シンガポールへの旅

マリーナ・ベイ・サンズ


1.ジュエル・シティ

 日本国内は、お盆休みで帰省ラッシュの中、台風10号の襲来でフェーン現象が起き、全国各地で気温が40度近くに達して暑さに喘いでいるという。そういうとき、私がシンガポールで過ごしたのだけれど、気温は最高で32度ほどだったから、今の日本よりは過ごしやすい。まるで東南アジアに避暑に来たようなものだ。もっとも、直射日光を浴びると、こちらの方でも身にこたえるので、なるべく地下鉄(MRT)や建物内を歩くことにしている。近代的な都会だから、それで十分に思ったところに行ける。


ジュエル・シティ


ジュエル・シティ


 チャンギ空港に着き、最近完成したという「ジュエル」に向かう。ターミナル2の方向だ。クアラルンプールで、知り合いに「最近シンガポールにできた名所はあるか」と聞いたら、ここを勧められた。特に夜に行くと綺麗だという。今はお昼近くだけど、まあ良い、行ってみるかという気になった。近付いてみると、平らで丸いアンパン型の建物だ。入ってみれば、普通のショッピングモールのようなレストランが並んでいる。しかし、中心部から滝の流れるような音が聞こえてくる。そちらに引かれるように歩いていくと、なんとまあ、大きなドーナツ形の天井の穴から、滝が勢いよく流れ落ちている。3階建ての建物の天井からなので、少なくとも20メートルの落差がある。見ていると、ドーナツ型の透明な天井から、水が渦巻いて中心部に空いた穴に向かい、それが流れ落ちるものだから、もの凄い迫力の瀑布となる。

ジュエル・シティ


ジュエル・シティ


 昔々、お台場の東京ビッグサイトの向かいに計画された、東京ファッションタウン(TFT)というビルに携わったことがある。その売りものの展示は、「室内滝シャワーツリー35」で、入口付近にある「受け皿」に対して35メートルの高さから2トンの水が流れ落ちるというものだ。当時はなかなかダイナミックなディスプレイだと思ったが、このジュエル・シティの派手な「猛瀑」には、遠く及ばない。まるで大人と幼児だ。こんなところでも、シンガポールに追い抜かれてしまった。

 その日は、マリーナ地区のホテルに泊まった。昔からマンダリン・オリエンタルが私の定宿で、そこの朝食のお粥(ポリッジ)が大好きだったのだが、今回は新しいところを開拓しようと、泊まったことがないホテルにした。結論としては、外観は良いしMRTの駅にも近いが、東南アジアのホテルにしては、部屋の設備があまりよくないので、お勧めしない。ただ、朝食は良かった。今時シンガポールに来るなら、マリーナ・ベイ・サンズに泊まるべきだろうが、家内の体調が回復して一緒に来られるようになってからにしよう。


2.シンガポール・フライヤー


シンガポール・フライヤー


シンガポール・フライヤー


 午後はまず、シンガポール・フライヤー(新加坡摩天)に乗って市内見物をした。これは高さ185メートルと、つい最近、ラスヴェガスに抜かれるまで、世界一の大きさを誇ったそうだ。筒のような形のカプセルにゆったり座れる1周30分の空の旅である。ここからは、マリーナ・ベイ・サンズが横向きに見える。せり上がってくるに連れて、その向かいのガーデンズ・バイ・ザ・ベイの全体の姿が見えてきた。後からここへ行くつもりだが、要は植物園だ。

シンガポール・フライヤー


シンガポール・フライヤー


シンガポール・フライヤー


シンガポール・フライヤー


シンガポール・フライヤー


 フライヤーは更に上がり、シンガポール港の全容が一望できるようになった。ものすごい数の船が停泊中だ。さすが世界でも名だたる貿易港である。振り返ってシンガポール本体の方を見ると、高層ビルが林立している。どれが何のビルかは知らないが、上海やクアラルンプールのようなユニークな形のビルがあまりないのは、シンガポールらしい。それだけに、今回のマリーナ・ベイ・サンズの三本脚タワーの変わった造形がよく目立つ。ガーデンズ・バイ・ザ・ベイの見事な形も、非常に美しい。フライヤーの頂点近くでは、マリーナ・ベイ・サンズの頂点部が、まるで空に浮かぶ南海の孤島のように見える。あちらの高さが200メートルだから、やや見上げる形となる。ところが、距離が近いはずなのに、ややボケて見える。スマトラ島からの煙害(HAZE)の影響かもしれない。HAZEは、シンガポールとマレーシアの夏季のリスクになりつつある。だから、このフライヤーは、夜景を見た方が綺麗だったかもしれない。


3.マリーナ・ベイ

 マリーナ・ベイ・サンズに行き、タワー1から3までの根元に当たるショッピングモールとレストランを回る。天井が高いし、ブランドショップばかりだから、明らかにカジノ仕様だ。真ん中辺りにそのカジノ(賭場)がある。ただ、私は長年の経験でカジノは体質的に合わないので、今回も入ろうとは思わなかった。こういうものが、近々日本にもできるらしいが、ただでさえパチンコやら多重債務やらで問題が山積しているのに、また新たに似たような社会問題が出てきてしまうのではないかと危惧している。


マリーナ・ベイ・サンズ


マリーナ・ベイ・サンズ


マリーナ・ベイ・サンズ


マリーナ・ベイ・サンズ


マリーナ・ベイ・サンズ


 美味しそうな中華レストランを見つけたから、取り敢えずそこで食事をした。そろそろ日没なので、隣にあるガーデンズ・バイ・ザ・ベイに向かう。夜景が綺麗だというので、その写真を撮りたい。切符売り場に行くと、ダンス、フロート、ワルツなど幾つかのパートに分かれていて、全部を回るには時間がないという。「また来るからいいか、本日の目的は『スーパーツリー・グローブ』と称する木のような不思議な造形の夜景だから」と思って、「そちらに行くにはどうするのか」と聞いたら、シンガポール名物の無愛想な女の子が、「あっちへ行って、そちらで券を買え」とぶっきらぼうに言う。「これでは逆効果ではないか、ますます買う気がなくなる。」と思いつつ、そちらの方へと向かう。

ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ


ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ


ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ


 ようやく暮れなずむ頃になって、夜景に切り替わりつつある。ところが、気温が高く、30度は超えているのは確実だ。しかも湿気を含んでいるから、外を歩くとサウナに入っているようで、汗びっしょりになる。ブリッジを渡ってスーパーツリー・グローブの近くへと行った。いやこれは、宇宙のどこかの星に生えている木ではないかと思うほどにSF風の形をしている。10年ほど前にアバターという映画があったが、その中に出てくる惑星パンドラに生えていた木とそっくりだ。それが、夜空に紫色など様々な色に光るから、ますます現実離れした風景となる。また、その木と木の間が、カーブする細いブリッジで結ばれていて、そこを人が歩いている。かなり高い所なので、人間がアリのようにごく小さく見える。この暑い中を、あそこまで行くのかと思ったら、行く気が失せた。

 そろそろ、マリーナ・ベイ・サンズの夜の出し物である「光と水のショー」の時間が近づいてきた。そちらも是非見たいので、ガーデンズ・バイ・ザ・ベイはまた来ようと思って、再びマリーナ・ベイ・サンズに戻った。会場はプロムナードで、マリーナ・ベイ・サンズを背にし、向い側の高層ビル群を背景に、目の前の池のような運河のようなところが会場だ。適当な所に座る。


マリーナ・ベイ・サンズ


マリーナ・ベイ・サンズ


マリーナ・ベイ・サンズ


マリーナ・ベイ・サンズ


 開始時間の午後8時になり、光と水のショーが始まった。池の真ん中にでこぼこした柱が立っていると思ったら、それが光りはじめ、緑、青、赤の光を放ちだした。オーケストラのような荘重な音楽に合わせてあちらこちらで噴水が出だし、上へ斜めへ、色々な高さに水を吹き上げる。その水に色がつくから、いやもうその派手なことといったらない。噴水の中に三角形の形が現れる。プリズムでも使っているのか、それに色がついて美しい。音楽がどんどん盛り上がってきて、それに連れて噴水がますます高く吹き上がり、やがて全てが沈黙した。うーん、なかなかの演出である。こういう無駄なことができるというのも、カジノの稼ぎが元になっているからなのだろう。この時ばかりは、中東か中国か知らないが、カジノのお客さんに感謝したい。


4.リバー・サファリ

 シンガポールで、どこか暑くないところはないかと思って調べたら、まずはセントサ島の水族館があるが、既に行ったことがある。動物園も木陰が多くていいが、これも何回か行っている。少し前からナイト・サファリなるものも始まったが、写真が撮れないので、この案も却下だ。そういうことで、最近完成したばかりのリバー・サファリに行ってみることにした。もちろん、これは初めてだ。

 世界の川をテーマにしているらしい。それなら、淡水の水族館に違いない。きらびやかな熱帯魚はいないかもしれないが、水槽だから、涼しいに違いない。パンフレットを見ると、あれあれ、川とは無縁のはずなのに、パンダがいる。これはひょっとして、川というあまりに地味なテーマなので、文字通りの客寄せパンダのつもりで置いているのかもしれない。まあ、それでもいいか、上野以外でパンダが見られるのだからと思って、行くことにした。

 順を追っていくと、まず、ジェムス川には、エンゼル・フィッシュがいた。二匹がペアのようにゆっくり浮かんでいる。こんなにのんびりして大丈夫なのかと心配するほどだ。次のミシシッピ川には、いかにも獰猛な亀(Alligator Snapping Turtle )がいた。おお、これは数年前、上野公園不忍池で立て続けに見つかった噛みつき亀そのものだ。アリゲーターという名が付くガーという魚がいて、顔は鰐そのもの、体は古代魚である。そのなかでも、プラチナ・アリゲーター・ガーは、優雅で美しいから、一見の価値がある。コンゴ川には、タイガー・フィッシュという魚がいて、なるほど口に並ぶ歯が恐ろしい。ガンジス川には、小型の鰐、大型の鯰がいる。これでは聖なる川も、落ちたら大変だ。オーストラリアのメアリ川には、アーチァーフィッシュがいて、水鉄砲で昆虫を落とすらしい。見てみたいものだ。


リバー・サファリ


リバー・サファリ


リバー・サファリ


 次にタッチプールがあって、ヒトデや兜蟹を触らせてくれる。兜蟹は日本では天然記念物に指定されているが、ここでは幾らでもいるので、あまり有名ではないらしい。なお、系統的には蟹のような甲殻類ではなく、蠍のような節足動物の仲間だという。昔、マレーシアに住んでいたとき、東海岸に行ってこの兜蟹を持ち帰り、一時飼っていたことがあったが、お手伝いの中国人女性がそれを欲しがった。「何故だ」と聞くと、「食べたら美味しいに決まっている」という。『中国人は、四つ足のものは机以外は何でも食べる』と聞いたことがあるが、四つ足でもなく、こんな兜のような頭と槍のような尻尾しかない動物のどこを食べるというのかと驚いた。そこで、「食べるところなど、どこにあるのか」と問うと、「頭の裏側に卵があって、それが実に美味い」という。なるほど、先程の諺は、『中国人は、動くものなら何でも食べる』と言い換えた方が良さそうだと思った。

リバー・サファリ


リバー・サファリ


リバー・サファリ


 メコン川には、ジャイアント・キャットフィッシュつまり大鯰が出てきた。絶滅危惧種らしい。また、淡水エイもいる。エイを英語で言うと、「Stingray」とのこと。なるほど、直接的な表現だ。覚えておこう。長江には、大型の山椒魚(Salamander)がいた。これまた、日本では天然記念物である。次の本物パンダの前にレッド・パンダというのがいる。可愛いが、これは、まるで猫だ。さて、いよいよ「大熊猫」つまりパンダに会える名前は、凱凱(カイカイ)と嘉嘉(ライライ)だ。パンダ舎に入ってみると、上野公園のようなガラス越しではなくて、やや遠目だがパンダを直接見下ろすことができる。ガラスに反射しないから写真に撮るには良い。しかも取り放題だ。これでパンダが身体を起こして竹でも食べていてくれれば、それなりに絵になるのだけれども、そうは問屋が卸さない。目の前のカイカイは、だらしなく寝そべっている。しばらく待っても起きてくれそうにもないので、仕方なくそれを撮ってきた。生き物相手は、なかなか上手くいかないものだ。

 次に進むと、大きな貯水池に出て、そこを対岸まで渡っていける橋がある。渡り切ると、貯水池を小さく一周する船に乗る。いやまあ、単にそれだけである。対岸は動物園なので、木の間をゆっくり歩くキリンを見たのが一度だけあったが、変わったことといえばそれくらいで、あとは何もない。平和だ。平和過ぎる。心身ともに、無の境地になる。そういう調子で先ほど乗船した桟橋に戻り、ぼんやりとした頭で前を見ると、「アマゾン川探検」というのがある。これは有料だが、歩くのに疲れたから、乗り物に乗ることにして、乗り込んだ。


リバー・サファリ


リバー・サファリ


リバー・サファリ


 すると、いきなり、ガガガッという音と共に2階の高さに持ち上げられた。そこからは、ちょっとした川下りのジェットコースターもどきになっている。流れていく川の両岸に、何とかモンキーとか虎とかがいるらしいが、木に遮られて、よく見えない。もう終わりかけというときに、やっと、紅色のトキとフラミンゴ、そしてカピバラが見えた。これでは、フラストレーションが募るばかりだ。

 出発点に戻り、係員のインド人女性に冗談のつもりで「動物が見えなかったので、もう1回」と頼んだら、なんとまあ、それが通じたようで「OK」という答えが返ってきて、面白かった。こういう問答ができるのが旅の醍醐味だし、何事も頼んでみるものだ。日本の動物園では、全くダメだろう。そういうことで、もう一回チャレンジしたが、木の上で幸せそうに寝ている「吠え猿(Howler Monkey)」が見えただけだった。それでも係員の配慮に感謝しないといけない。その後は、シルバー・アロワナ、電気鰻、マナティにピラニアまで見て、まあ、こんなものだと納得した。



5.財富の泉



富貴の泉


富貴の泉


 ホテルに帰る前に、最近できた「サンテック・シティ」というショッピングモールに行ってみた。財富の泉というのができたというのである。どんなものかと思って立ち寄ってみた。するとそれは噴水で、覆うように黄銅色のリングが上方にあって、同色の柱で四方から支えられている。見ていると、中国人たちが嬉々としてその噴水を触りながらその周りを巡っている。三回まわると、お金持ちになれるそうだ。何とも他愛のないもので、これもシンガポールらしいというか、なんというか。






 シンガポールへの旅(写 真)






(2019年8月14日記)


カテゴリ:エッセイ | 21:40 | - | - | - |
徒然303.湯島梅園の鴨鍋

湯島梅園


 夕方、会食があって湯島の料理屋「梅園」に出かけた。自宅から歩いて行ける距離だが、この日の気温は日中36度、夜になっても30度近くと、尋常ならざる暑さだ。来年のこの時期は東京オリンピックが開かれているので、来年もこんな調子では日射病と熱射病で倒れる人が続出しないかと心配になる。本日の料理屋は、歩いて20分で行けるとはいえ、着いて汗だくになっているのも困るので、わずか一駅だが地下鉄に乗り、湯島駅で降りて坂を上って行った。

 「梅園」は、同じく鳥料理屋の「鳥よし」の陰にあるし、駐車場の脇にあるから、一見すると非常にわかりにくい。ただ、玄関は、なかなか趣きがある。昭和51年の創業だそうだ。さっそく、名物の鴨鍋コースを注文する。すると、醤油味か塩味かと聞かれた。私は、さっぱりした塩味も悪くないと思うのだが、若い人は醤油味が良いと思って、それを注文した。


湯島梅園の鴨鍋の始まり



 お通しとか色々と出てきた後に、メインの鴨鍋として持ってこられたのが、次の鍋だ。あまりのユニークさに、一瞬ギョっとする。よく見ると、こんもりと鴨が盛り付けてあって、真ん中からエノキ茸が傘のように四方八方に広がる面白い造形だ。うーんと唸るしかない。これこそ奇観と言って良い。これでは鴨肉が煮えないではないかと思うのだけど、実は小山の中心がキャベツで出来ていて、煮え立ってくるにつれて高さが低くなってくる。その間、2回ほどご主人がやってきて、鴨肉と野菜の小山をときほぐす。そうすると、次のような普通の鍋になる。それを取り分けて、美味しくいただいた。鴨肉だからいささか脂っぽいが、栄養満点だ。鍋は冬という先入観念があったが、この暑さでこういう物を食べると、夏バテ防止になる。

湯島梅園の鴨鍋の食べごろ







(2019年8月2日記)


カテゴリ:徒然の記 | 23:37 | - | - | - |
相馬野馬追祭り

甲冑競馬で疾走中



1.相馬野馬追祭りの全容

 福島県南相馬市まで、「相馬野馬追(そうまのうまおい)」を見物に来ている。見るもの聞くものが全て荒々しく勇ましい祭典である。戦国時代の合戦は、さも斯くもありなんと思うほどの荒ぶる行事であった。その全容を知るには、これを説明している南相馬観光協会のガイドブックが非常にわかりやすかった。それによると、

「 一千有余年の歴史を経て、今なお勢いづく伝統の祭り 血湧き肉躍る戦国争乱のドラマ

 甲冑に身をかためた五百余騎の騎馬武者が、腰に太刀、背に旗指物をつけて野原を疾走する、力強く勇壮な時代絵巻。伝説によれば、相馬野馬追は今から千年以上も昔、相馬氏の遠祖とされる平将門が下総国小金ヶ原(千葉県西部)に放した野馬を敵兵に見立てて軍事演習に応用したことにはじまったと伝えられています。そして捕らえた馬を神馬として氏神てある妙見に奉納したのです。
 その後、相馬重胤が奥州行方郡(現・南相馬市)に移ってからも代々の領主がこの行事を伝承。野馬を奉納し、相馬地方の平和と安寧を祈る神事として、怠ることなく野馬追いが行われてきました。現在は国の重要文化財となっています。旧藩領あげての最大の祭典として、今も熱気あふれる行事がくりひろげられています。
妙見とは仏教でいう妙見菩薩のことであり、北極星・北斗七星を神格化したものです。家紋『九曜』も、これに由来すると伝えられています。相馬氏は初代師常公の時代から妙見信仰を守り続けてきました。下総国から陸奥国に移り、はじめの地であった太田、続く小高城、そして中村城に妙見宮をお祀りしています。これが今に至る太田神社、小高神社、中村神社で、合わせて『相馬三社』と呼ばれ、現在も地域の人々の信仰を集めています。」


 旧奥州中村藩の領域は、太平洋に沿って走る浜街道沿いに連なる5つの郷で、それぞれが相馬三社に供奉する。北から南へ見ていくと、宇陀郷と北郷(中村神社)、中ノ郷(太田神社)、小高郷と標葉郷(小高神社)であり、これによって野馬追の組織を構成する。相馬野馬追祭りは、次の3日間の日程で行われる。

【第1日】お繰り出し「総大将の下知により出立」相馬三社のそれぞれにおいて、陣笠、陣羽織、甲冑姿で集まり、出陣式を挙行し、隊列を整えて「お繰出し」。騎馬隊は各自のコースで雲雀ケ丘祭場地に向かい、馬場清めの儀式の後、宵乗り競馬を開催する。


甲冑競馬でこれから出番



甲冑競馬でこれから出番



【第2日】お祭りのハイライトで、お行列(おぎょうれつ)、甲冑競馬、神旗争奪戦、火の祭りが行われる。

 [お行列]総勢500余騎が、甲冑姿で太刀を持ち、先祖伝来の旗指物を風になびかせながら、総大将、軍師、侍大将、軍者、組頭、螺役長などの順で威風堂々と雲雀ケ丘祭場地まで行進する。殿様の行列なので、観覧の心得として、行列を横切らない、2階など高いところから見下ろさない。

 「甲冑競馬」法螺貝の音とともに、鎧武者が10騎ずつ10回、一周千メートルの競走を行う。

 「神旗争奪戦」相馬三社のご神旗を数百騎の騎馬武者が奪い合う。

 「火の祭り」騎馬行列が雲雀ケ丘祭場地から帰る頃、住民が沿道に提灯や松明をかざしたことから始められた行事で、行列が小高神社に到着する頃に花火が打ち上げられる。

【第3日】野馬懸けで、多くの馬の中から神の思し召しにかなう馬を捕えて奉納する「上げ野馬の神事」である。まず、騎馬武者が馬を小高神社境内に追い込む。目印を付けた馬を御小人(おこびと)という10数人の白装束の男が総がかりで捕え、神社に奉納するというもの。

2.甲冑競馬と神旗争奪戦

(1)第2日後半のハイライトのみ見物

 私は、このお祭りの事情がよく分からなかった。そこで、そういう場合の常道であるツアーに乗った。日帰りコースだから、見られたのは甲冑武者競馬と神旗争奪戦だけである。後から思うと、騎馬武者隊列をじっくり写真に撮るには、お行列が良かったのだが、その出発は午前9時半であるのに対して、我々が東京駅から東北新幹線で出たのが午前7時8分、雲雀ケ丘祭場地到着が11時半頃だったから、とても間に合わない。

 しかも、その当日は、雨模様のためにお祭りがどうなるか、とても気をもんだ。というのは、3日前の木曜日に日本列島のすぐ南の海上で台風が発生し、いきなり北上をはじめたからである。翌日には三重県に上陸し、相馬野馬追の第2日目の日曜日には、天気予報によれば、会場を直撃しそうな雰囲気だったからだ。

 多少の雨なら挙行するだろうけど、それにしても雨対策は必要だろうと思って、リュックの中の物は全て小分けにしてビニール袋に包んだ。特に全身がずぶ濡れになることも考えて、雨合羽はもちろんのこと、シャツ、ズボンから下着に至るまで着替えを準備した。また、カメラも、買ったばかりのソニーα7の超望遠レンズは200mmと短いので、キヤノンEOS70Dの300mm(フルサイズ換算460mm)を持っていくことにした。結果的には、この判断が正解だった。

 日曜日の当日朝、家から出てみると、無常にも大雨だ。「現地では晴れてくれないかな」と思いつつ、その中を傘をさしながら駅に向かった。ところが、福島駅に到着した頃には雨が上がっていて、その代わりカンカン照りの夏日和だ。その暑い中、駐車場から道を歩いていくと、カッポカッポとお馬さんが通る。ときどき、道には馬の落とし物があるので、踏まないようにしなければならない。


会場の雲雀ケ丘祭場地



会場の雲雀ケ丘祭場地の観客席



 会場の雲雀ケ丘祭場地に到着した。牛来口(ごらいぐち)ゲートから入ると、目の前は一周千メートルの大きな馬場だ。段々になっている観客席の小山(本陣山)の坂が、これまた広大である。そこに、3万人もの見物客が集まっている。暑くて日除けの傘をさしたいが、後列の観客席の人の視界の妨げになるので、それもできない。頭には、つば広の帽子を被っているから、まあまあ大丈夫だが、背中から長袖のシャツを貫いて日光の熱が身体に入ってくる。このままでは、日射病になるかもしれないので、水をどんどん飲むことにした。この日で、合計2リットル半は飲んだと思う。しかもその半分は、塩分入りのものだったから、何とか身体が持ってくれたようなものだ。この日見られたのは、甲冑競馬と神旗争奪戦である。

(2)甲冑競馬

 お昼の12時になった。ブオー、ブオーーという法螺貝の厳かな音色が鳴り響く。甲冑武者姿の競馬が始まるようだ。「総大将に申し上げる。10騎中、8騎が揃い、出発するー」。総大将「承知!」などというやり取りがあって始まる。ところが、出走馬がなかなか来ない。アナウンスがあって、「この競馬には出発ゲートがないので、全騎が息を合わせて出発しないといけません。フライングがあったようです。」などと言うので、観客がどっと笑う。その中を一群の甲冑武者騎馬軍団が、やっと走ってきた。


甲冑競馬



甲冑競馬



甲冑競馬



甲冑競馬



 一周千メートルの馬場は早朝の雨でぬかるんでいる。そこを旗指物を背中に括りつけて、ドドドッとばかりに集団で走ってくる。これは凄い迫力だ。土くれが巻き上がり、武者の顔が泥だらけである。あっという間に目の前を通り過ぎて、コーナーに向かう。やがてコースの向こう側に廻り、いやもう走るは走るは。そしていよいよ最後のコーナーに差し掛かり、ゴールに向かう。遂に通り過ぎた。勝者は嬉しくて嬉しくて、拳を何回も突き上げる。そして、ゆっくりと戻ってきて、審判役から着順の証明をもらう。それから、本陣山の観客席の真ん中をジグザグに貫く「羊腸の坂」(この名前がまた良い)をその馬で一気に駆け上がって、頂上の神社か本陣かに、その栄誉を報告に行くそうだ。

甲冑競馬で勝って手を挙げる武者



甲冑競馬で勝って羊腸の坂を駆け上がる



 観客席に座っていては、写真にならない。そこで、一番下に降りて行って走って来る出走馬を撮る。スポーツモードだから、コンティニュアス・フォーカスと連射の組合せだ。これで甲冑武者を連射したところ、何とか見られる写真が撮れた。ただ、もう少し良い撮影ポジションがなかったかどうかが反省点である。振り返ってみると、最初から観客席ではなくて馬場に近い所で撮っていた方が良かったのかもしれないし、加えて牛腸の坂にも行けば、甲冑武者とその馬を間近に撮ることが出来たと思う。もっとも、あの暑い中を大きく動き回ると、日射病にかかっていたかもしれないので、何とも言えない。

(3)神旗争奪戦

 午後1時になり、次にいよいよ神旗争奪戦が始まる。1発の花火中に2つの神旗が入っていて、高さ150mに打ち上げる。それが地上へ降りてくる途中で、騎馬武者が鞭に絡めて取る。地面に落ちたのはカウントしない。神旗を取った武者は、例えば「中ノ郷地区の谷口」などと名前が告げられる。その栄誉を称えて、取った武者には、羊腸の坂を駆け昇ることが許される。神旗には、赤、青、黄色の三色があり、それぞれ、神社が違う。


神旗争奪戦で神旗入り花火を打ち上げ



空中を降りてくる赤と青の神旗



空中を降りてくる青の神旗



空中を降りてくる赤の神旗



 さて、ズドーンという花火の音で、始まった。空を見上げると、花火が破裂する白い煙が数ヶ所見える。それから、青い神旗と赤い神旗がゆらゆらと降りてくる。中に書かれた字が読めるほどだ。地下では、風向きを読んで沢山の騎馬武者が旗指物を左右に揺らして待ち構えている。あっ、地上までもう少しというところで武者群にはっきりと動きがあり、皆我先に鞭を空中に伸ばしている。ああっ、神旗が誰かの鞭に包まれてしまった。取られたのだ。

神旗争奪戦で騎馬武者の頭上に降りてくる赤い神旗



赤の神旗を取り合う騎馬武者



 これを20回、40本の神旗について繰り返す。中には、鈴木さんという「女性武者」がいて、この人もちゃんと神旗を取っていたから、笑ってしまう。戦国絵巻での女性の活躍だ。なかなか良いではないか。ある時は、黄色の神旗も降りてきた。それとペアの青い神旗も降りてきたが、あれあれ、こちらの方は、風に流されて場外に出てしまった。これはノーカウントらしい。

甲冑武者が落馬



甲冑武者が落馬して、馬がそのまま走って行ってしまう



そのまま走って行ってしまう馬が取り押さえられた。



 それから、乗り手の甲冑武者が落馬して、馬がそのまま走って行ってしまうこともよくあった。危ないので、無主の馬は、すぐに取り押さえられていた。

(4)やはりお行列を撮りたい

 というわけで、本日のハイライトである2つの行事が終わった。期待していた通りのお祭りだったが、次の機会があれば、前日に一泊して「お行列」の写真を是非とも撮ってみたいと思っている。






 相馬野馬追祭り(写 真)






(2019年7月28日記)


カテゴリ:エッセイ | 23:22 | - | - | - |
鋸山ロープウェーと日本寺

地獄のぞき


 最近の外国人観光客は、2回目、3回目の来日という人が多い。だから東京に来ると、浅草寺、お台場、東京スカイツリーなどの定番の観光地は飽きてしまって、横浜、日光、鎌倉などへと足を伸ばすそうだ。しかしそれもマンネリ化して、飛騨高山、合掌造集落、千葉の鋸山と日本寺に行って感激しているという話を聞いた。高山と合掌造は知っているが、鋸山とは何だろうと思ったのがきっかけである。

 調べてみると、東京から木更津経由で延々とJRの電車に乗って3時間弱で浜金谷というところに行き、そこから鋸山ロープウェイに乗ればよいということである。バスを利用したり特急を使うと2時間半くらいにはなるらしい。それなら許容範囲だと思って、行ってみることにした。


鋸山ロープウェイ


 浜金谷駅に着いた。ロープウェイ山麓駅まで10分弱ほど歩く。行ってみると、小さな駅だ。スイス製のゴンドラで、40人乗りというが、とてもそんなに乗れるとは思えない代物である。ともかく山頂駅に着き、そこからは展望台まで階段を少し登る。

展望台からの眺め


展望台からの眺め


展望台からの眺め


 さて、展望台に到着した。目の前は浜金谷港、対岸の久里浜港まで東京湾フェリーが出ている。天気が良ければ富士山も見えるというが、残念ながらこの日は視界には入らなかった。東京湾を行き交う大型船舶がよく見える。左右は、青々とした緑だ。とっても気持ちがよい。その脇に看板があったが、それをじっくり見ないままに方向の矢印だけを見て歩き始めた。

地獄のぞき


 まずは、「地獄のぞき」を目指す。崖の上にせり出しているところがあり、それをそのように言うらしい。そこまでたどり着くには、結構な岩場を歩いて20分もかかった。まず、その対岸にある休憩所に行くと、「地獄覗き」は指呼の間だ。もちろんその間は断崖絶壁である。よくこんな所に突き出た岩があると思うくらいである。では次に、ぐるりと回ってその「地獄のぞき」そのものに向かう。かなり足場が悪いが、すぐ近くまで来て岩の上に立った。我ながら物好きだと思う。

途中の階段


折れ曲がってまた真っ直ぐ伸びている杉の木


 次は「百尺観音」(20分)にするか、磨崖仏(40分)にするか迷った末、まずは遠い方からと思って磨崖仏方面に向かった。 いやそれが遠いこと、遠いこと。斜面を上がったり下がったり、また下がったりと、だんだんロープウェイ山頂駅から離れるのが気になる。まだかまだかと思っているうちに、やっと着いた。途中、折れ曲がってまた真っ直ぐ伸びている杉の木を見つけた、その生命力に感心して、大したものだと思う。

薬師瑠璃光佛


薬師瑠璃光佛


 通称磨崖仏、御本尊の薬師瑠璃光佛は、岩に彫られた仏様である。長い間、荒れるにまかせていたが、同寺のHPによると「江戸末期になって、自然の風触による著しい崩壊があり、頭部の半分が崩れ落ち、膝の部分も埋没した状態になってしまいました。昭和に入り彫刻家八柳恭次氏の指導のもとに昭和44年、4ヶ年の歳月を費やし大仏の復元が完成いたしました。」ということだそうだ。


紫陽花


 さて、それから「百尺観音」に行くということになるのだが、またあの登り階段の山道を戻ってさらに20分というのはさすがにこたえるので、この日はもう帰ることにした。それでも別の道を通って登り、20分くらいで山頂駅にやっとたどり着いた。これはもう登山である。途中の紫陽花は美しかったが、ともあれ生半可な気持ちで来る所ではない。







 鋸山ロープウェーと日本寺(写 真)




(2019年6月16日記)


カテゴリ:エッセイ | 23:01 | - | - | - |
徒然302.東京五輪のチケット落選

全て落選


 東京オリンピック2020のチケット21枚、10セッションを申し込んだが、何とまあ全て落選し、全滅してしまった。

 5月24日に申し込んだのだが、その時はどの競技をいつ申し込むかとかなり綿密に検討した。その結果、確率を上げるために平日の予選を中心とし、また暑いのでなるべく室内競技とすることにした。もちろん、室外であってもどうしても見たい競技や行事、例えば、開会式、閉会式、サッカー、テニスは、例外的に申し込むことにした。それから、日時が重複してはいけないので、その点も抜かりなく考えて、上記の競技に加え、新体操、体操競技、水泳(アーティスティックスイミング)、バスケットボール、トランポリンを申し込んだ。合計10セッションの21席である。申し込んだときは、「これが全部当選すると何十万円か支払わなければならなくて困るが、まずそういうことはないだろう。しかし、本当に当たったら困るから、申し込むなら10競技で十分だ。」と思っていた。


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 ところが、その見通しは甘かった。抽選結果が発表される本日の早朝、待ちきれずに東京2020組織委員会のサイトを覗いてみた。私の前に百数十万人もいる。それでも辛抱強く2時間近く待ってやっと私のマイページを確認したら、なんとまあ・・・10競技全部が「落選」となっている。

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 引き続き組織委員会から来たメールは、次のようなものだった。

 「東京2020オリンピック観戦チケットの抽選に申込いただきありがとうございます。厳正なる抽選を行いました結果、誠に残念ながら、申込いただいたチケットをご用意することができませんでした。

【今後の東京2020観戦チケットの販売について】
 東京2020組織委員会では、東京2020オリンピック・パラリンピック観戦チケットの販売を今後も予定しております。詳細が決まり次第、東京2020公式チケット販売サイト等でご案内いたさせていただく予定です。」


 いや、それにしても全部が落選するとは思いもしなかった。こんなことなら、100競技くらいを申し込めばよかったと反省している。

 なお、本日付けの朝日新聞夕刊にも私と同じように全滅した人が載っていた。この人は都内のIT会社経営サイトの経営者で、60枚申し込んだのだが、その全ての「落選」を確認した。独自の試算で、当選確率は1ないし2%と見込んでいたという。

 これから、今年の秋には先着順の販売があり、来年春にもチケット発売所が都内にできるし、リセールのサイトもあるそうだから、これらのチャンスに掛けてみたい。




 申し込んでいた競技(全て落選)

申し込んでいた競技(全て落選)






(2019年6月20日記)


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