に居住していたが、利為は欧州で見聞した第1次大戦後の貴族の困窮ぶりを目の当たりにし、日本でもそういう日が来るものと思い、生活ぶりを引き締めにかかっていた折、東京大学が本郷の敷地を広げる必要から駒場への移転を打診されて、これに応じた。昭和2年に利為が駐英大使館附武官として赴任した後、昭和3年に塚本靖が中心になって建築にとりかかり、同5年に完成した。利為はかねてより「我が国には外国の貴賓を迎え得る邸宅がない」と考えていたことから、建物の様式はイギリス・チューダー朝のカントリーハウス風に建てられ、調度品もイギリスから運ばれた。

旧前田家本邸


旧前田家本邸


旧前田家本邸


 利為は、既に昭和13年には退役していたが、同16年に太平洋戦争が勃発したことから現役に復帰してボルネオ守備司令官に任じられ、現地に赴任した。ところが翌17年に、搭乗した飛行機が海中に墜落する事故で亡くなってしまった。享年58歳だった。この駒場の邸宅には、10年ほど居住したに過ぎなかった。

旧前田家本邸


旧前田家本邸


旧前田家本邸


 その後、この邸宅は中島飛行機が買収してその本社となったが、敗戦によってGHQに接収され、リッジウェイ最高司令官の官邸となる。ところが、その夫人が看護師だったことから、由緒ある金唐紙などが気に入らないということで、真っ白く塗り込められてしまうなど、かなりの改変が加えられてしまった。接収の解除後、国から都へ、更に都から目黒区へと移管されて今日に至っている。このような複雑な経緯を経ていながら、昭和初期の華族の生活を彷彿とさせる邸宅と庭園がほぼ元のまま残されているのは貴重であることから、平成25年には国の重要文化財に指定された。その後、復元工事が行われて、同30年10月から公開されている。

旧前田家本邸


旧前田家本邸


 家内と一緒に行ってみたのであるが、洋館入り口で靴を脱ぎ、入館料などはとらない。1階はお客をもてなすところで、重厚感のある焦げ茶色の玄関扉を開けると、柱が深緑で白い筋が入った蛇紋岩、床は真紅のカーペット、半螺旋形で二階へと繋がる階段には彫刻が施され、階段の下にマントルピースとソファを備えた待ち合わせの小さな空間(イングルヌック)、頭上にはシックなシャンデリアと、素晴らしい。大客室と小客室は、壁紙もシャンデリアもカーテンも椅子やソファも居心地がよい。晩餐会が開かれる大食堂の中央には白い大理石の大きなマントルピースが置かれている。2階は私的な空間で、侯爵夫妻の寝室、侯爵の書斎、夫人室、子供部屋などがある。特に夫人室は全体が落ち着いたピンク色で、家族が集まって過ごしたようである。以上が駒場本邸で、それに隣接して和館があり、こちらは純和風の建物である。

旧前田家本邸


旧前田家本邸


 現在NHKで再放送されている「ダウントン・アビー」は、第1次大戦前後のイギリス貴族の世界を描いている。日本でもこれと同じように、昭和の始めに旧有力大名家の華族は、このような建物で、かくなる豪華な生活をしていたのかと思うと、なかなか感慨深いものがある。







 旧前田家本邸(駒場公園)( 写 真 )






(2019年2月3日記)


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