徒然289.熱海梅園

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 もう梅の季節も終わるという頃、まだ熱海梅園で梅が残っているかもしれないと思って行ってみたら、予定より1週間も早く、梅まつりが終わっていた。今年の冬は暖かくて、梅が咲くのが早かったらしい。満開の梅が見られなかったのが残念だったのみならず、途中で雨が降ってきたりもした。それでも、ごく少しだけど梅が残っていたし、中山晋平記念館に入ったり、孫と足湯に行って両足をお湯に浸けて楽しんできた。

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 中山晋平さんというのは、「雨降りお月」、「波浮の港」、「東京音頭」などを作曲した人らしい。その住居を移築したとのこと。典型的な和風建築で、床の間、違い棚、欄間、縁側など、昔の日本家屋を思い出して、とても懐かしい。あれあれ、孫が備え付けのノートに、何か書いている。いたずら描きだと困るなと思って覗くと、自分の名前と「8才」(実は7才なのに、サバを読んでいる)を書いた後に「アタミをだいすきになりました。またきたいです。」などど、まともなことを書いていたので、驚いた。いつの間に、覚えたのだろう。

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 韓国庭園というのがあって、なるほど朝鮮式の建物があり、その脇で朝鮮料理を売っていた。金大中大統領がこの梅園を訪れたのを記念して作られたそうだ。

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 梅園五橋のうち、駐杖橋という橋は、赤く塗られていて優雅な形をしている。その近くの句碑には、「錦浦観潮 夏すでに漲る汐の迅さかな」(武田鶯塘)とあった(漲る=みなぎる)。このほか、

「梅が香にのっと日の出る 山路かな」(松尾芭蕉)

「月光は 流れに砕け 河鹿なく」(波多野光雨)

「梅園や 湯あみの里の 出養生」(石田春雅)

「三界の さとを出あるく 頭巾かな」(斧 三休)

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 梅見の滝というのがあって、11月中旬から12月中旬にかけての紅葉の頃がよさそうだし、6月には蛍鑑賞の夕べがあるという。そうした季節に、また行ってみようと思う。

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 熱海梅園(写 真)





(2016年3月6日記)


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徒然288.浜離宮恩賜公園の春

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 浜離宮に菜の花が満開だと聞き、ぽかぽか陽気に誘われて、行ってみた。いただいたパンフレットによれば「ここは徳川将軍家の庭園で、海水を引き入れた潮入りの池と2つの鴨場を備えた江戸城の出城としての役割を果たしていた。承応3年(1654年)、徳川将軍家の鷹狩場に。4代将軍家綱の弟で甲府宰相の松平綱重が海を埋め立て甲府浜屋敷と呼ばれる別邸を建てた。その後、綱重の子の綱豊(家宣)が6代将軍になったのを契機に、この屋敷は将軍の別邸となり『浜御殿』と呼ばれるようになった。以来、歴代将軍によって幾度かの造園と改修工事が行われ、11代将軍家斉の時代にほぼ現在の形となった。明治維新ののちは皇室の離宮となり、名称を『浜離宮』と変えた。関東大震災や戦災によって御茶屋など数々の建造物や樹木が損傷し、往時の面影はなくなったが、昭和20年に東京都に下賜された。」とのこと。

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 この日は、お花畑にたくさんの菜の花が植えられていて、あたり一面が鮮やかな黄色に彩られていた。余りにたくさんあるので、写真にははまりにくい。それでも、汐留の高層ビルを背景に撮ると、それなりの趣きがある。菜の花に近づくと、甘い春の香りがする。

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 さらに入っていくと、紅梅と白梅が咲いていて、とても美しい。梅の花にカメラを向けると、たまたま小さなメジロがやって来た。でも、花を撮るためにシャッター速度を遅くしていたので、それを変えて早くする暇がなかった。だから、やっと1枚写真が撮れたものの、メジロの体がややブレてしまったのは、非常に残念だった。

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 それから進むと、新樋の口山という少し盛り上がっているところがあり、そこからはレインボーブリッジが見えた。水上バス発着場を横に見て歩いていくと、潮入りの池に出る。その岸に沿って行くと、木の橋(お伝い橋)がある。これは中島の御茶屋につながるもので、そこを渡って行った先の中島の御茶屋は、なかなか瀟洒な建物で、昭和58年に再建されたもののようだ。そこからさらに橋を渡ると、松の御茶屋と燕の御茶屋があり、それぞれ平成22年、27年に復元された。

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 ここにも、鴨場がある。私も宮内庁の埼玉や千葉にある鴨場での鴨猟に参加したことがあるが、これがまた非常に面白い伝統的な猟だ。池と繋がっている「引堀」という水で満たされた細長い溝を設けて、そこに野生の鴨をおびき寄せる。そんなところに野生の鴨などが来るはずがないと思うが、それがこの猟の巧妙なところである。アヒルを囮に使い、稗や粟などの雑穀をまく。そうすると野生の鴨も警戒感が薄れるのか、引堀の奥の方まで入って来る。それを引堀の突き当りにあるのぞき穴から見て、十分に鴨が入って来たと思うと、合図がされる。身を隠しつつ待ち受けていた我々が、引堀の土手の両脇に、大きな網(二股に大きく分かれた部分に、絹糸で網をこしらえ、そこに柿渋を塗ったもの)を抱えて進出する。再び合図があるので、一斉に飛び立とうとする鴨をその網をふるって空中で捕まえるという手順である。鴨が多いと、面白いように獲れる。

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 しかしながら最近は、地球温暖化の影響か、こういう東京の近場に飛んで来る野生の鴨の数が減ってきており、それに連れて鴨場で捕獲される鴨が少なくなりつつあるようだ。もっとも、かつてはそうして捕まえた鴨をそのまま食べていたようだが、さすがに最近の自然保護の精神の下では、そのようなかわいそうなことはしない。標識を付けて、すぐに放鳥することになっている。

 そうすると、中には毎年のように何度も捕まる鴨がいるというから、そういう鳥は運が良いのか悪いのか、それとも学習しない性格なのか、あるいは餌にありつけるという意味では実はとても賢いのか・・・何ともいえない。でも、もしその鴨が人間の言葉を理解するなら、是非とも聞いてみたい気がする。





 浜離宮恩賜公園の春(写 真)




(2016年3月5日記)


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徒然287.アイス・カチャン

アイス・カチャン


 アイス・カチャンとは、南国の「かき氷」である。日本の「かき氷」とは、全く別物といってよい。「カチャン」とは、マレー語で「豆」を意味するとおり、かき氷の中に、ピーナツ、小豆その他もろもろの豆が入っているし、それから赤色、緑色、黄色、乳白色の柔らかい丸いもの・・・たぶんヤシのでん粉から作ったものだと思うが・・・そういう派手派手しいものも入っている。さらに、緑色のゼリーやコーヒー・ゼリーのような四角いものまである。その全体に、赤やら緑色のシロップや、コンデンスミルクなどが振りかけられている。最後のトッピングとして、この写真では、アイス・クリームが乗っている。

 初めてマレーシアに行ったとき、レストランのデザートとして見かけ、一体これは何だと思った。興味を持たなくもなかったが、そのあまりに派手な外観に警戒感を催し、こういう国で氷を口にするのは食あたりの原因になるかもしれないと、手が出なかった。ところが、しばらく住んでみると、皆おいしそうに食べているし、食あたりをしたという話を聞いたことがない。では、自分が入ったレイク・クラブのものは信じられるだろうと、それからこの社交クラブのアイス・カチャンを食べだした。

 すると、これがまた絶品で、トッピングにコーンが乗っているし、黒糖が掛けられていたり、中にマンゴーが入っているものもあり、それが美味しいのなんのって、すぐに虜になった。ただ、これは量が多い。急いで食べたりすると、日本のかき氷と同じで、頭の芯が痛くなる。だから、家内と二人で両側からつついて食べ崩すのがちょうど良い。そういうわけで、これが暑い熱帯の国で我々が暮らす楽しみの一つとなった。

 ところで今回、カンボジアでの仕事の帰りにマレーシアに立ち寄ったとき、泊まっているホテルのメニューの中に、そのアイス・カチャンを見つけた。あまりの懐かしさに、胸が一杯になった。このホテルなら、氷を食べても問題がないだろうと思い、ためらいなく注文した。かなり待たされた末、ようやく持ってきてもらったのが、冒頭の写真のアイス・カチャンである。カラフルな外観は、私の記憶のままである。スプーンを使って食べ始めると、誠に美味しい。どんどん食べていくと、現れる豆がピーナッツから小豆に変わったり、緑色のゼリー(チェンドル)が出てきたり、甘いシロップがいつの間にか黒糖味になったりと、その味や外観の千変万化の具合を楽しめた。しかも、ぬるいお湯も一緒に持ってきてくれたので、頭が痛くならなかった。なかなか、気が利いている。

 今回は仕事なので一人で来ざるを得なかったが、できれば、家内と一緒にこれを両側からつついて食べたかった。




(2016年2月11日記)


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徒然286.ある日見たら片目が真っ赤

点眼薬


 ある日の夕方、左眼のまぶたの裏に、何やらゴロゴロとした異物感がある。あれ、おかしいなと思いつつ鏡を見たら、真ん中の虹彩部分は普段のとおりだが、白眼(結膜)部分の両端に少し血管が浮き出て見える。別に痛くはないが、まぶたを開け閉めしてもゴロゴロ感は変わらない。ゴミでも入ったかと思った。それなら、涙で自然に出てくるだろう。それなら気にしても仕方がない。

 それから予定通り、夜の室内練習場でテニスをしてお風呂で汗を流し、家に帰って午後10時頃にまた、ふと眼を見たら、あらら、これは大変なことになっている。左眼が真っ赤ではないか。こんなことは初めてだ。少し痛くなってきて、眼を開けていられなくなった。でも、こんな時間では医者にかかることもできない。救急の夜間診療をお願いするほどでもないから、やむを得ない。今晩は寝ることにして、明日の朝、眼科に行くとしよう。そう思って布団に入った。それにしても、なぜこうなったのかとつらつら思って、考えついたのが、その前々日の出来事だ。

 その日は、晴天だったが、風の強い日だった。お昼に食事に出て、蕎麦を食べた。ところがまだ時間があったので、その辺を一周することにした。オフィスの周りを40分近く歩いたのだが、道路のアスファルト上に落ちた枯葉がバラバラになって、時折り風で巻き上がる。それが、眼に入りそうになって、眼を閉じたことがしばしばあったが、それかもしれない。

 翌朝、目ヤニがあって左眼が直ぐには開けられなくてまごついたが、恐る恐る眼を開くと、視野が普通でホッとした。近所の眼科医院に行って看護師に症状を伝えたら、それは、『はやり目』つまりアデノ・ウイルス性の結膜炎かもしれませんから、万一それだと人に移りやすいので、こちらへ来てください。」と、他の患者から隔離されてしまった。これは大事(おおごと)だ。もう、何ということだ。

 診察室に入って女医さんに診てもらった。まず、下まぶたを見て「アデノ・ウイルスならここにイボイボが出来るのですが、あなたの場合はそれがないので、普通の細菌によって引き起こされる結膜炎です。念のため、角膜を見ましょう。」といって診てもらったところ、眼を気にされてこすったせいか、少し傷ついていますね。これを修復するお薬もだしましょう。」ということで、次の2種類の点眼薬を処方された。

 第1は、クラビット点眼液 1.5%で、「細菌のDNA複製を阻害し、増殖を阻害することにより、抗菌作用を示す」とのこと。第2は、ヒアレイン点眼液 0.1%で、「ドライアイやコンタクトレンズに伴う眼の表面の傷を治す」という。私は点眼薬なるものを使ったことがなかったので知らなかったが、点眼するときには先端を眉毛に触れさせてはいけないそうだ。そこから細菌が入るからだという。

 この二つを点眼していたら、もう翌日の夜には赤い部分がごく薄くなり、更に一晩過ぎたらすっかり良くなったから、驚いた。その後、数日間ほど点眼を続けていて、何ともないので、止めることにした。病状が出るのは急だったが、治るのもあっという間で、晩秋の珍事だった。




(2015年12月15日記)


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徒然285.エコノミー症候群

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 最近、私の友人で、ちょっとした企業の社長さんをしている人が、10日間ほど入院してしまった。普段からスポーツマンで、病気などするような人ではないと思っていたので、意外な気がした。原因を聞いてみると、これまた、びっくりしたのである。

 我々の年代になると、歩くことが健康を保つポイントで、太り過ぎや糖尿病予防になる。彼は、毎朝、1時間ほど歩いて7,000歩ほど稼ぎ、その後の歩きを入れれば1日に1万歩を達成していた。これは標準的な目標で、私も毎日1万歩を目指しているのだけれど、残念ながら、ほとんどの日が、7〜8,000歩にとどまり、1万歩は月に数回しかないという体たらくだ。それに比べれば、彼は目標はクリアしている。

 だから、彼は健康を保っているはずなのだけど、最近どういうわけか、息が切れるようになったそうだ。たとえば、ゴルフに行って、ボールを打つ。そのボールが丘の上に行ってしまったら、それを追いかけて、坂を駆け上がる。そのとき、頂上に着いた途端に、息も絶え絶えになる。それだけでなく、オフィスで社長室から出て、2階上の会議室に階段を駆け上がって着いた途端、息が上がって一瞬発言ができなくなるそうだ。

 これはさすがにおかしい。心臓病ではないかと思って、その道の専門医に診てもらったそうだ。ところが、心臓には全く問題がない。太鼓判を押されてしまった。すると、循環器系かもしれないということになり、CTで肺を調べたところ、あった、あった。肺につながる血管が90%も閉塞していたそうだ。あともう少しで、肺塞栓となって危ないところだったらしい。その原因については、お医者さんが「もしかすると、あれかもしれない。」といって、両脚の血管を調べたところ、静脈に血栓ができていたという。つまり、エコノミー症候群だったのである。

 それで、お医者さんから、何か思い当たることはないかと聞かれ、「朝は1時間も歩いているから運動不足ということはないはずだし・・・でも、昼間は社長室にいるから動いていないといえばそうかもしれない。」というと、「どれくらい?」と聞かれ、「8時間くらいですかね。」答えた。すると、「それそれ、それが原因です。」と言われたそうだ。つまり、1日8時間、社長室で動かないでいたから、エコノミー症候群になってしまったというわけである。社長室でなるとは、なんとまあ、皮肉なことか。

 このままでは危ないというので、直ちに入院させられたそうな。切迫しているから、本来なら静脈フィルターで血栓が飛び散らないようにするところだけれど、血管の形がうまく合わないということでそれは断念し、代わりに血栓を溶かす薬を入れて、自然に溶解するのを待つことにしたそうだ。10日間の退院直後にまた調べたところ、90%の閉塞が40%に改善していたとのこと。思わね入院騒ぎだったが、それにしても、大事に至らなくて良かった。



(注) 最近、連日35度の猛暑日が続く中、家の近くのレストランまで歩いて行き、メニューを見たら、ふと「フルーツ氷」なるデザートが目にとまった。それが表紙の写真であるが、実はこれ、桃の味で、見た目も美味しそうなのだけれど、実際には、見た目どころか想像していたよりも、はるかに美味しかった。
(ちなみに、本文とは、何の関係もない。)





(2015年7月29日記)


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徒然284.箱根・山のホテルつつじ祭り

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 箱根の芦ノ湖畔に、山のホテル(小田急系)があり、そこの庭園でつつし・しゃくなげフェアが行われて観光客を惹きつけている。つまり、ちょうど躑躅と石楠花が満開なのだが、それと背景の富士山が同時に見られて、何とも美しい風景なのである。また、反対方向に目を転ずれば、ホテルの建物とともに芦ノ湖を一望することもできて、これまた美しい。躑躅は人の背丈以上にもなって、こんもりとしているし、石楠花も木の丈いっぱいに花を咲かせている。これは別格の庭園だと思ったら、それもそのはずで、岩崎家の別邸だったところで、明治の頃イギリスから苗を取り寄せたという。ホテルだけでなく庭園自体も、最近、改修されて歩き回りやすくなった。

 さて、また富士山と躑躅に話を戻すと、赤、白、ピンク、紫などの躑躅のこんもりとした木々に背景に白い雪を被った頂を見せる富士山は、何回見ても素晴らしい。加えて、視界の左手にある三本の木がまた、風景全体にアクセントを添えている。また、庭園の右奥に上がっていくと、たくさんの石楠花の木があって、これまた白、ピンク、紫などの花を咲かせている。それらに目を奪われていると、どこからか「ホーホケキョ」と鶯の鳴き声がして、何とも風情がある。しばし滞在し、お昼は和食処で食事を済ませた。それから、芦ノ湖畔の散策道を元箱根の方向へと歩いて行った。新緑の季節なので緑がまぶしいくらいである。箱根神社あたりで湖の方を見ると、遊覧船、特に海賊船が大忙しで、着いたと思ったらもう乗客を乗せて元来た航路を戻っていった。湖畔の料理屋兼休み処に入ると、お客の半分以上は欧米系の外国人で溢れ返っていた。でも、店員さんが片言の英語でちゃんと対応している。日本も、なかなか捨てたものではない。



















 山のホテルつつじ祭り(写 真)




(2015年5月17日記)


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徒然283.青和ばら公園


 青和ばら公園(東京都足立区青井3丁目18−15)という公園がある。つくばエクスプレス線で北千住駅からわずか一駅の青井駅からほど近いところにある。都営住宅や普通の民家を抜けていくと忽然と現れて、薔薇ばかりが植えられている。ベンチでは近くのおばあさんたちが世間話をしたり、買い物で余ったキュウリをあげたり、貰ったり、とても庶民的な公園だ。

 普段は、わざわざ来るようなところではないかもしれないが、この季節は、主な薔薇100種類が、大きなヤシの木やドームを背景に咲き乱れている。それも、ノック・アウト、ラ・フランス、プリンセス・ミチコ、芳純、ホワイト・クリスマス、パパ・メイアン、プリンセス・ドゥ・モナコ、ケアフリー・ワンダー、ゴールデン・ボーダー、クイーン・エリザベス、ブルー・ムーン、かぐや姫、ブルー・ボーイ、シャルル・ドゥ・ゴール、ヨハン・シュトラウス、月光、ピース、リオサンバ、楽園、アプリコット・キャンディ、アシュラム、エアフロイリッヒ、アンドレルノートルと、本格的なものばかりで、単なる住宅街の公園として捨てておくには、もったいないほどである。



















 青和ばら公園(写 真)は、こちら




(2015年5月10日記)


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徒然282.足利フラワー・パーク藤の花

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 足利フラワー・パークへ、再び藤の花を見に行ってきた。「再び」というのは、6年前にもやはり同じように家内と、上野駅から足利藤まつり号という電車に乗って行ったことがあるからである。今回も富田駅まで約2時間で到着し、そこから約15分ほどの道のりで着いた。

 園内に入り、まずは藤だけでなく、赤や白やピンク、それに紫色の躑躅がたくさん植えられていることに驚いた。以前のときより、ひときわ豪華になっている。またそれらが、補色効果とでもいうのか、ややもすれば単調な感もある紫と白の藤の花によく映えている。また、いつもの樹齢約150年の大長藤の棚、香り高い八重藤の棚などにまたお目にかかったときには、家内も私も、また感激を新たにした次第である。なお、藤が咲く順序は、桃藤→紫藤→白藤→黄藤ということらしく、今回は紫藤が満開で、白藤もそれに近かった。なお、こちらはアメリカCNNにより、日本では唯一、2014年「世界の夢の旅行先9ヶ所」のひとつに選ばれたらしく、見物客に外国人、特に中国人が目立っていた。



















 足利フラワー・パークの藤の花(写 真)




(2015年4月29日記)


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徒然281.科学博ヒカリ展

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 上野の国立科学博物館で「ヒカリ展(ヒカリの不思議、未知の輝きに迫る)」が開催されていたので、行ってみた。今年のノーベル賞受賞者に選ばれた赤崎勇、 天野浩、中村修二の3氏が発明したLEDなどが展示してあるのかと思ったら、天文から始まって、オーロラ、鉱物、生物など幅広く「光」に関する話題が取り上げてあった。何が面白いかは、それぞれ見る人の知識や経験によって違うだろうが、中でも私が興味をもったのは、いままで見たことがないもの、とりわけ蛍光鉱物、遺伝子組み換え技術による光る生糸と花、そして100億年に1秒の誤差しかないほどの光格子時計だった。

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 会場を進んでいくと、前半は光についての高校レベルの知識で分かる程度の展示が並べられていたので、さほど目新しいものではなかった。しかし、紫外線を当てると美しい蛍光を発する糸魚川フォッサマグナミュージアム所蔵という光る鉱物が目に入り、面白くなってきた。珪亜鉛鉱というのは、何の変哲もない茶色の鉱物なのに、紫外線が当たると青白く妖しく光る。その他、ルビーは赤く、方解石は青白く、オパールは緑に、蛍石は濃い青色に光るから不思議である。そういう構造になっているのだろうけれど、どのような構造なのだろうか知りたいものだ。時計の夜光塗料の話が思い出される。

ディデウス・モルフォ


キプリス・モルフォ


 アマゾンなどに生息し、世界一美しい蝶として有名な「モルフォ蝶」の個体が、20近くも展示してあった。今から何十年も前のこと、東南アジアを旅行していたときにその一つを土産物店で買ったことがある。しばらく自分の手元に置いていたが、その後、蝶の収集家として仲間内では有名だった先輩に差し上げたら、たいそう喜んでもらえた。今回、それと同じ種類の蝶が含まれていたので、ふとそのことを思い出した。ディデウス・モルフォという名前らしい。また、その左脇には、キプリス・モルフォという名前の一段と美しいモルフォ蝶があった。これほど見事なものは見たことがない。ここまでいくと、この蝶が「生きている宝石」とまで言われる理由がわかるというものだ。ちなみに、この蝶の青い色の発色の秘密は、その不思議な微細構造にあるという。これを解明した研究者がおられて、その松井真二教授によると、モルフォ蝶の「鱗粉には、超微細な格子状の溝が等間隔で多数刻まれていて、それぞれの溝の側面には棚状の襞がついているのです。この襞がポイントで、何段もの襞の働きによって青色の波長の光だけが反射され、青く見えるのです。」とのこと。つくづく、何億年もかけて自然が創り出したものには、とても人知の及ばないものがある。これもその一つだし、植物の光合成もその一つであろう。これが人工的に出来れば、それこそノーベル賞の数回分にも相当する大発明である。

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 蛍光を発するサンゴというものがあるらしい。確かに水槽の中のサンゴが青、緑、紺、赤茶けた色を見せている。満月のときの海中は、こうした光で満ち満ちているのかもしれない。その次がいよいよ光る絹糸のコーナーである。2008年にオワンクラゲの研究でノーベル化学賞を受賞した下村脩博士によって一躍有名になった緑色蛍光タンパク質の遺伝子を、そのオワンクラゲから取って、カイコの染色体に組み込み、「全身が緑色に光る繭」を作り、更にその繭から紡いだ 「光るシルク」で作った十二単風の舞台衣装が展示されていた。なんでも、2004年頃にはもう緑色蛍光タンパク質で光る繭は出来ていたそうだが、これを熱湯でほぐして糸をとろうとすると、その熱で緑色蛍光タンパク質が壊れて光らなくなってしまうので困っていたようだ。それが交配を繰り返すことによって繭から直接、糸がとれるようにして問題を解決したのが2008年という。これで緑の糸が、そしてサンゴから得られた赤色やオレンジ色などの蛍光タンパク質を組み込んだ絹糸も開発された。確かに、これらの製品は、見ごたえがある。しかしながら、この緑色蛍光タンパク質シルクは舞台衣装にでもと考えられているようだが、暗闇でボーっと緑色に光る舞台衣装なんて、幽霊劇くらいにしか使えないのではないかと心配する。赤やオレンジ色なら、たとえば結婚式に使ってみるのも面白いかもしれない。

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 また、植物のトレニアに黄緑色蛍光タンパク質を組み込んで、これも花を光らせることに成功したそうで、その現物が陳列されていた。世界初の光る花の誕生である。しかしながら、これらは遺伝子組換え植物であるため、これが野外に出て自然種と交配したらどうなるのだろうかと、いささか心配になるが、その点は厳重に管理されているとのこと。

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 最後の展示の光格子時計には、いたく感心した。現在のセシウム原子時計の性能をはるかに凌駕する「ストロンチウム光格子時計」の原理が2001年に東京大学の香取英俊教授によって提案され、これに従って100億年に1秒の誤差しかない時計が作られているそうだ。最終的には宇宙の年齢138億年で0.4秒の誤差しかないものを作ろうというものである。そうすると、単なる時計にとどまらず、わずかな重力環境の変化でも探知できるようになり、小型化できれば鉱物資源の探査などにも使えるという。



(2014年11月8日記)


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徒然280.浅草サンバカーニバル 2014

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 昨年秋にキヤノンの新しいカメラEOS 70Dを購入して以来、近所の古河庭園の薔薇東北の桜などの花、北海道の雄大な風景、東北のお祭りの夜景の夜景などを撮ってきた。しかし、まだ動きの早い被写体を撮ったことがない。そういうもので、何か良い題材はないかと思っていた。そうした中、そういえば今日は、浅草サンバカーニバルのある日だと思い出した。あれは見た目が派手な上に、動きも激しいから、撮るのはなかなか難しい。そうだ、これはEOS 70Dの性能を確かめる良い機会だと思い付き、急に行ってみる気になった。

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 パレードは午後1時半から開始されて午後6時ごろまで続くようだが、開始の15分前に着こうと思い、超望遠レンズのセットをし、日焼け止めまで塗り、準備万端を整えて0時45分に家を出たとたん、にわか雨が降って来た。天気予報では雨は夕方から降るということだったのにと、がっかりしたが、新しいカメラを濡らすわけにもいかない。いずれにせよ、お天気には勝てない。仕方がないので、そのまま家に戻ってパソコンを立ち上げて仕事をしていたら、雨が収まったようだ。そこで、2時頃からまた出掛けて、2時半過ぎに田原町駅で降りた。そこからパレードの終着地点まではほんの数分である。ところが、パレードはもう始まっているから、歩道は既に黒山の人だかりである。その中で何とかカメラを構えさせてもらえそうな場所を見つけたが、そこは前の人が作る列から数えて4〜5列も後という有様で、最後尾だ。でも、下手な鉄砲も数打てば当たるように、1秒間に7枚も撮ることが可能なこのカメラの性能を試すことが出来る。しかし、前にはたくさんの見物人がいるが、これはどうしようか・・・両手を伸ばしてカメラを支え、液晶画面を見ながら撮るしかない。幸い、チルト機構といって液晶画面を傾けられるので、それを見上げる形で撮ることが出来る。

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 そういういささか無理な体制で、パレードの写真を撮り始めたのだが、視野を広くとると、下に人の頭が写り込んだり、車道との間の柵が入り込んでしまったり、あるいは踊り子さんの前にいる係りの人が邪魔になったりと、なかなかうまくいかない。仕方がないので、全景を撮るのを諦め、その代わり超望遠レンズを使って、空いている空間から撮ることの出来る被写体を選ぶことにした。カメラの設定は、まず対象の動きが激しいからシャッター速度は1000分の1あるいはもっと小さくし、連写は最高の1秒間7枚、加えて踊り子さんの衣裳が派手なので色具合は鮮やかになるようにした。そんなことで、その撮ることが出来る空間に踊り子さんが入ったら、両手を伸ばしてカメラを抱えてシャッターを押し、ダダダダという機関銃のような連写の音を響かせて直ぐに止めるということを30分ほど繰り返した。何しろ両手を上げる無理な体制だった上に、サンバのリズムを流すスピーカーを乗せた車両のそのボリュームが最大限に設定されていて、まるで工事現場の大騒音に曝されているような気分になってきた。つまり、思うようには撮れないし、耳がおかしくなりかねないほどうるさいしで、それに暑さも加わり、いやはや三重苦だ。それやこれやで30分ほど頑張ったが、いつしか急にやる気が失せて、パレードの半ばでもう帰ってきてしまった。特に、大音響のスピーカーが酷かった。あれ以上あの場にいたら、きっと大事な耳がどうかなりはしないかと、心配するほどだった。今度見物するときは、耳栓をすべきだろう。もっとも、それがとても暑い日だったら、耳栓をするか、暑さをこらえるかの二者択一を迫られるかもしれない。幸いこの日は、雨が降ったおかげで気温は27度ほどで、昨日まで連日33〜34度が続いていたことを思えば、身体は比較的、楽だった。

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 家に帰ってから、その日に撮った写真を整理した。何しろそんな無理な体制で撮ったものだし、パレード中の激しい踊りだから、たまたまカメラを構えた瞬間、そのカメラの方を向いてくれるとは限らない。むしろ踊り子さんがあさっての方向ばかりを向いていたり、肝心の顔が切れて胴体しか写っていなかったりする。そういうものだから、ちゃんとした構図で収まっているのはあまりなく、総じて出来損ないの写真ばかりだった。でも、中にはあのサンバのウキウキするリズムに合わせて、乗りに乗っているお祭りの雰囲気を伝えるものも少しはあった。それをこのブログに載せておきたい。例えば、冒頭のブラジル人女性の踊り子さん、惚れぼれするほどあの鳥の羽コスチュームが似合っている。その次のブラジル人女性は、お祭りの高揚感か、恍惚の感が極まった表情である。ただし、手前の誰かの頭の毛が写真に写り込んでいるのが誠に残念至極。まあ、これらの本場の女性が派手に踊り回っている一方、踊り子さんをやっている日本人女性といえば、最後の写真にある方が典型である。この方はなかなかコスチュームが似合っていらっしゃるけれど、本場のブラジル人女性と比べれば、そもそも体型が華奢で、その迫力が違うということを改めて思い知らされた。やはり、浴衣に下駄をつっかけ、団扇を背中にさして盆踊りをするのがお似合いの体つきである。話は変わるが、このカメラEOS 70Dは、高性能であるだけに、なかなか残酷な場面も捉えている。例えば、遠目では誠に美しい日本人女性の踊り子さん、写真に撮ったら、中年肥りになりつつあるとみえ、お腹の周りがタッポタッポとだぶついているのが写り込んでいた。写真に撮らなければよかった。

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(2014年8月23日記)


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